第7話 心の精霊
お待たせしました。
「まさか・・・悪魔の正体は・・・精霊?」
神楽の声が家庭科室に響く。半信半疑といった声だ。それにリアとグラが頷く。
「ええ。悪魔は精霊です」
「あたしたち精霊だぞ。ちなみに、天使も精霊だからな」
「えぇ!」
信じられない、といった悲鳴を上げる。神楽は今日何度目の驚きだろうか。もう覚えていない。
「人間が言う精霊は自然を司っています。それに対して、悪魔や天使は生物の欲望や感情を司っています。そうですね、心の精霊、ですかね」
「心の精霊・・・」
「大雑把に言うと、悪魔は負の感情を司り、天使は正の感情を司っています」
「このことを知っている者はいるの?」
「天使や悪魔、精霊は知っていますよ。仲間ですから。人間で言うと、吸血鬼の真祖『鮮血の女帝』は知っていますね。僕たちの古い友人です」
「リアの女の一人だな。あとは、ロマノフ帝国の帝室だな。精霊使いの一族だ。あそこもリアの関係だぞ。あそこの女たちは代々リアを狙ってる」
「鮮血の女帝は僕の女とかじゃないです。ロマノフ帝国も仲がいいだけです。神楽さんお願いですからその目をやめてください」
女誑し、最低、クズ、死ね、という絶対零度の蔑んだ視線をリアに向けている。
「理解したわ。リア・クルス、あなたは色欲を司っているわね」
「おっ! 初めて名前で呼んでくれましたね」
リアに指摘されて神楽は頬を染める。グラは、こいつ女誑しだろ?、と神楽に目で言っている。
「神楽さんの言う通りです。僕は『色欲』を司っています。よくわかりましたね」
「だって、そのままじゃない」
「くくく。だってさリア。こいつは女誑しだけど、理性の化け物だ。色欲のくせに女性経験皆無だからな。だけど、今もこいつを狙ってる女は多いぞ! で、あたしが司ってるのは『暴食』だな」
「色欲に暴食。共に七つの大罪。それに、さっきリア・クルスはルクスリアと言っていたわね。そして、大詰先生の名前はグラ・・・」
神楽は考え込んで、一つの答えを導き出す。驚きながら、二人に自らの考えを述べる。
「もしかして、色欲と暴食の頂点、七体いる大悪魔!」
「半分正解です。確かに僕たちは大悪魔です。しかし、大悪魔は三体だけです。七体ではありません」
リアが神楽の間違いを訂正する。
大悪魔とは、悪魔の中でも最上位の存在で世界を滅ぼせるほどの強大な力を持っているという。
「七つの大罪ってのは人間が勝手に言ってることだからな。言葉はわかりやすいけど」
「原初の世界、最初に誕生した三体の悪魔。これが大悪魔です。僕、ルクスリア、彼女グラ、あと一人アケディア」
「色欲、暴食、怠惰」
「生物の三大欲求ですね。『性欲』・『食欲』・『睡眠欲』。もう、色欲・暴食・怠惰とかでいいですけど。最低この三つの感情があれば、生物は子孫を残して繁栄できます。だから、この三つの感情とそれを司る悪魔は最初に誕生し、世界を破壊できるほどの強大な力を持ちます」
「ここは今、世界で一番危険な場所だぞ。なんせ世界を破壊できる二人が集まってるんだからな。そんな面倒くさいことしないけど」
「世界を破壊することが面倒くさいですか・・・」
神楽が恐怖と呆れを含ませて言った。
「やるのは簡単ですけど、後から面倒くさいのですよ。さて、前置きが長くなりましたが、僕たちから提案する残りの二つは悪魔もしくは天使との契約です。契約次第ではとてつもない力が手に入りますよ。貴女も魔法が使えるようになるでしょう」
「本当!?」
「そういう契約をすればな。悪魔は特に契約に厳しい。さっき、リアも誓ったが、お前が戦争の発端になったら容赦なく殺されるからな。気をつけろ」
「はい」
グラの忠告に神楽は気を引き締める。先ほど受けた威圧を思い出し体が震える。
「悪魔に殺される人間が多いですが、契約に抜け穴があって殺されただけです。契約するなら抜け穴が無いように細かく決めたほうがいいですよ。それに悪魔によって契約方法も様々です」
「もし、リアや先生と契約する場合はどんな方法になるのですか?」
「あたしは普通だぞ。美味しいもの食べさせてくれたらいい。今までに何回か契約したが、まあすぐ契約を破られたから喰った」
「喰った・・・」
あっさりと人を喰らったことを認めたグラに神楽は恐怖を覚える。
「こんなことで怖がって大丈夫ですかね」
リアの言葉に神楽は恐怖を忘れ、ムッと眉をよせる。
「大丈夫よ。それよりあなたの契約方法を教えなさい」
「教えません」
「教えなさい」
「嫌です」
「教えなさい!」
二人が言い合う。グラが二人に呆れたようにして、リアの契約方法を暴露する。
「こいつの契約方法は性行為だぞ」
「せい・・・破廉恥な!」
神楽は顔を真っ赤にして、リアを怒鳴りつける。リアはグラを睨みつける。
「グラ、余計なこと言わないでください」
「もう一つあるだろ?」
