第11話 ご褒美
お待たせしました。
何度か休憩をはさみながらリアは夕方まで神楽の魔力制御を行っていた。午後から少し出かけて帰ってきたグラもねだってきて、右手に神楽、左手にグラ、二人同時に魔力制御を行っていた。並列処理が行えるリアはこれくらいのことは朝飯前だ。グラの周りにも結界を張ろうとしたが、ことごとく破壊された。なので、グラの喘ぎ声が全て聞こえていた。色欲の本能が膨れ上がるが強靭な理性で全て抑え込んだ。
「いやー。気持ちよかったな。土御門もそう思わんか?」
「・・・」
「グラ。神楽さんをからかうのやめましょうよ」
リアは、顔を真っ赤にして自分から遠ざかっている神楽を見ながら、にやついているグラに注意する。夕方までずっと続けていたのだ。神楽は体力を限界まで消耗している。
「神楽さん。今日はゆっくり休んでください。今日頑張ったので来週には自分でも制御できるはずですよ」
顔が赤い神楽が無言でこくこく頷く。
「今日はお疲れさまでした。頑張った神楽さんに少しご褒美です」
リアはどこからともなく銀色のブレスレットを取り出す。中央に青白い石が填められている。
「これは?」
リアに近づけない神楽はグラを経由して渡されたブレスレットを見つめる。神楽の好みに合うシンプルなブレスレットだ。
「魔具です。それに魔力を込めるとこの家の空き部屋に転移することができます。一方通行ですが」
「転移の魔具!? 国宝クラスの宝具じゃない! こんなもの一体どこで!」
「僕の手作りですよ。ちょっとした趣味です」
「趣味でこんなもの作れないわよ! ああ、普通じゃなかったわね、あなた」
「ええ。今より発達した文明も見てきましたからね。これくらい普通のことです」
「何その話! 詳しく聞かせなさい!」
世界の始まりから生きている大悪魔から興味深い言葉が飛び出てきた。彼ら大悪魔は歴史のすべてを経験しており、どの歴史書よりも信用ができる。
「ムーやアトランティスと呼ばれている古代文明だな。他にも忘れ去られた文明もあるぞ。全てこいつが滅ぼしたけど」
グラが指さした先にはリアの姿があった。
「ノアの箱舟のノアもリアのことだ。全てを破壊する前にある程度の生物を保護したんだぞ」
「詳しく聞きたいわ」
キラキラとした目で神楽が見てくるが、リアはそっとなだめる。
「長くなるので、これから少しずつ話していきますね。今言えることは、彼らは禁忌に手を出したということです。僕ら大悪魔と大天使は世界の監視者であり断罪者です。世界にルールに従って滅ぼしました。というか、話を戻しますよ!」
話が脱線して思うように進んでいかない。リアが強引に話を修正する。
「神楽さんにあげたのは先ほど説明した通り、転移の魔具です。緊急の時に発動させて逃げてください。触れていればあと一人くらいは連れて行けます。この家には僕とグラで結界を張っています。どんな相手でも破ることは出来ません。敵を連れて転移したとしても勝手に消滅してくれますよ」
「便利ね」
「つけていれば僕が強引に呼び出すこともできます。呪詛をかけているので神楽さん以外が使おうとすれば呪われますね」
綺麗な銀色のブレスレットなのにとても凶悪な魔具だった。
「これであなたは私をいつでも呼び出すつもりね。あんなことやこんなことをするために」
「だからなんでそんなに嬉しそうなんですか! 違いますよ。理由はいくつかありますが、最近、周辺の街が物騒なので護身用です」
「そういえば、家がバタバタしてたわね。確か、心臓を抉り取られ、血がなくなった男性の変死体が数多く発見されてるとか」
「ええ。吸血鬼の仕業だと考えられていますね。もう二十人以上犠牲になっているらしいです。マスコミには伏せられていますが。一応、神楽さんも気を付けてください」
「わかったわ」
「貴女に差し上げたもう一つの理由は、誓約を実行するためです。これは貴女の命綱であり鎖です。永劫の時を生きてきた僕からのお願いです。貴女は貴女の道を進んでください。そうすれば道を踏み外さないはずです。僕は貴女を殺したくありません」
「わかったわ」
真剣な表情で告げるリアに覚悟を決めた表情で神楽がブレスレットをつける。軽いブレスレットのはずなのにずっしりと重く感じる。その重さを噛みしめる。
「あたしも何か欲しい」
空気を読まないグラが羨ましそうに神楽のブレスレットを見てリアにおねだりする。
「そう言うと思って用意してますよ」
虚空から箱を取り出す。箱を開くと赤い宝石がついたネックレスが入っていた。
「おぉ! でも、少しシンプルすぎないか?」
