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Devil's Life  作者: ブリル・バーナード
第1章 二つの瞳編
13/15

第13話 誓いの抜け道

お待たせしました。

 

 今日、神楽は学校を欠席した。昨日リアたちと別れた後、夜に吸血鬼から襲撃された。土御門家のことは大きく報道されている。土御門家の屋敷は半壊し、生き残った陰陽師は少ない。屋敷の周囲にも戦闘の爪痕が残っている。そして、隠ぺいしていた連続殺人のことが露呈し、警察や陰陽師が世間から叩かれている。

 今日のクラスの話題は神楽のことがほとんどだ。犠牲者の名前には神楽の名前がなく、安堵しているが、心配の声は尽きない。

 生徒たちがあまり集中できていないが、授業は進んでいく。

 三時間目の授業は英語。担当は和泉佳世(いずみかよ)。通称かよちゃん先生。巨乳を持った小動物のような小柄な女性だ。年齢は23歳。リアたちのクラスの副担任だ。魔法犯罪取締官の肩書も持つ。

 魔法犯罪取締官はライセンスが世界共通で、世界中で通用する捜査官だ。あらゆる魔法犯罪に対処し、犯罪者を捉える捜査官だ。逆に陰陽師は日本国内だけの捜査官である。佳世の年齢でライセンスを修得しているのは珍しい。

 しかし、佳世は魔法犯罪取締官に見えない。授業で間違えると泣きそうになりながら、あたふたと慌て、黒板の上部に届かないため、ちょこちょこと台座を移動させながら板書していく。生徒たちは彼女の小動物のような可愛さを愛でている。この高校のマスコットだ。

 どこかボーっとしている生徒たちに気づいて、あわあわと顔を赤くして困っている佳世は、時折”ファイト、オー!”とメガネをかけたジャージ姿の女教師みたいに小さく掛け声を出し、自分を振る立たせて頑張っている。

 ちょこんとクッションを敷いて座っている佳世が生徒を指名し、英文の音読をさせていると、教室のドアが勢いよく開いた。


「土御門さんっ!?」


 扉を開けたのは私服姿の神楽。あちこちにガーゼが貼られており、右腕は包帯を巻かれ吊ってある。誰もが驚く中、佳世の言葉を無視して神楽はリアの前に立つ。

 リアは驚くことなくのんびりと挨拶をする。


「こんにちは神楽さん」

「えぇ。こんにちは。私と付き合いなさい」


 反応を待たず、折れていない左手でリアを掴むと無理やり引っ張っていく。流石にこれは予想外だったのだろう、リアはそのまま引きずられていく。神楽は佳世に向かって声をかける。


「かよちゃん先生」

「ふぁ、ふぁい!」

「リア・クルスは体調が悪いようなので早退します」

「ふえぇっ!?」

「ほら行くわよ!」

「待ってください。荷物が残ってます」

「どうでもいい!」


 リアは抵抗できずに神楽に引っ張られて教室を出て行った。生徒たちは突然の出来事に驚き固まっている。佳世の、ふぇぇええ、と戸惑っている可愛らしい声が生徒たちの硬直を溶かした。


「どこ行くんですか?」


 リアは前を歩く神楽に声をかける。他のクラスの前を通るたび、生徒や教師が口を開けて目で追ってくる。


「とりあえず、家庭科室」


 二人は家庭科室へ向かう。どうやら授業は行われていなかったようだ。鍵が掛かっていなかったため、ドアを開けて中に入る。二人の気配に気づいたのか、家庭科準備室のほうからグラが入ってきた。


「おう。お前ら授業中に何やってるんだ? 逢引きか?」

「似たようなものでしょうか? 付き合ってと言われて無理やり連れてこられました」

「土御門も大胆だな」


 やるなぁお前、とグラが神楽を見る。


「ち、違うっ!」 


 焦って否定するが、そんなことどうでもいいと思い直し、一度深呼吸をして気持ちを切り替える。


「昨晩のことは知っているかしら?」

「ええ。知っていますよ。大変でしたね」

「陰陽師たち弱っちぃな。ほとんどが出払っていたとはいえ、あんなに簡単に壊滅するとは。見ていて笑ったぞ」


 グラが思い出し笑いをしている。


「見ていたんですか?」

「見てたぞ。世界中の国と組織もな。これで日本皇国はなめられるぞ。たった一人の吸血鬼に負けたからな。お前も父親が来なかったら喰われて死んでたな」


 あの後、異変に気づいた神楽の父親が文字通り飛んで来たらしい。父の気配を感じて吸血鬼はどこかへ消え去った。彼が来なければ神楽は死んでいただろう。


「私は運が良かったです。でも、そんなに多く監視されていたんですか?」

「土御門家とあの女性の吸血鬼の両方を監視していたみたいですね。神楽さんも少し興味を持たれたみたいですよ。今は様子を見ている状態です」

「嘘! 私バレちゃったの?」

「魔力量が多い女の子、くらいですよ。前から気づかれてはいました。でも、あの女性との戦闘で反応していましたからね。神楽さんの年齢で、あのスピードに反応出来たら将来有望です。土御門家から疎まれていることは彼らもわかっているでしょう。今はお互いに牽制している状態ですが、何かしら勧誘はあるかもしれませんね」


