第4話 陰陽師の娘
午前中から書き始めたら、あっさりと書き終わりました。
夜。日付が変わる頃、リアは熊本市にあるとある豪邸を空から眺めていた。リアの背中には悪魔の羽が生えている。羽ばたきながら豪邸を観察する。
「ふむ。九州を守護する陰陽師の一族の本家にしては、警備がおろそかですね。結界も所々綻びがあります。呪詛も呪い返しもそこまで強いとは思えません。これでは脅威度ランクA以上の魔法犯罪者から、攻撃を防ぎきれませんね」
陰陽師、土御門家の警備や魔法をあっさりと見抜いて、リアは独り言を呟く。
「世の中が平和になったのを喜ぶべきか、平和ボケをしているのを嘆けばよいのか、判断に困りますね。ここ百年ほど大規模な戦争は起きていませんし、緩むのかもしれませんが、裏の世界は依然活発ですよ。日本に凶悪な魔法犯罪者が複数入り込んでいるそうですし、気を付けたほうがいいですよ。って言っても聞こえていませんか」
リアは微笑む。
「とりあえず、今日は偵察です。さて、何人の人間が僕に気づきますかね?」
そう言うと、リアは自らの悪魔の羽を消し、眼下の豪邸に向けて落ちて行った。
リアは土御門家の結界をすり抜け、音を立てず、庭に着地した。リアに気づくものは誰もいない。
リアは平然と歩きまわる。建物の周りを一周すると、リアは玄関のほうへ向かう。そして、玄関の扉をすり抜け、靴を脱いで異空間に仕舞うと、礼儀正しく挨拶をした。
「お邪魔します」
リアに気づくものはいない。リアは悠々と家の中を歩き回る。家の中は、ほとんど侵入者避けが施されていない。リアは呆れ、ため息をつく。
「はぁ。家の中にも侵入者避けを施しておかないと、一度入り込まれたら終わりじゃないですか。あんな弱々しい結界に自信を持っているのでしょうか?」
リアはもう一度ため息をつくと、再び家の中を歩き始める。リアは誰にも気づかれることなく、武器庫、魔具、式神など土御門家の戦力を確認する。人間の力量を確認するのも忘れない。陰陽師たちの力量は、リアが想定したよりもずっと低そうだ。
リアが家の中を探索していると、周囲が慌ただしくなった。
「また、新たに犠牲者が見つかったらしい」
「もう十人目だぞ!」
「本家は一体何をしている!」
「当主は指示を出してるが、上手くいっていない。娘は・・・」
「ああ。出来損ないか。あの娘は今日も地下か?」
「本家の娘が魔法を使えないとは」
「とりあえず、当主の下へ行くぞ。このままじゃ、国からも警察からも本土の陰陽師たちからも嫌みを言われる」
リアの近くにいた陰陽師たちは足早にどこかへと向かっていった。何か事件が起きたらしい。陰陽師たちの顔が少し苦々しかった。
リアは話に聞こえた地下に向かった。リアのクラスメイト、土御門神楽がそこにいるらしい。
地下へ向かう長い階段を降りると、広い空間が広がっていた。魔法を練習する訓練施設だ。学校の訓練場よりもはるかに性能がいい。
その広い空間には一人しかいなかった。土御門神楽だ。神楽は汗をかきながら、必死に魔法を放とうとする。黒い髪が汗で顔に張り付いている。しかし、魔力は放出されるが魔法は発動しない。空間の魔力濃度が上昇するだけだ。
神楽は必死に魔法を発動させようとする。
「火球!」
魔法は発動しない。何度も何度も何度も試すが、魔法が発動することはない。それでも彼女は諦めていなかった。服が汗でぐっしょりと濡れても、何度も何度も魔法を発動させようとする。
リアが地下に来て、一時間ほどたった。ずっと神楽を見ていたが、彼女は一度も休むことはなく、諦めることもなかった。
彼女もそろそろ限界だ。リアは彼女の魔力がほとんど空になっているのが視えた。周囲の魔力濃度もとても濃い。上にいた陰陽師たちでも耐えられないだろう。常人よりも何倍も魔力が多く、魔力に耐性がある神楽でも限界だろう。