「貴女は見た目が美しいんですから、付けるものはシンプルなものがいいと思いますよ。装飾品は飾りです。主役はグラ、貴女自身ですから。貴女の美貌をほんの少し手助けするくらいがちょうどいいんです」
リアの褒め言葉にグラの頬が緩む。グラはリアに背を向け、髪をまとめて首筋をあらわにする。
「リアがつけてくれ」
「わかりました」
手慣れた手つきでリアはグラの首にネックレスをつける。
「どうだ? 似合ってるか?」
「ええ。綺麗ですよ」
「ネックレスが、とか言わないよな?」
「失礼な! 僕はそんな馬鹿ではありません。グラ、貴女は美しいです」
「ふふふ。そうかそうか」
恋人のような雰囲気をまき散らす二人を見て、神楽の胸の奥がズキリと痛んだ。
「神楽さんどうしましたか?」
「・・・いえ。別に何でもないのよ」
「ははぁん。羨ましいんだな。リア、釣った魚に餌が足りないみたいだぞ」
「僕は女性を魚に例えるその言葉はあまり好きではないのですが」
「いいからいいから! まだいろいろあるだろ。出してみろ」
「・・・わかりましたよ」
グラに促され、リアはテーブルに向かって手を振る。すると、テーブルの上にネックレスやイヤリング、指輪など沢山のアクセサリーが並んだ。
「うわぁ・・・きれい・・・。これ全部あなたの手作り?」
「ええ。趣味の一つです」
「こいつの作った作品は世界的にも有名だぞ。いろいろ店もってるし」
「ただの気まぐれです。神楽さん。直感で選んでみてください。綺麗で欲しいと思っているかもしれませんが、自分に合わないものは選ばないほうがいいですよ」
「あなたが選んでくれない?」
「騙されたと思って自分で選んでみてください。神楽さんに似合うアクセサリーを今度作りますから」
「約束よ。破ったら許さないから」
「ええ。僕の名において約束します」
契約に厳しい悪魔が約束してくれたことで神楽は妥協する。やはり、女の子としては男性に選んでほしかった。だが、彼が一から作ってくれると約束してくれた。今はそれでいい。神楽はテーブルに並べられたアクセサリーを一つずつ、うっとりとしながら見ていった。
同じデザインは一つもない。金や銀、白銀でできたアクセサリー。宝石も色様々だ。シンプルなものから派手なものまで光り輝いている。見ていて飽きることはない。
「ん?」
神楽は誰かに呼ばれた気がした。気のせいかと思ったが再び呼ばれた。意識とは別に体が引っ張られるように無意識に動く。
「これ・・・」
目についたのは銀色の小さく細かな鎖状のチェーンに木でできた十字架のペンダント。十字架の中心にはダイヤのような透明な宝石が填まっている。
手に取ると、体になじむような感じがした。このペンダントが神楽を呼んだのだ。
「どうですか? 何か感じましたか?」
「この十字架に呼ばれた気がしたわ」
「なら、それは差し上げます」
「いいのかしら?」
「はい。その子が貴女を選んだんです。大切にしてください」
神楽は頷いて、手に取ったペンダントをリアに差し出す。
「あなたがつけてちょうだい」
「わかりました」
ペンダントを渡し、リアに背を向ける。艶やかで長い黒髪をまとめ、首筋をあらわにする。慣れた手つきでネックレスがつけられる。
「これは『聖光の誓い』と言います。ミスティルテインとも呼ばれますね。十字架はヤドリギで出来ています。いざという時は貴女の力になってくれますよ」
「・・・聖光の誓い。似合ってる?」
「ええ。神楽さんに似合っていてとても綺麗ですよ」
「ペンダントのことじゃないわよね?」
「だからなんで疑うんですか。神楽さんが綺麗なんですよ」
「・・・女誑し」
嬉しそうに顔を赤らめながら毒を吐く。いったい何人の女性を同じセリフで堕としたのだろう。無自覚の女誑しは何も気づいていない。
「土御門、慣れろ。色欲はこんな奴だ」
「はぁ。慣れたくないですね」
「でも嬉しいだろう?」
「し、知りませんっ!」
女性同士でコソコソと仲良く話し合っている二人を見て、リアは嬉しそうにしている。大悪魔でも孤独はつらいのだ。
「神楽さん。時間は大丈夫ですか? 長々と家にいますが」
「あっ! そうだったわ。帰らないと!」
「家まで送りますよ。一瞬ですし」
「今日は遠慮するわ。少し歩いて帰りたいの。最近送ってもらうばかりで運動不足だし」
「カロリーは消費してるだろ? 今日は一日中イッてたんだし」
「大詰先生っ!?」
「あたしのことはグラでいいぞ~」
「わかりました。学校の外ではグラさんと呼びます。学校ではいつも通りですから。グラさんも外では神楽と呼んでください」