 面倒なことになったと神楽が頭を抱える。


「それで? 授業中に僕を連れ出した理由は何ですか? あっ、その前に神楽さんの怪我を治しますね」


 リアが神楽に向かって手を振ると彼女の体が白く光る。骨折した右腕やひびが入った骨の痛みがなくなり、切り傷や打撲痕が全て治癒する。恐る恐る折れていた腕を触ると痛みも何もない。ガーゼの下の傷も全て綺麗に癒えているようだ。

 ありがとう、とお礼を言う神楽にリアは、どういたしまして、と言い、話を促す。

 神楽の顔が悔しさにまみれ、ゆっくりとした動作で頭を深く下げる。


「お願いがあります。一刻も早く強くなりたいの。あの吸血鬼を倒すために私を鍛えてください。お願いします」

「ほう。貴女が倒すと? 僕に倒せとお願いをしないんですか?」

「狙われたのは私よ。あなたじゃない。あの吸血鬼には、私が強くなるための踏み台にさせてもらうわ。リア・クルス、あなたは私の道を進めと言ったわね。私があの吸血鬼を倒す。これから先、犠牲者を出さないために。私が倒したいから倒す。私が他の人を救いたいから救う。私はそう決めたわ。だから、力を貸してください」


 深々と頭を下げたまま頼み込む。家庭科室に沈黙が訪れる。神楽は頭を下げたまま微動だにしない。


「これから先、つらいことや悲しいことが待っていますよ?」

「それでもいい」

「痛みや苦しみもありますよ」

「わかってる」

「血生臭い世界から離れられませんよ」

「私は覚悟を決めたわ」

「本当にいいんですね。引き返せなくなりますよ。それでも貴女は悪魔に魂を売り渡しますか?」

「私の魂は悪魔なんかにあげないわ」


 神楽が頭をあげ、覚悟を決めた瞳でリアを見る。


「私の全てを『色欲(ルクスリア)』にあげるわ」

「・・・ククク。アーッハッハッハッハ!」


 いつも真面目な雰囲気を纏っているルクスリアがお腹を抱えて笑い出す。滅多にないことなのだろう。グラが目を見開いて驚いている。固まっている二人をよそに、ルクスリアは愉快そうに笑い続ける。


「ハハハハハ! し、失礼。クフフフ。貴女みたいな人間には初めて会いましたよ」


 目の端に浮かんだ涙を拭いながらルクスリアが謝ってくる。しかし、時折笑い声が漏れる。


「貴女はどれだけ僕を愉快にさせれば気が済むんですか」

「あなたを愉快にさせたつもりはないのだけれど」

「そうですね。僕が勝手に愉快になっているだけです」

「それで? 返事はどうなの?」


 ルクスリアが胸に手を当て、優雅に一礼する。


「いいでしょう。貴女が望む限り力を貸すと誓いましょう」

「ありがとうございます」


 神楽が深く頭を下げて感謝の気持ちを伝える。そして、ホッと安堵の息をつく。リアが力を貸してくれるかどうかは賭けであった。何とか賭けに勝ったようだ。というか。勝たされた。

 二人のやり取りをずっと黙って聞いていたグラがリアに話しかける。


「随分と土御門を気に入ったようだな。あんな誓いをするなんて。二度目だぞ。甘やかしすぎないか?」

「僕を愉しませてくれたお礼ですよ。彼女は理解していませんが」

「私が理解していないってどういうこと?」


 グラは理解しているみたいだが、神楽には何のことかさっぱりわからない。リアは普通に誓ってくれたはずだ。頭の上にクエスチョンマークを浮かべている神楽にグラが説明を始める。


「土御門。いや、あたしたちしかいないから神楽でいっか。神楽。リアだったからいいけれど、あんまり悪魔を信用しすぎるな。確かに悪魔は契約や誓約に厳しい。だが、必ずと言っていいほど裏がある。例えば、悪魔と契約したとき、契約内容が世界征服だったとしよう。その時、悪魔は何をすると思う?」

「契約者に世界征服するだけの力を与えるとか?」

「ブッブー。残念。あたしたちクラスの悪魔じゃないとそんなことはできない。正解は全世界の他の人間を殺す、でした」

「えっ?」

「世界中の人間を殺せば契約者は世界征服したとみなされる。契約者自身が世界征服するために、悪魔は契約者を操って他の人間を殺すだろう。まっ、すぐに捕まるがな。悪魔は契約の抜け穴を使うんだ。あたしはリアが神楽に誓ったところを二回見たが、抜け穴を作ってたぞ」

「嘘!? 私って騙されたんですか!?」


 顔を青くして絶望し始める。リアのことを信頼していた。しかし、リアは何も顔色を変えない。だからこそ裏切られたかもしれないとショックを受ける。


「焦るな焦るな。リアと神楽次第だ」

「詳しく教えてください」

「まず最初の誓いだ。リアは『貴女が戦争の引き金を引いたり、悪の道に堕ちたと僕が判断したら、僕が貴女を殺します。その時は、痛みもなく一瞬で殺すことを保証しますよ』と言った」


