第3話 二人目の大悪魔
お待たせしました。
二人目の大悪魔の登場です。
登場させるの早かったですかね?
「リアって運がいいよな。授業初日に調理実習だぞ」
基礎魔法学の授業が終わり、リアは大地と話しながら次の授業の教室へと移動していた。次は家庭科である。今日は二時間連続であり、家庭科室で調理実習らしい。
「そうですね。料理は得意なので楽しみです。今日は何を作るんですか?」
「デミグラスハンバーグだって。俺は食べれないけど・・・」
大地は羨ましさや悲しさなど、様々な感情が入り混じった複雑な顔をしている。
「アレルギーですか?」
「いいや。病気だよ病気。消化器系のな。クローン病って知ってるか?」
「炎症性腸疾患ですね。現代の医学でも原因と根本的な治療法が見つかっていない病気の一つです。確か日本では難病に指定されていましたね。炎症が起こる範囲は、大腸だけの潰瘍性大腸炎とは違い、口から肛門までの全消化器官。主な症状は腹痛、発熱、倦怠感、下痢に血便、体重の減少。他にも腸閉塞、穿孔、瘻孔などがあります。痔瘻もありましたね」
「お、おう。よく知ってたな。知ってる人に初めて会ったぞ」
スラスラと病気の説明をするリアに、大地は驚いて少し顔が引きつっている。
「クローン病は食べ物や飲み物に気を付けないといけませんからね。なぜか若い人に多い病気ですし」
「そうなんだよ。去年発病してな。手術はしなくてよかったんだけど、もうお腹が痛いのは嫌だからな。大丈夫な食べ物しか口にしないことにしてる。病院から処方された栄養剤もあるからな」
大地は手に持っているペットボトルを振る。粉を水で溶かして飲む栄養剤だ。
「今からハンバーグを作って食べるのですが大丈夫ですか? 人によっては食べ物を見るのが辛いという人もいるでしょう?」
「俺は大丈夫だぞ。全然気にしない。それに家庭科の先生は美人なんだが、事細かに食レポしてくれてな、味が想像できるんだよ。目を閉じると自分が本当に食べてるような感じがする」
「すごい先生ですね」
「大詰先生って言うんだよ。大詰グラ。外国人とのハーフらしくて美人だぞ。体つきもボンキュッボンって感じ。胸が大きくて服が弾け飛びそうだぞ。めっちゃエロい! 大詰先生を見ると、必ず何人かの男子生徒がしゃがみこんで立てなくなるんだ。俺も経験済みだ」
大地は明るく笑い声をあげる。大地の笑い声を聞きながら、リアは何か考え事をしていた。
「さあ、家庭科室に着いたぞ」
家庭科室にはクラスメイト達が席に着いたり、エプロンを着たりしていた。大地とリアも席に着き、エプロンに着替える。そんなことをしていると、授業が始まり、ガラガラっとドアを開けて女性教師が家庭科室に入ってきた。
「準備できたかー? 今日はハンバーグ作んぞ!」
入ってきた教師は、髪は黒髪だが、彫りが深い美しい顔立ち。体つきは、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。大きな胸が服を押し上げ、はち切れそうだ。
男子の何人かが自分の股の間を押さえる。
リアはその女性から見知っている気配を感じ、頭を抱える。
「まずは、留学生が来てるらしいな。おい! ソイツ立て!」
「はい・・・」
「えぇっと名前は・・・ってお前リアじゃね?」
「はぁ・・・。やはり貴女でしたか、『暴食』」
リアはため息をついた。彼女の名前、大詰グラは大罪暴食。『暴食』を司る大悪魔グラだ。世界に三体しかいない大悪魔の一人でもある。
「やっぱりリアか。久しぶりだな。お前そんな格好して何してんだ? そんな歳じゃないだろ?」
「それはこっちのセリフです。貴女こそ何してるんですか? そんな若作りして」
リアの若作りという言葉を聞いたグラは、姿が掻き消える。そして、一瞬でリアの前に姿を現すと、リアの顔面を殴りつける。しかし、グラの亜光速の拳はリアの顔面をとらえる前に、彼の手によって防がれた。
「おい。お前は言っていいことと悪いことの区別はつくと思っていたんだが、『色欲』? 久しぶりに喧嘩るか?」
リアに握られている拳に力を込めながら、グラは怒りを押し殺した静かな声で告げた。