「わかった。神楽」
仲良くしている二人を見て、リアが感慨深げに頷いている。
「どうしたのかしら?」
「いえ。グラと仲良くなってくれて嬉しいなぁ、と思いまして」
「お前はあたしの母親か!」
「神楽さん。グラのことよろしくお願いします。大雑把で豪快に見えますが、彼女はとても不器用で優しく繊細で寂しがり屋でかまってちゃんなんです。仲良くしてあげてください」
母親のように神楽の手を握り、リアがグラのことをお願いする。グラは不器用で仲がいい友人は少ないのだ。
「リア! あたしを無視するな! あたしはそんなんじゃない!」
「わかったわ。こちらこそよろしくお願いするわ」
「神楽お前もか!」
ここ一、二週間でグラのことを理解し始めた神楽はリアのお願いを聞く。子供っぽいところがあるグラを見捨てられないのだ。
「二人ともあたしの話を聞け~!」
無視されたグラは、子どものように大声で喚きだす。それを二人は微笑んで見守っていた。
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夕暮れの住宅街。空が燃えるように赤く染まっている。神楽は駅に向かって歩きながら今日の出来事を思い出す。銀色のブレスレットに視線を落とし、ヤドリギでできた十字架のペンダントを触る。
「楽しかった」
家では魔法が使えないということで、親戚から冷たく虐げられている。暴力を振るわれることはないが、陰口は日常茶飯事だ。父も母も親戚の前では九州を守護する陰陽師、土御門家の当主として神楽に冷たく接している。
だから、神楽の力を認め、力を貸してくれるリアとグラの存在はとてもうれしかった。外見ではなく、内側を見てくれる。世界を破壊するの力を持つ悪魔。時折見せる彼らの本性は思い出したくないほど怖い。だが、彼らの優しさが神楽の心を温める。
今日行われた魔力制御のことを思い出してしまう。彼に動かされる神楽の魔力。激しく荒々しく優しく細やかに撫でられ揉まれ振動させられる。そして、体の奥底から湧き上がる性的快感。リアの手を握りながら、何度も何度も結界の中で慰めた。その時考えるのはリアのこと。
「何を考えているの!」
顔を真っ赤にして首を振り、リアのことを頭の中から追い出す。
彼は『色欲』を司る大悪魔。道を誤ったり、戦争の引き起こしたら彼が神楽を殺す。今は、彼の気まぐれで力を貸してくれているだけ。神楽が生き残るために彼を利用しているのだ。でも、彼に殺されるのも悪くない。殺されるのならリアに殺されたい。
「だから私は何を考えているの!」
頭の中からリアのことを振り払い、駅に向かって歩いていく。必死で別のことを考えるが、あらゆる考えがリアに行きつく。気づいたらブレスレットやペンダントを触っている。再び首をブンブンを振って頭の中から追い出す。
ふと前方を見ると、左目にガーゼを付けた大学生くらいの若い男性が、地図を片手にきょろきょろと何かを探していた。今どきスマホではなく地図とは珍しい。神楽に気づくと声をかけてきた。
「あのー。すみません。駅はどこにありますか? 連れと待ち合わせているのですが」
観光で来たのだろう。この地で生まれ育った人物の話が今、大河ドラマで放送されている。観光客は珍しくない。
「私も駅に向かっているところです。案内しますよ」
「そうですか! では、お言葉に甘えて」
男性は少し訛っている日本語で話し、嬉しそうに神楽と一緒に歩き出す。
「ここには観光で来られたのですか?」
「ええ。九州各地をいろいろと。熊本県も沢山観光しました。いいところですよね。人は優しいし、美味しいし」
「確かに美味しいもの多いですよね」
「そうなんですよ。できればまた来たいです」
喋りながら歩いていると、すぐに鉄道の駅が見えてきた。バスやタクシーの乗り場も見える。
「あれが駅ですよ」
神楽が駅を指さしながら男性に教える。
「ああ! あれですか。方向音痴で自分がどこにいるかわからなかったんですよ」
男性は駅に着くと神楽に頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございました。おかげで助かりましたよ。これで連れに怒られなくて済みます」
「いえいえ。向かう場所が同じだったので気にしないでください」
ありがとうございました、と再び男性は神楽にお礼を言い、二人は別れた。
「ふぅ。良いことをしたわ」
神楽の心は達成感に満ち溢れていた。
お読みいただきありがとうございました。