第2話 留学生
お待たせいたしました。
第2話です。
ヒロインの一人が登場です。
―悪魔―
それは残虐非道で、人間の欲望を刺激し、悪に引き込む悪霊。世界に災いをもたらし、滅ぼすもの。世界から嫌われた神の敵。
悪魔は人間の欲望や魂を喰らって生きるという。
それゆえ、悪魔は人間を求める。
他者を見下す『傲慢』な政治家。お金を巻き上げる『強欲』な商人。お菓子や油ものを『暴食』する肥満者。他人の美しさに『嫉妬』する女性。現実に絶望し『怠惰』に過ごす男性。親を殺され『憤怒』する少女。『色欲』に溺れる少年。
悪魔は欲に満ちた人間に近づき、唆し、契約し、力を与える。
悪魔との契約者は、人知を超えた力を手にするという。
それゆえ、人間は悪魔を求める。
たとえそれが、世界を滅ぼせる異形の化け物だったとしても…
たとえそれが、原初から存在する世界に3体しかいない大悪魔だったとしても…
そんな化け物、この世界では珍しくもないのだから。
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「それでは自己紹介をお願いします」
6月。日本皇国熊本県珠奈市、私立白亜高校1年8組の朝の教室に担任の前田の声が響く。生徒たちは留学生の紹介ということでガヤガヤと騒めいている。教壇に立った留学生に、興味、羨望、嫉妬、興奮など様々な視線を向ける。留学生は、黒髪、灰色の目、眼鏡をかけても隠し切れないモデルのような整った顔立ち、肌は雪のように白く、長身だが適度に筋肉がつき、真面目な雰囲気の少年だ。
女子たちが黄色い悲鳴を上げている。その少年が口を開く。流暢な日本語だ。
「初めまして。宗教国家カトリスタントの聖都から来ました、リア・クルスと申します。このように日本語は話せますので気軽に話しかけてください。今日からよろしくお願いします」
リアの正体は大悪魔色欲である。ガブリエルを筆頭とする女性たちに改造され、前の姿は見る影もない。
一礼したリアに向かって拍手が轟く。特に女子の拍手がすごい。スタンディングオベーションだ。
「では、席は真ん中にありますので着席してください。近くの皆さん、リア君のサポートをお願いします。リア君もわからないことがあったら周りを頼ってくださいね」
前田から声がかかる。リアが席に着くと周りから話しかけられる。それを教師の前田が注意し、連絡事項を伝えていく。そして朝のホームルームが終了した。
ホームルームが終了した後、すぐにリアはクラスメイト達に囲まれる。様々な方向から話しかけられ、返答に困る。だがそれも、一人の少年によって助けられる。
「おーい! 次の授業は訓練場だろ。着替えて移動すんぞ! 聞きたいことあるだろうけど後にしろー! 昼休みとか放課後とか時間たっぷりあるだろ!」
その声に従ってクラスメイト達が渋々立ち去っていく。男子は着替えが同じなのであんまり減っていないが。
「助かりました。ありがとうございます」
リアは少年にお礼を言う。少年は照れたように頭を掻いた。
「気にすんな。今日からクラスメイトなんだ。よろしくな。俺は本郷大地」
「僕はリア・クルスです。ってさっきみんなの前で自己紹介しましたね。この話し方は癖なので気にしないでください」
「了解。体操服持ってきてるか? さっさと着替えて訓練場に行こうぜ。案内するから」
あっお前だけ抜け駆けとかずるい、と周りから抗議の声が上がる。そんな彼らに大地は、じゃあ一緒に案内しようぜ、と言っている。彼はこのクラスでも中心人物のようだ。確かに、彼は明るく人懐っこくて話しやすい。リアは男子たちと一緒に着替え、彼らの案内のもと、訓練場へ移動した。
一時間目と二時間目の授業は基礎魔法学である。二コマ連続だ。基礎魔法学とは、火・水・風・土の基本四属性魔法を練習、習得する授業だ。日本の学校には魔法を練習する訓練場の設置が義務付けられている。訓練場は、魔法の攻撃を分解拡散させる壁で覆われており、学生レベルの魔法で壊れることはない。