「どっかの誰かさんが突然行方不明になったのでね。仕事を押し付けられた僕には、嫌みの一つくらい言う権利はあると思います。そして、喧嘩なら買いますよ。ですが『暴食』? 貴女は僕に勝てたことがありましたか?」
全てを喰らおうとする荒々しい魔力と全てを魅了する静謐な魔力が衝突する。二人は睨み合い、空間が音を立てて軋んでいく。
緊張感が極限に高まった時、フッと先に力を抜いたのはグラだった。それに合わせてリアも力を抜く。
「あー。やーめた。リア、放課後またここに来い。話をしよう」
それだけを言うとグラは黒板の前に戻っていく。クラスメイト達は何が起こったのかわからず、ただ呆然としている。グラはそんな生徒たちに声をかける。
「おっし! とぼけてないでハンバーグ作るぞ! レシピ通りちゃんと作れよな。わからないところがあったらリアに聞け。こいつ料理得意だから。そして、あたしに聞くな! 料理できない! 食べる専門だ! あっ本郷、お前食べれなかったよな。お前の分持ってこい。あたしが食べて食レポしてやる」
「は、はい。お願いします」
突然グラに話を向けられて、大地は何とか声を出して返事をした。
「ほら皆! きびきび動け!」
グラの言葉にクラスメイト達は慌ただしく作業を始める。それから少しして、ハンバーグの美味しそうな匂いが教室中に充満した。
▼▼▼
放課後、リアはグラに言われて家庭科室に来ていた。
「おう。来たな。そこに座れ」
席に座ってリアを待っていたグラは、自分の前の席に座るよう促す。
「で? お前はここに何しに来たんだ?」
席に着いたリアを見て、グラは問いかけた。
「仕事と休暇が半分半分でしょうか? ガブリエルたちが日本に調査員を送る予定だったのですが、僕しかできる人がいなかったんです。このところ休みなく働いていましたからね。休暇も兼ねています。この学校だったのは偶然です」
「そうか。ガブリエルは元気か?」
「元気ですよ。仕事に追われて泣いていますけど」
「あいつらしいな」
「貴女はどうだったんですか? 見たところ元気そうですが」
「おう。ピンピンしてたぜ」
グラは白い歯を見せてニカっと笑った。豪快だが美しい笑顔だ。
「では、どうして貴女は教師をしているのですか?」
「あーそれな。リアも知っているだろうけど、あたし料理できないだろ? それなら料理人を育てればいいじゃんって思ってな。で、今この学校にいる」
「調理学校とかのほうがいいんじゃないですか?」
「無理! あたし料理教えられないもん。裁縫とか得意なんだけどな」
「多くの人に料理に興味を持ってほしいけど、教えられないから調理学校ではなくて普通の学校で家庭科教師しているわけですね」
グラが教師をしている理由を理解し、はぁ、とリアはため息をつく。
「ため息つくなよ。幸せが逃げるぞ。それにあたしも少しなら料理できるようになったんだぜ」
「どんな料理ですか?」
「インスタントラーメン」
「それは料理とは言えません」
リアはまた、ため息をつく。
「ラーメンだけじゃないぞ」
「インスタントのうどんとか蕎麦とかじゃないですよね?」
「冷凍食品だ! レンジでチンすればできるから便利だよな!」
疑っているリアに向かって、グラは自慢げに言った。それを聞いたリアは、深い深いため息をついた。
「グラ。今度僕の家に来てください。何か作ります」
「サンキュー。お礼にあたしの処女でもあげようか? まだ童貞だろ?」
「いりません。それに大悪魔の貴女でも僕の権能から逃れられませんよ」
「別にいいじゃん。あたしも死ねないんだし。その様子じゃガブリエルにも手を出してないみたいだな。いい加減、あいつをもらったら? あの事をまだ引きずってんのか? 女々しい奴だな。あいつは今も昔も変わってないだろ。あいつはお前のこと好きだし、お前も好きだったんだろ? イヴのこと・・・」
「そこまでです、グラ。それ以上は止めなさい」
リアは殺気のこもった目でグラを睨みつける。リアの瞳が変化し、目の白い部分が黒く、虹彩が紫色に染まる。濃密な魔力と殺気が部屋に充満し、グラを襲う。常人なら即死している。だが、グラはそんなリアの魔力と殺気を軽く受け流し、手をひらひらと振ってリアをなだめる。
