第12話 襲撃
お待たせしました。
2019.6.5 言葉を少し訂正しました。内容は変わっていません。
日が落ちて暗くなった頃、神楽は家に帰った。神楽の親族や陰陽師たちがせわしく家の中を動き回っている。彼らが彼女を出迎えることはない。存在しない者として無視されたり、邪魔だと睨みつけられる。これが彼女の日常だ。神楽は気にすることなく、感情を押し殺し無表情で自室へ向かう。向かう途中、陰陽師たちの話し声が聞こえてくる。
「また被害者が見つかったのか! 場所はどこだ!」
「珠奈市です!」
「ちっ! 吸血鬼め! 被害者は何人目だ!」
「二十七人目です」
「部隊はどうなっている!?」
「数が足りません! 被害が広範囲のため部隊は全て出払っています」
「周辺地域の部隊を向かわせろ! 市には警報を出させて市民を出歩かせるな! 珠奈市は学校が多い。子供は何としても守れ!」
「了解です。お嬢の通う学校もありますし」
「お嬢? あぁ。本家の出来損ないか。魔法を使えぬあいつのことなんかどうでもいい。当主はどうしている!?」
「現在、警察に呼ばれ会議を行っています。夜遅くなるかと」
「ちっ! これから奴らの時間だというのに! 何としても吸血鬼を探して仕留めろ!」
命令を受けた陰陽師たちが慌ただしく動き出す。神楽は彼らの邪魔をしないよう、廊下の端を歩いて自室へと向かった。
自室のドアを開けると、暗くひんやりと感じる。神楽は部屋の明かりをつける。部屋にはベッドと、勉強机と教科書類が入った本棚だけ。他には何もない寂しい空間だ。
机の上には、おにぎりがいくつか入ったお皿と、お吸い物が置いてある。吸血鬼の騒ぎで忙しく、手早く食べられる食事を用意しているようだ。時間がたったのか、両方とも冷たく冷えている。
「いただきます」
神楽は行儀よく手を合わせて冷たくなった夕食に手を付ける。最近は冷たい料理が当たり前だ。周りが忙しいため、神楽の分まで手を回す余裕がないのだろう。神楽は静かに食べ続ける。
食べていると今日を昼食を思い出す。作られたばかりの中華料理。どれも絶品だった。グラが幸せそうに食べ、それを見たリアが嬉しそうだった。会話も弾み、とても温かな楽しい時間だった。心まで温かくなった食事は何年ぶりだろう。
神楽の目から一筋の涙がこぼれた。彼女は涙に気づいていない。
「ごちそうさまでした」
静かに手を合わせ、神楽はベッドに倒れ込む。思い浮かべるのは、やはりあの大悪魔。
リアを初めて視た時は恐怖しかなかった。クラスの前で挨拶をするリアを一目見て人間じゃないと思った。クラスメイトは誰も気づいていなかったけれど、神楽は彼の力を感じ取った。彼を恐れよ、彼に従え、と彼女の本能が叫んだ。
その日の夜に、彼が堂々と家に乗り込んでくるとは思わなかった。地下でリアが姿を現したとき、大いに驚き、そして、恐怖した。心の中の恐怖を押し殺し、毅然とした態度で振舞った。彼に犯され殺されることも覚悟した。
しかし、彼は何もしなかった。むしろ、好意的だった。脅されたけれど、この家の人間よりは好感が持てた。
一週間。覚悟を決めるまで一週間かかった。その間は寝られず、食事もほとんどすることができなかった。彼が悪魔と気づき、倒せないとわかりつつも無理言って富士の霊水を手に入れた。でも、霊水をものともしない高位の悪魔。神楽の力に気づき教えてくれて、力を貸してくれる、怖くて優しくて女誑しの大悪魔。
彼と会うたびに神楽の心が温かくなる。
「私は彼のことなんかどうでもいい。好きになったりしていないわ」
言葉とは裏腹に神楽は無意識にブレスレットを触っている。リアのことが頭から離れない。
神楽は目を閉じて、体内の魔力に集中する。リアに魔力を制御してもらっていることで、神楽は感覚を掴んできた。ほんの少しだけ、自分で体内の魔力を循環させる。体が熱くなり、身体機能が強化される。自分で制御する場合は性的快感はない。集中して魔力を循環させ続ける。
その時、何かが爆発したような轟音が鳴り響き、衝撃が屋敷を揺さぶった。
▼▼▼