「火球!」
彼女は膝から崩れ落ち座り込む。もう彼女の体内に魔力は残っていない。今、彼女は物凄い倦怠感が襲っているだろう。周囲の魔力が高く、息をするのも辛そうだ。
リアの耳に神楽の弱々しい声が聞こえてきた。
「なんでよ・・・。どうしてよ。どうして魔法が使えないの!」
神楽は涙を流しながら、地面をたたく。プライドが高く、近寄りがたく感じられていた彼女は見る影もない。ただのか弱い女の子だ。
「どうしてどうしてどうしてどうして」
言葉と同時に神楽は自分の太ももを叩く。魔法が使えなくて自分を責めているのだろう。
神楽が嗚咽を漏らす。泣きながら小さく声を漏らす。
「だれか・・・だれかたすけて・・・」
彼女の助けを求めた声を聞いて、リアは声を出した。
「吸収」
「だ、だれ!?」
神楽は立ち上がり、声の聞こえたほうを振り向く。そこにいたのは、手のひらに黒い球体を乗せたリアだった。リアは空間の濃密な魔力を喰らうと黒い球体を握りつぶす。
「初めまして。土御門神楽さん。僕はリア、リア・クルスです」
「あなた・・・今日来た留学生ね。どうやってこの家に入ったの?」
「普通に玄関から入りましたよ。ちゃんと挨拶もしましたけど、誰にも気づかれませんでした」
「ここが陰陽師の家だってわかってるの? すぐに上の陰陽師たちが流れ込んでくるわ」
「わかってますよ。それに結界を張ってるので上には気づかれません。誰も来ませんよ」
リアは結界を可視化させる。この地下空間に入った時に張ったものだ。、神楽は顔に恐怖を浮かべる。でも、必死で抵抗しようと構える。そんな彼女に、リアは両手をあげる。
「僕は何もしないので警戒しなくていいですよ」
「信じられないわ。誰にも気づかれず、この家に入れる力の持ち主よ。それに・・・」
「人間じゃない、ですか?」
「っ!?」
言いよどんだ神楽に、リアが言葉を続けた。神楽の顔がこわばり、固まる。
「貴女に気づかれていることも知っていますよ。僕を見た貴女は、恐怖を隠しきれていませんでしたから」
「・・・」
「そろそろ、警戒を解いたらどうです? 僕は何もしません。この地の陰陽師の力を確認しに来ただけです。それに、やろうと思えば全員無力化できますし」
リアの体から一瞬だけ圧倒的な魔力が放出される。
「そうね。あなたの前ではどう足掻いても無駄かしら。正直立ってるのもやっとなのよ」
神楽はそう言うと、地面に座り込んだ。まだ警戒しているが、いろいろ諦めたようだ。
「それで? 何のようかしら、犯罪者さん?」
「僕は犯罪者じゃ・・・不法侵入してますね。まぁ、さっき言った通り確認しに来ただけです。任務の一環です。それに貴女にも興味があったので」
「これから私はあなたの欲望のままに襲われるのかしら?」
神楽は自らの体を恥ずかしそうに抱きしめる。洋服も汗で濡れて体に張り付いており、少し扇情的だ。リアは異空間からタオルを取り出し、彼女に投げ渡す。
「どうして少し嬉しそうなんですか!? そんなことしませんよ」
「本当に?」
「しません」
「ほんとのほんとに?」
「だからしませんってば!」
「ふふふ、残念ね」
神楽はいつもの調子を取り戻したようだ。今の彼女はクラスメイト達から聞いていた性格とは違い、リアは認識を改める。彼女は結構いい性格をしているようだ。
「任務って言っていたけれど、あなたはどこかに所属しているの? 宗教国家から来たと聞いたけど?」
「ええ。所属というかお手伝いする関係というか。まぁ十字聖教からの依頼です」
「スパイ?」
「ええ、まぁ」
「あっさりと言ってもいいの?」
「できるだけ秘密にしておいてください。外交問題がめんどくさいので」
冗談めかして言うリアに、神楽はあっさりと納得する。