「はぁ。もういいです。僕との契約方法は二つ。キスと性行為です。僕は色欲を司っているので女性だけしか契約できません。キスは仮契約、性行為は本契約です」
「仮契約なんてあるの?」
「こいつだけだ。そんな力加減できるわけがない。こいつだけの能力だぞ。一時的に契約し力を与えるなんて。あたしには無理」
「仮契約は対価も少なく、契約を破った代償も少ないです。しかし、与える力も少なく、一時的なものです。そして、本契約は莫大な力を与える代わりに死ねません」
神楽が疑問を覚える。
「死ないならいいんじゃないのかしら?」
「僕は色欲です。独占欲が強いです。他の男性に好意を持つことは許しません。そんなことをしたら、僕は魂を引き裂くでしょう。完全なる消滅です。輪廻転生はあり得ません。女性を永遠に僕に縛りつけたくありません。それに、永遠に生きることがどういうことか、わかってないみたいですね。気が狂いますよ。僕らは生まれつき狂っています」
リアとグラが狂気に染まった笑みを浮かべる。そして、その狂気を楽しんでいる笑顔だ。
「貴女はそれでも僕たちと契約したいと思いますか?」
神楽はゴクリと喉を鳴らす。怖い。体が震える。初めて見る狂気で染まった顔。快楽殺人者はきっとこんな顔をしているのだろう。とても恐ろしい。でも、なぜかほんの少し、ほんの少しだけ心の片隅で安心している自分がいる。
「これだけ言えば僕らと契約はしたくないでしょう」
リアとグラの二人は笑みを消す。
「それに神楽さんは天使との契約がいいですよ」
「天使と契約?」
天使と契約なんて聞いたことが無い。そもそも、天使は神の使いと呼ばれる。現世には存在せず、天界に住んでいると言われている。そんな存在と出会うことすらできない。
「使徒と呼ばれていますね。いつでも紹介できますけど。知り合いは多いですし」
「天使と悪魔は仲が悪いんじゃないの?」
天使と悪魔は正反対の存在。悪魔を倒す天使の話が世界中に広まっている。
「下の連中は仲が悪いぞ。でも、上の連中は仲がいい。大天使のガブリエルはこいつのこと好きだし」
神楽が女誑しを蔑んだ瞳で睨みつける。
「アケディアとミカエルは結婚してるし。ルシフェルは・・・今どこにいるんだろう? リア知ってるか?」
「知りませんよ。ガブリエルも知りません。他の二人は・・・お互いのことしか興味ありませんか」
大天使の一人、『節制』を司るルシフェルは現在行方不明だ。他の大天使も大悪魔も消息を掴めていない。
「そういえば、リア・クルス。あなたは十字聖教のスパイだったわね。聖職者からだと思ったけれど、彼らは悪魔を毛嫌いしている。ということは、あなたの依頼主は天使?」
「そうですよ。担当の者が育休中で行けないことがわかったんですよ。僕は丁度ガブリエルの隣で彼女の仕事のお手伝いをしていました。で、僕が名乗りを上げたということです」
リアの説明を聞いて、神楽の心から警戒心が消える。敵意はない、傷つけるつもりはない、と言われても、スパイや悪魔と言われて心の底から信用することは出来なかったのだ。しかし、大天使ガブリエルと仲が良く、彼女から仕事を任されたと聞き安心した。
「やっと信用してくれましたね」
見つめてくるリアに神楽は心を見透かされたそうな感覚に陥る。
「そんなに驚くことではありませんよ。言ったでしょう? 僕たちは心の精霊です。生物の感情なんてすぐにわかります」
「そう・・・だったわね」
「お前たち、話がずれまくってるぞ」
グラが話を軌道修正する。
「そうでした。天使との契約でしたね。僕は悪魔よりはおすすめします。モテますし。天使と契約すると僕みたいな任務で世界中飛び回ることになりますね。人手不足ですし」
「でも、やめたほうがいいのよね?」
「はい。天使や悪魔と契約するのはやめておいたほうがいいです。魔法は使えるかもしれませんが、最悪国を滅ぼします。天使と言ってもすべていい天使とは限りません。悪い天使もいますし、善良な悪魔もいます。感情を司っているので知能も高いです。貴女が望むなら僕は手助けしますよ」
リアは話を終え、神楽を見つめる。
「簡単ですがこんな感じでしょうか」
神楽はふぅ、と深く息を吐く。今日一日で彼女の知識は崩れ去った。頭を整理するのに時間が欲しい。
「どのような道に進むのかは神楽さんが決めてください。貴女の人生なので。僕には手助けしかできません」
「えぇ、わかったわ。少し時間をちょうだい」
「そうですね。すぐに決められることではありません。ですが、すぐにできることもありすよ」
「何かしら?」
神楽は首をかしげる。
「魔力制御です。貴女は、というか今の時代の人間は魔力制御が全くできていません。基礎中の基礎ですよ。どうです? 教えましょうか?」
「教えなさい!」
神楽は即答する。少しも悩むことなく上から目線で命じて、力を求める神楽を見て、リアは愉快そうに笑う。