魔法を操る授業は、日本だけではなく世界中の学校で行われている。科学だけでなく魔法も発達したこの世界では、魔法使いも戦力の一つだからだ。超高位の魔法使いは戦闘機の攻撃力を上回り、核爆弾も防ぐことができる。
一時間目が始まった。授業では火球など球系の魔法や火弾丸など弾丸系の魔法を練習しているようだ。初歩の魔法だ。授業の最初に担当教師からリアに声がかかる。
「今日から留学してきたリア君でしたね。リア君の実力が知りたいので、的に向かって球系の魔法か弾丸系の魔法を打ってみてください。属性は何でもいいですよ」
「わかりました」
リアは線が引かれた位置に立つ。的から二十メートルほど離れた位置だ。的は十個ある。そして、無詠唱で魔法を展開する。四つの球と四つの弾丸だ。基本四属性をそれぞれ一つずつ。そして、リアの指示通りに一つ一つ別の的、八つの的の中心に轟音を立てて命中した。リアは振り返ると、教師とクラスメイト達がポカーンと口をあけたまま茫然としているのが見えた。
「えーっと、こんな感じなんですが」
「えっ。あっはい。ありがとうございました」
リアの言葉を聞いてようやく教師が復活した。リアはなぜ呆然としていたのわからない。クラスメイト達も徐々に復活し、ざわめきが大きくなる。
「嘘だよね?」
「無詠唱なのに球と弾丸の同時展開!」
「四属性を同時にだと!?」
「リア君すごい!」
「全部的に命中したのもすごいけど何あの威力。私全力で打ってもあんな威力出ないよ」
リアはようやくクラスメイト達が驚いている理由が分かった。リアが思っていた以上に周りのレベルが低いらしい。今やったことはリアにとって呼吸するよりも簡単だ。それに力を極々最小限に抑えた。普段通りの力で魔法を放つと一つの魔法で学校そのものが簡単に吹き飛んでしまう。ここ百年ほど、普通の人間では使うことができない魔法を平然と使う者たちと一緒にいた。そのせいで認識のずれが生じていたらしい。
「えーっと、リア君には教えることが無いようですね。どこまでできるのかわかりませんが、数を増やしたり、威力の調整など工夫してみてください」
「わかりました」
「皆さんもわからないことがあれば、先生でもいいですしリア君でもいいので積極的に聞いてくださいね。それでは各自班に分かれて練習を始めてください」
先生の号令で生徒は班に分かれ、散らばっていく。リアは大地と同じ班だった。班のメンバーに近づいていくと、大地に腕を回される。
「お前スゲーじゃん! 外国じゃみんなお前みたいに魔法を使えるのか!? コツを教えてくれ!」
他のメンバーも大地の言葉に頷き、目をキラキラさせてリアを見てくる。リアにとって造作もなかったことだが、これくらいの魔法で褒められるのは新鮮な感覚だ。
「僕も国では珍しかったですね。コツくらいならいいでしょう。とりあえず、皆さんの実力を見せてください」
最初に魔法を放ったのは同じ班の男子生徒、桐生貴司。野球部に所属しているらしい。的に向かって手を突き出し、叫ぶ。
「火球!」
現れた火球は一直線に飛んでいく。だが、的には当たらず手前の地面へ衝突し弾けた。貴司は悔しそうにしている。魔法のコントロールが苦手らしい。
次に魔法を放ったのは女子生徒、米田友恵。手のひらを的に向け、静かに命じる。
「水弾丸」
手のひらの近くに水の塊が現れる。しかし、形が不安定で、そのまま飛んでいくことなく地面に落ち、ただの水たまりとなった。
最後は大地の番だ。彼は火・水・土の球と弾丸の魔法はできるらしい。手を突き出し叫ぶ。
「いけ! 風球! ・・・やっぱり駄目だったか」
風魔法は発動せず、何も起こらなかった。風のイメージがよくわからないらしい。