「あなたから見て、陰陽師たちの力はどうかしら?」
「だめだめですね。結界は綻びがあり、家の中に侵入者避けはない。僕に気づく様子もない。今貴女と話していますが、他の陰陽師たちは僕に気づきもしないでしょう。貴女は能力があるから僕に気づきましたが」
リアの言葉に神楽はハッとする。立ち上がろうとするが足に力が入らず立ち上がれない。座り込んだまま、リアに話しかける。立ち上がれていたら、リアに詰め寄っていただろう。
「私の能力! 何か知っているの!?」
「ええ、まぁ」
「教えなさい!」
「教えたいけど正直迷っています」
「私の力よ。早く教えなさい」
「貴女のせいで、世界規模の戦争になるかもしれないと言われても?」
リアが冷酷な顔つきになる。冷たい瞳で神楽を見下ろす。
「なっ!?」
「貴女の力は言わば爆弾です。いつ戦争になってもおかしくない。今のまま、気づかずおとなしくしているのなら、たぶん大丈夫です。しかし、力の使い方を知ってしまうと、様々な国や組織から命を狙われるでしょう。裏の世界からも逃れることはできません。それでも貴女は力を求めますか?」
「そ、それは・・・」
そこまでの力だとは思っていなかったのだろう。神楽は言葉が続かない。
「正直、このまま貴女を殺したほうが、この先の世界のためにはいいかもしれません」
「っ!?」
「そんなことしませんが」
神楽はリアの言葉に少しホッとした。流石に殺すと言われてゾッとしたようだ。
「急にそんなことを言われても混乱してわからないでしょう。なので、これから一カ月間、放課後の一時間だけ家庭科室で待っています。いつ死んでもいい、戦争の引き金を引いてもいい、悪魔に魂を売ってもいいと覚悟ができたら家庭科室に来てください。一カ月だけ待ちます」
「・・・」
神楽は何も言わない。黙って考え込んでいる。リアは時間を確認すると、黙っている神楽に告げた。
「では、そろそろ失礼します。風邪をひかないようにしてくださいね。おやすみなさい」
リアは座り込んでいる神楽に背を向けて、訓練場の入り口に歩いていくと、そのまま階段を上って姿を消す。神楽は何も言わず、リアを見送り、しばらく座り込んでいた。
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草木も眠る丑三つ時。
夜道を一人の男性が歩いていた。大学生の男性だ。夜遅くまでバイトをし、その帰り道だ。周りの住宅からは生活音がしない。真っ暗な夜道には、誰一人歩いていない。自分だけだ。
男性は歩きながら、夜空に浮かぶ月を眺める。
「綺麗な月ね」
後ろから女性の声がした。男性が振り向くと、街灯に照らされた一人の女性がいた。きれいな女性だ。
「綺麗な月ね」
「そ、そうですね」
今度は女性の言葉に反応できた。女性が男性を見る。暗くて目元は見えないが、顔立ちは綺麗に整っている。男性は鼻の下を伸ばす。
「アナタ、今暇かしら?」
「は、はい!」
女性の綺麗な声に男性は即答する。
「ワタシ、お腹が減ってるの。今からアナタを食べちゃってもいいかしら?」
「っ! よろこんで!」
今から自分を食べるという、性的に食べるということだろう。童貞の大学生は期待を込めて返事をした。
女性は真っ赤な口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ、いただきます」
女性の声が聞こえた男性は、首元に痛みが走った。何かに咬み付かれている。驚き、悲鳴を上げようとするが、喉元を喰いちぎられ、声が出せない。意識が消えていく。
男性が最期に見たのは、唇を真っ赤に染め、笑みを浮かべた女性。そして、闇の中で輝く真紅の瞳だった。
お読みいただきありがとうございました。