 完璧なリアのモノマネをするグラ。口調やイントネーションも完璧だ。驚く神楽にドヤ顔をしながらグラが続ける。


「注目すべきは『貴女が戦争の引き金を引いたり、悪の道に堕ちたと僕が判断したら』というところだ。何かわかるか?」

「・・・私がきっかけで戦争が起こっても、私自身が戦争を起こさなければ誓約の対象にならない、とかですか?」

「まあ、それもある。だが、『僕が判断したら』という所が一番肝心だ。神楽が犯罪をするようになったとしよう。周りはお前のことを悪人だと思っても、リアがお前のことを悪人だと判断しない限り、リアに殺されることはない。逆に、何もしていなくてもリアが悪の道に堕ちたと判断したらお前は殺される。全てはリアの気分次第だ」

「それだけですか?」

「あ、あぁ。驚かないのか?」

「それくらいならいいです。リア・クルスに殺されるなら文句はありません」


 きっぱりと迷いなく告げる神楽にグラは少し引く。


「お、おぉ。少し狂ってるな。だってさリア」


 狂ってると言われ少し嬉しそうにしている神楽に、グラはまた少し引き、リアに話を向ける。リアは頭を抱えて一言呟いた。


「ノーコメント」

「お前に惚れる女は面倒な奴が多いな」

「それだと自分のことも面倒な女性ということになりますが?」

「あったり前じゃん! あたしは面倒な女だ! 自覚してる!」


 堂々と胸を張り、グラの豊満な胸が揺れる。リアは頭が痛そうに目を瞑りこめかみをグリグリ押さえている。


「はぁ。話を続けてください。僕は頭が痛いので何も言いたくありません」

「はいよ。お大事に」


 誰のせいですか、というリアの小さな呟きは無視される。


「話を戻すぞ。さっきまたリアは誓った。『貴女が望む限り力を貸す』。この言葉からわかることは?」

「・・・この先、私が望む限り、いつまでもどんなことでも力を貸してくれるということですか?」

「正解! 逆に言うと、お前が望むのを止めたらすぐにでも力を貸すのを止める。リアの協力を得たいなら、ずっと望み続けろ。それにしても珍しく愛されてるな。リアのお気に入りは千年ぶりくらいか?」

「そうかもしれませんね。アレックスぶりですかね」

「アレックス?」


 リアの昔の女の名前が出てきたことで神楽の目つきが鋭くなる。リアは全く気付かない。


「アレクサンドラ・ロマノフ。ロマノフ帝国の初代女帝。生涯結婚することなく、生娘を貫いた一途な女だ。死ぬまでリアのことを愛していたな。今のロマノフ帝室は彼女の妹の子孫だ」

「彼女、病弱だったのに”恋する乙女は無敵”という謎の理論で病や死を撥ね退けていましたね。死を看取りましたが、死ぬまで可愛い女性でした」


 グラとリアは懐かしそうにアレクサンドラ・ロマノフのことを思い出す。神楽は同じ女の子としてリアに怒りを抱く。


「どうして、どうしてあなたは彼女に手を出さなかったの!」

「彼女が望んだんですよ。自分だとずっと一緒には居られない。いずれ狂っちゃうからって」

「それでも、あなたなら狂わないよう魔法をかけることはできるでしょう!」

「僕にもできないことはあります。人間の心と言うのは強靭で脆い。永遠に発狂させない方法はありません。魔法は万能ではありませんよ」

「彼女がかわいそう・・・」

「神楽、そう落ち込むことはないぞ。色欲という存在に恋をするのは何かしらおかしい奴だ。”輪廻転生して来世でもあなたのことを愛し続ける”って言うのがアレクサンドラの口癖だ」

「”恋する乙女は何でもできる!”っていう口癖もありましたね。彼女なら本当に何でもしそうですよね。僕は愉しみにしてます」


 リアが嬉しそうに笑っている。ピキリと神楽は何かが割れる音が聞こえた。

 彼を愛した女性がいて、彼に愛された女性がいる。その事実を知ると神楽の心がズキリと痛み悲鳴を上げる。彼女の心が音を立ててひびが入っていく。

 リアとグラは彼女の心の変化に気づくが何も言わない。これは彼女自身の問題だ。どういった答えを出そうとも二人は祝福するだろう。ただし、祝福をしてもそれが良い結果になるとは限らない。

 神楽は首を振って気持ちを切り替えると、表情を読み取ることができないリアに向かって命じる。


「脱線した話はそろそろいいかしら? 今すぐに私に力を貸しなさい」


 リアはニヤリと悪魔のような狂気的な笑みを浮かべる。目の前の空間が軋んで歪んでいく。ゆっくりと空間が広がり、人が通れるほどの真っ暗なゲートが出来上がる。ひんやりとした禍々しい瘴気が流れ出し、家庭科室を充満してく。魔界への入り口と言われても納得がいく。

 リアが優雅にお辞儀をする。


「さぁ、悪魔に魅入られし少女よ。ようこそ、地獄へ」


お読みいただきありがとうございました。


次の話ができるまでしばらくお待ちください。

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