「ほらほら、落ち着けって。自分で図星って言ってるようなもんだぞ。それに、結界張ってるみたいだけど、それ以上は日本の陰陽師たちが飛んでくるぞ」
リアは魔力と殺気を霧散させる。だが、まだグラを睨みつけている。
「はぁ。自分でもわかってんなら責任持って女の一人や二人幸せにしろよ、このヘタレ野郎! お前を待ってる女なんて何人もいるだろ!」
「・・・考えておきます」
グラはリアの顔を見ながら、こりゃダメだな、と思う。いっそリアを縛り上げ、身動きできない状態で強制的に既成事実をつくるか、と計画を立てる。その時には他の大悪魔や大天使に手伝ってもらおう。とりあえず、あとでガブリエルに連絡しよう、とグラは決意した。
「陰陽師で思い出しました。土御門神楽。貴女は彼女について何か知っていますか?」
「ん? あいつか。九州を守護する陰陽師の一族、土御門家。その本家の娘だな。魔法が使えないから本家からも分家からも蔑まれているらしい」
「あんな力を持っているのに? 日本の陰陽師はバカですか?」
「ああ、やっぱりお前も気づいたか。彼女の力に」
「彼女、一瞬で僕が人間じゃないと見抜きましたからね。クラスの前で挨拶したとき、僕を見た彼女は恐怖で震えていましたよ」
「あはは! だよな! あたしもバレてる。悪魔とまではわからないらしいが、めっちゃ警戒されてる」
「膨大な魔力を持つが、自ら魔法を放つことができない『特異能力者』」
「それに魔眼、『精霊眼』持ち」
特異能力者とは、数千万人に一人しかいない、特別な能力を持った人間だ。ヒトだけでなく、獣人やエルフなど様々な種族にも存在する。特定の属性魔法に特化したり、超高位魔法は得意だが初歩魔法が苦手だったり、能力は人それぞれだ。土御門神楽もその一人だ。
そして、土御門神楽がもう一つ持っている能力が魔眼だ。魔眼保持者は全世界でも両手で数えきれるだろう。それくらい希少な力だ。彼女が持つ精霊眼は、普通見ることができない、世界に存在する精霊の姿を捉えることができる。
「魔眼持ちの特異能力者。どんな確率ですか。僕は世界が始まる前から存在してますが、初めて聞きましたよ」
「あたしも初めて。いやー知った時は驚いたよ」
「それに膨大な魔力をもって、精霊が見えるとか、精霊使いになれって言ってるようなものですよ」
「悪魔の契約者でもいいぞ。後は天使の使徒とか」
「そうですね。後者の二つだったら国とか滅ぼせそうですね」
「だなー」
グラとリアの二人は、少し遠い目をする。
「まぁ、ここには調査に来ているので少し彼女について調べてみますか」
「リア、お前の女にするつもりか?」
「なぜそうなるんですか。一応クラスメイトなんで、少し助けてあげようかと思ってるだけです。それに希少な力を二つも持っているんです。使わなければあまりに持ったない」
話は終わりだ、という風にリアは立ち上がる。グラも何も言わない。リアはドアの近くで立ち止まると、グラに背を向けたまま話しかける。
「とりあえず、今日からよろしくお願いします、グラ先生。僕が住んでる場所は貴女にならわかるでしょう? 好きな時に来てください。久しぶりに僕の料理を食べさせてあげます」
「おーう。お前は好きな時にあたしを食べていいからな」
グラは背を向けているリアに向かってニヤニヤしながら告げた。
「・・・考えておきます」
そう告げると、リアは家庭科室を出て行った。
「全く頑固な奴だ」
グラはそう呟くと残っていた仕事に取り掛かった。
お読みいただきありがとうございました。
作者名、クローン人間からわかるように作者もクローン病です。
油ものや香辛料の多い刺激の強い食べ物は食べれません。
パンや洋菓子も食べてません。
みそ汁中心の食事です。
和食と和菓子が大好きでよかったです。
一番酷いときの症状は『下剤を1~2カ月毎日飲み続けたような生活』と言えば想像しやすいでしょうか?
皆さん、時間があったらクローン病を調べてみてくださいね!