一人の女性が大きな屋敷へ向けて優雅に歩いていた。長身でスタイルが良く誰もが振り向くほどの美女だ。金髪だが東洋系の混じった顔立ちをしている。モデルの撮影かパーティに出席するかのような真紅のドレスを身に纏い、周囲の視線を一身に受けながら女性は迷いなく足を進める。周囲の人々がまず注目するのは、真紅のドレスが際立たせる彼女の体。そして、モデルのような綺麗な顔立ち。左目に付けられた眼帯と闇に輝く真紅の瞳。
目的の屋敷に近づくにつれて、彼女の口もとに笑みが浮かぶ。
「フフフ。なんて脆弱な結界。これが土御門家の本家なのかしら?」
見え始めた土御門家の屋敷に張り巡らされた結界を一瞬で右の真紅の瞳が見破る。近づいてきた屋敷の門に向かって手のひらを向ける。膨大な魔力が放たれ、手のひらには猛烈な勢いで空気が渦巻き、圧縮されていく。
魔力を感じた土御門家の護衛たちが女に気づき、武器を抜いて警告する。
「何者だ! 大人しく魔法を止めろ!」
「フフフ。犯罪者が大人しく従うわけないでしょ」
「っ!?」
護衛たちが攻撃を仕掛けるよりも女が魔法を発動させるほうが早かった。
「『空爆』」
轟音が鳴り響いた。女の放った魔法が結界を砕き、門を吹き飛ばし、屋敷の一部を破壊する。陰陽師たちが襲撃に気づき、外に出て戦闘態勢を取る。隊列を組む陰陽師たちに真紅の隻眼を持つ美女が優雅に一礼をする。
「初めまして日本の陰陽師の皆さん。なかなかワタシを見つけてくださらないので、こちらからご挨拶に伺いました。どうぞお見知りおきを」
「貴様があの連続殺人犯の吸血鬼か。わざわざ自分から狩られに来るとはな。馬鹿な吸血鬼だ」
「あら? ワタシを見つけられないなんて日本の陰陽師はもっと馬鹿なんですね?」
女に嘲笑され煽られた陰陽師たちが激高する。
「ぐっ! 吸血鬼風情が! やれっ! 絶対にあの女を仕留めろ!」
陰陽師たちが武器を構えて吸血鬼に向かっていく。そんな陰陽師たちを女は魔力を放出し押しとどめる。
「ワタシがどれだけの人間を喰らったと思って? そんなぬるい攻撃ではワタシに傷一つつけられませんよ」
真っ赤な唇をチロリと舐める。ゾッとするほどの色気だ。
空から一筋の白い光が女に向かって襲い掛かっていく。鷹の姿をした式神だ。女は鬱陶しそうに式神の攻撃を避けていく。
「邪魔よ!」
背後からの奇襲に女が腕一本で押しとどめる。止められたのは獅子の式神。岩を砕くほどの力で彼女を引き裂こうとするが、ピクリとも動かない。その隙を鷹が襲い掛かるが、反対の手でつかみ取られ握りつぶされる。
閃光が煌めき、式神に止められていた女に向かって魔法が放たれる。周りの被害を考えない攻撃だ。全て女に着弾する。爆風が吹き荒れている間に、陰陽師の一人が女に向かって突っ込んでいく。砂ぼこりで視界が奪われている彼女に向かって剣を突き出す。女に突き刺さったと思った瞬間、体が硬直する。剣は彼女の肌に触れる寸前で止まっている。
「あら残念。武器を降ろして」
女性の紅の右目が輝き、陰陽師は逆らえずに武器を降ろす。
「ちっ! 吸血鬼の魅了かっ! 構わん! まとめて攻撃しろ!」
上司の命令に陰陽師たちが一瞬動揺する。仲間を傷つけたくないのだ。しかし、女はその一瞬の間に行動する。目の前に武器を降ろして立っている陰陽師の首を斬り裂く。吸血鬼の力の一つである操血術で彼から血を抜きだす。
「あがっ」
「ワタシって、男が嫌いなの。死んでくれないかしら?」
全ての血を抜かれ体を青白くした陰陽師が地面に倒れ事切れる。抜き取られた赤黒い血液が宙を浮かび、大量の小さな雫になる。
「『血の雨』」
血の雨が陰陽師たちを襲う。必死で防御魔法や結界を張るが、防御を貫通しほとんどの陰陽師が血の雫に撃ち抜かれる。
「アハ、アハハ・・・ハハハハハハハ!」
血に寄った女が狂ったような笑い声をあげる。壊滅的な打撃を受けた陰陽師たちに向かって女は足を進める。そして、姿を消す。次の瞬間に現れたのは、辛うじて立っている陰陽師たちの中心。女は狂った笑い声をあげながら、陰陽師たちを蹴散らした。血で伸ばした爪で引き裂き、蹴り飛ばす。女性の陰陽師には首筋に噛みつき、血を啜る。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
血で赤く染まった美女は、美しく高らかに狂った笑い声を闇に響かせる。
▼▼▼
「なによ・・・これ」