リアは三人のだいたいの実力が分かった。そして、なぜ魔法がうまくいかないのかも理解した。リアは三人に話しかける。
「皆さんは魔法というものがどのようなことか知っていますか?」
三人は首をかしげる。よくわかっていないらしい。リアは話を続ける。
「魔法とは、魔力を使い自らの意思を具現化し、世界の法則を書き換える行為です。もっとわかりやすく言えば、魔力を使って想像したことを現実化させること、でしょうか」
「イメージが大切ってことだよな? それに苦労してるんだが」
大地が顔をしかめている。
「ええ。わかっています。まず、桐生君。あなたは野球部ということですが、ポジションはどこですか?」
「ピッチャーだが」
「それは丁度良いです。あの的をストライクゾーンだと思って、投げる動作をしながら魔法を放ってみてください」
「お、おう。わかった」
突然の振りに貴司は驚くが、リアの言葉に頷いて的の前に立つ。そして、投球フォームに入る。
「火球!」
現れた火球が野球ボールのように一直線に的めがけて飛んでいく。そして、的のど真ん中に命中した。三人は驚いている。
「えっ! 俺できた?」
「はい。おめでとうございます」
「なぁリア。もしかして貴司が変化球を投げたら魔法が曲がったりする?」
大地の言葉にリアは頷く。それを見た貴司は嬉々として魔法の準備をする。
「よっしゃ行くぜ! 火球、火球、火球!」
三回の投げる動作から放たれた三つの火球はカーブ、スライダー、フォークの軌道を描きながら的に向かって飛んでいく。しかし、それは的に当たることはなかった。
「バッターを意識しすぎましたね」
リアの冷静な分析に、恥ずかしそうに笑いながら頭を掻く貴司。だが魔法のコツがわかったようだ。
「次! 次は私!」
貴司が急に魔法を使えるようになったのを見た友恵がリアに迫る。
「次は米田さんですね。あなたは弾丸、弾丸のイメージが不完全のようです。 これを見てください」
リアは彼女に、手のひらに乗せたものを見せる。彼の手のひらに乗っていたものは銃の弾丸だ。
「これは銃の弾?」
「ええ、そうです。僕が創りました」
「おい! これって錬金術かっ!?」
「違いますよ。魔力で創り上げた模造品です。ニセモノですよ。時間がたてば消えます。これを見ながら魔法を発動してください」
友恵に魔力でできた弾丸を渡す。彼女は弾丸を手に持ち、的に向かって詠唱する。
「水弾丸」
今度は水が弾丸の形になっている。しかし、勢いがなくフラフラと飛んで的に届く前に落下した。友恵は少し落ち込んでいる。
「米田さん、ちゃんと弾丸の形にすることができましたね。後は銃みたいに勢いよく真っ直ぐ飛ぶことをイメージするだけです。指で銃の形をつくり、撃つ動作をしてみたらどうでしょうか?」
「わかった。やってみる」
友恵は気を取り直し、リアのアドバイスに従って、指を銃の形にして的に向ける。そして、撃つ動作をおこなった。
「バンッ!」
撃つ動作に集中しすぎて詠唱を忘れていた。しかし、魔法は発動し、水の弾丸が的に向かって飛んでいく。真ん中に命中することはできなかったが、しっかりと的に着弾している。
「やった! 私できた!」
「おめでとうございます。無詠唱でしたよ」
「・・・えっ? ウソだよね?」
友恵は貴司と大地に確認を取る。しかし、彼らの顔は驚きに染まっており、友恵に無詠唱だったと伝えた。友恵は嬉しさよりも驚きが強く、混乱しているらしい。えっ・・・私が・・・ほんとに?、と自分でも訳が分からないみたいだ。
「よっし! 次は俺の番だぜ!」
「本郷君は空気がうまくイメージできないみたいですね」
「俺のことは大地でいいぜ。まぁそうなんだよな。空気って目に見えないし」
「では大地と呼ばせていただきます。ではわかりやすくしてみましょう」
リアはパチンと指を鳴らす。すると周囲の空気が白くなった。