「即答ですか。僕は貴女のことを益々気に入りましたよ。いつからしますか?」
「今日から、と言いたいところだけれど明日からお願いするわ。今日は頭の整理をしたいの」
「わかりました。場所はこの家庭科室にしましょう。放課後また来てください」
神楽は頷く。話がまとまったのを見て、グラが二人に声をかける。
「話は以上か? なら、そろそろ帰れ。下校時刻が近いぞ」
時計を見ると、あと十五分で下校時刻だ。
「えっ! もうこんな時間!?」
「神楽さん荷物は?」
「教室よ」
「では、僕も付き添いますね。今日は解散しましょうか」
リアが指をパチンと慣らす。すると、パンケーキを作るために使用した器具や皿が勝手に綺麗になり、元の場所へ戻っていく。
「えっ!?」
「ちょっとした技術ですよ」
ありえない光景に驚く神楽にリアが悪戯っぽく微笑む。
「ほらほら! 口説いてないでさっさと帰る! 気をつけて帰れよ」
グラがリアと神楽の首根っこを掴んで家庭科室から放り出した。放り出された二人は教室に向かって歩き出す。
「口説いてなんかいないんですけど・・・。まぁいいです。何かあったらグラに頼ってください。彼女は大雑把ですが優しいので」
「えぇ、そうするわ。でも、あなたに頼ってもいいのよね?」
「それはもちろん。僕は悪魔ですが性別は男ですからね。神楽さんみたいな美人で綺麗な人から頼られるのは嬉しいです」
神楽は頬を赤く染める。今まで何人もの男子に言われてきたが、全く心に響かなかった。でも、なぜかリアからの言葉は体が反応してしまう。顔が熱い。自分の心がよくわからない。
幸いにも教室へ向かう廊下は薄暗く、頬を染めたことはリアに気づかれなかった。
神楽とリアは教室へ戻り、自分の荷物を持つと靴箱へ行き校舎を出た。あと五分ほどで下校時刻となるところだった。
「神楽さんのこと送っていきますよ」
校門を出て少し歩いたところでリアが言った。神楽はリアの申し出を遠慮する。
「別にいいわ。私電車だし」
「ここら辺は三十分に一本でしょう? 今日は僕のせいで遅くなったので送りますよ。電車より早いですし」
「どういうこと?」
「見てればわかります」
リアは神楽にわかるように周囲に結界を張る。結界が現れる前兆が一切なかった。神楽が驚いているのを無視して、リアはもう一つ魔法を発動させる。リアと神楽の足元に緻密な魔法陣が現れた。
リアは神楽の手を掴む。
「しっかりと掴まっててください」
「えっ!」
次の瞬間、周囲の景色が変わった。二人は転移したのだ。転移した先は神楽の家の上空五十メートルほど。二人は宙に浮かんでいる。
「て、転移魔法!」
「そうですよ」
驚く神楽にリアは悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
転移魔法とは超高等魔法の一つだ。距離が遠ければ遠いほど複雑な魔法だ。たった一人がこんな短時間でできる魔法ではない。
リアは神楽の手を掴んだまま、ゆっくりと地面に降りる。周囲の人々は誰も気づいていない。
「そうだったわ。あなた世界を破壊できるんだったわね。なら、これくらい簡単ね」
驚き疲れた神楽が声を絞り出すようにして言った。
「それにしてもさっきの魔法も結界も全く予兆を感じられなかったし、魔力も感じられなかったわ。一体どういうことなの!」
「明日から神楽さんに教える魔力制御ですよ。少しも魔力を漏らさず魔法を発動させれば、予兆なんてありません。予兆や魔力が感じられるということは、それだけ魔力をロスしているということです」
人が全くいなくなった瞬間を狙ってリアが結界を消失させる。
「では、神楽さんまた明日」
リアが頭を下げ、後ろを向いて歩き出す。
「最後に一つだけ聞かせてちょうだい」
神楽は歩き去っていくリアに声をかけた。リアと出会ってからずっと疑問に思っていたことがある。
「何でしょう?」
リアは立ち止まって振り返る。
「リア・クルス。あなたはなぜ私を助けてくれるの?」
「そうですね。希少な力を二つも持っていてもったいないと思ったから、僕のクラスメイトだから、など理由はいろいろとあります。ですが一番大きな理由は、貴女のことが好きだから、でしょうか」
「なっ!?」
「僕は神楽さんのことが気に入りました。久しぶりのお気に入りです。助けたくなるでしょう?」
驚いて固まっている神楽に軽く微笑み、リアは魔法を発動させる。
「では、おやすみなさい神楽さん。また明日」
リアの姿は掻き消え、どこかへと消え去った。
お読みいただきありがとうございました。
色欲や暴食を司る悪魔は他にもいます。
色欲と暴食の頂点に君臨するのがルクスリアとグラということです。
リアの好きはloveではなくlikeです。
また次の話ができるまでしばらくお待ちください。