神楽の目に映るのは、地面に倒れている陰陽師たちと、血まみれで笑い続けている美女。神楽は顔を真っ青にする。魔法を使えないため、陰陽師の仕事に関わっていなかった神楽は、初めて殺し合いを目の当たりにして体が動かなくなる。
「キャハ! 可愛い娘、見つけちゃった!」
隻眼の真紅の瞳が神楽に向けられる。瞳に捕らわれたように動けなくなる。優雅な足取りで血だまりの中を歩きながら、女が神楽に近寄ってくる。
「へぇ。アナタ、魔力が異常ね。アナタの存在ごとワタシが喰ってあげる」
女は神楽の頬を優しく撫で、チロリと赤い唇を舐める。伸びた犬歯が鋭く光っている。
美女から放たれる魔力と、初めて実際に経験する死の恐怖で神楽の体は動かない。恐怖を浮かべる神楽を楽しそうに見ながら、女は神楽の首筋に顔を近づける。首筋に息がかかる。
噛みつかれる瞬間、神楽が首に下げていた十字架のペンダントから白い光が放出し、女を吹き飛ばす。彼女は地面を跳ねながら吹き飛んでいく。
神楽は白く輝く十字架を握りしめると、恐怖が消えてくのを感じた。そして、リアのことを思い出す。彼の温かな優しさと冷たい死の恐怖。少なくとも、今の状況や女より何倍も彼のほうが怖い。神楽は自分が落ち着いていくのを感じた。
「なに、それ? 護符?」
美女が怒気を発しながら立ち上がる。プライドが傷ついたようだ。憤怒の表情をしている。
「そのようなものかしら。彼からの贈り物なの」
「そうなの。でも、護符は使い捨てよ。もう効果はないわ。『血鎖』」
血の鎖が神楽に襲い掛かる。反応しきれない速度で接近した鎖は神楽の体を縛り上げる。しかし、ガラスが割れるような音が響き、血の鎖が砕け散る。神楽は何が起こったのかわからない。
「効かない!?」
「そういえば、私、魔法耐性が強いんだった」
特異能力者の神楽は、膨大な魔力を持つため魔法耐性が強い。ある程度の魔法攻撃は全て無効化する。
「これならどうなの!」
女は次々に魔法を放つ。神楽は迫りくる魔法の数々を眺めながら、体内の魔力を限界以上に循環させる。体が燃えるように熱くなり、周囲の時間が遅くなる。身体機能の上昇に伴い、動体視力も強化されたのだ。
神楽はバックステップで後ろに下がり、魔法を避ける。爆風や石がぶつかってくるが、怪我を負ってはいない。
ホッと安心したとき、神楽の隣には蹴りを構えた美女の姿があった。音速を超えた蹴りに、神楽は咄嗟に腕でガードした。衝撃で吹き飛ばされ、屋敷を貫通し、塀にぶつかり崩れ落ちた。
神楽は瓦礫を押しのけよろよろと立ち上がる。体のあちこちが燃えるように痛み、頭から血が垂れてくる。ガードした右腕は折れて変な方向を向いている。痛みを押し殺し、魔力循環をし続ける。
空から女が下りてきた。屋敷を飛び越えたのだろう。必死で立ち上がる神楽を見て驚ている。
「へぇ。まだ立ち上がるの。ワタシ、アナタが気に入ったわ」
「私はあなたが嫌いよ」
「フフフ。その反抗的な目、素敵だわ。絶対アナタを手に入れてあげる」
女は血に飢えた猛獣のように戦意を漲らせ、舌なめずりをする。獰猛だが魅了されるほど美しい。
神楽が覚悟を決めた時、吸血鬼が西の空を見上げた。
「う~ん。何かが来るわね。勝てないことないけど、今日は止めておきましょう」
西から迫りくる猛烈な魔力と殺気を感じ取り、女は魔力や戦意を消失させ、神楽を見つめる。
「今日のところはただの挨拶だから、これで勘弁してあげる。また、会いに来るわ。素敵なお嬢さん」
女は神楽に向かって投げキッスをすると、塀を飛び越え闇の中へ消えていった。
残されたのは、半壊した屋敷と全滅した陰陽師。そして、何とか立っている神楽のみ。家の中にいた戦えない者は避難しただろう。あたりに静けさが訪れる。
体が限界にきた神楽は魔力循環が止まる。体の苦痛が一気に襲ってくる。蹴られたダメージや吹き飛ばされたダメージ、限界以上に強化した身体のダメージが神楽を襲う。右腕だけでなく、骨がいくつか折れたりひびが入っているようだ。体中が焼けるような痛みを感じるの中、神楽の体が倒れ、意識が暗闇に飲み込まれていった。
お読みいただきありがとうございました。
戦闘描写は難しいです。
次の話ができるまでしばらくお待ちください。