「おい! これなんだ!」
「周囲にだけ霧を発生させてみました。そうですね、元気を集めた玉やチャクラを圧縮した球のイメージですね。手のひらに集めてみてください」
「お、おう。あのアニメは見たことあるからな。よっし」
リアのアドバイス通り、大地は空気が手のひらに集まるように意識を集中する。目を閉じている大地にはわからないが、しっかりと空気が集まっていく。そして大地は目を見開き叫んだ。
「螺〇丸!」
放たれた空気の球は一直線に的へ向かっていく。そして、轟音を立てて的に命中した。大地はポカーンとしている。貴司も友恵も同じような顔だ。
「おめでとうございます。皆さんコツは掴めましたか?」
三人は驚きから解放されていないが首をカクカクと縦に動かす。
「それと、これは忠告です。最初のうちはいいですが、投げる動作や銃を撃つ動作、溜める動作をいずれは止めてくださいね。癖につきますよ。そして、明確にイメージができればこのように、魔法を自由自在に動かすことができます」
リアは授業の最初で放った四属性の球を作り出すと、頭上でグルグル回したり、ジャグリングをする。そんなリアを見て、大地は呟く。
「リア、お前って何でもありだな・・・」
大地の言葉に貴司と友恵もウンウンと頷く。リアは訳が分からず首をかしげるのだった。
授業は続き、二時間目も終わりに近づく。リアは様々な班から呼ばれ、教えを請われた。担当教師も話を聞きに来るほどだった。そんな中、一人の少女が的の前に立った。リアの記憶ではまだ一回も魔法の練習をしていない少女だ。長い黒髪の美人の女子だ。だが、気が強く近寄りがたい雰囲気を感じる。クラスメイト達がざわめき、彼女から離れていく。
「大地、どういうことですか?」
リアは近くにいた大地に話しかける。
「そうか。リアは知らないよな。彼女は土御門神楽。家が陰陽師らしい。魔力は多いんだけど魔法が苦手みたいなんだ」
「そうですか」
リアは土御門神楽という少女を見る。彼女のことは印象に残っている。今朝、クラスの前で挨拶をした時、彼女一人だけ反応が違ったからだ。リアを見た彼女の顔は恐怖で引きつりおびえていた。
彼女が静かに手を伸ばし、口を開く。
「火球」
魔法が発動しない。静寂が包む。
「火球」
やはり魔法は発動しない。
「やっぱり無理みたいだな」
リアの隣にいる大地から言葉が漏れる。しかし、リアは気づいていた。彼女から膨大な魔力が溢れていることに。リアには視えていた。彼女の体には今にも飛び出しそうなほど荒れ狂う膨大な魔力に。
「火球火球火球」
魔法は発動しない。しかし、魔力は使用されている。その為、訓練場の魔力濃度が高まっていた。耐性の少ない生徒たちが、彼女の魔力に当てられ、膝から崩れ落ち気絶してく。息もしづらそうだ。
リアは腕を前に突き出し、手のひらを上に向け、誰にも聞こえない声で呟く。
「吸収」
大気を漂う濃密な魔力が、リアの手のひらに現れた黒い小さな球体に吸い込まれていく。そして、瞬く間に大気の魔力濃度が平常に戻る。リアは手のひらにある黒い球体を握りつぶした。
教師が生徒たちに指示を出し、気絶した生徒たちを介抱している。そんな彼らを見ながら、リアは考えに耽る。
「彼女は・・・もしかしたら・・・」
そんなリアの呟きは、周りの喧騒に紛れて、誰にも聞こえなかった。
お読みいただきありがとうございました。
またしばらくお待ちください。
ヒロインは本郷大地・・・ではなく、土御門神楽でした。
ほんのちょっとしか出てませんが。
彼女のイメージはギャルゲーを作ってるサークルのシナリオ担当の先輩です。
作者は熊本に住むのが夢なんですよね。
自然豊かだし、水は美味しいし。
何度も熊本県に足を運んでます。
というわけで、作者が好きな熊本県を中心に話を進めていく予定です。
どこかに熊本好きな人いませんか?