第10話 訪問
連日の投稿です。
日曜日。神楽はスマホの地図を見ながら歩いていた。いつもの制服姿ではなく、大人しい色のブラウスに膝くらいまである白いスカート。最低限のおしゃれをして、ある家を目指す。たどり着いた先は平屋の一軒家。呼び鈴を鳴らすと、中から足音が近づいてきて家主がドアを開けて顔を出す。
「おはようございます。神楽さん」
「ええ。おはよう」
「さあ、中に入ってください」
「お邪魔します」
神楽はリアに導かれ恐る恐る家の中に入る。クラスメイトの男子の家に入るのは初めてだ。少しきょろきょろ見渡すが、綺麗に整頓された家だ。案内されてリビングに行くと、何やら美味しそうな匂いがする。
「そんなに緊張せず、くつろいでくださいね。荷物は適当に置いてください」
「あなた、今から朝ごはんなの?」
「僕はもう食べましたよ。お昼でもありません」
「じゃあ、誰が・・・」
言葉の途中で第三の人物がリビングに入ってきた。自分の体に自信がある神楽が嫉妬するほどスタイル抜群の美女だ。白い肌に大人っぽい黒いレースの下着しか見つけていない。所々透けて見えている。
「おはよー」
「おはようございます、グラ。何か服を着てください。お客さんの前ですよ」
欠伸をしながら堂々としているグラをちらりと見て、リアが何事もなかったかのようにグラの朝食の準備をする。グラが訝しげにリビングを見渡し神楽を見つける。
「客? ああ、土御門か」
「お、大詰先生!? なんでここに!?」
「なんでってここに住んでるからな」
「住んでる!?」
「神楽さん、勘違いしないでくださいね。グラが押し掛けてきただけです。グラは別の場所にちゃんと家がありますよ」
破廉恥な、と今にもリアを平手打ちしそうな神楽に叩かれる前に説明する。
「料理ができないからいつでも食べに来てくださいとは言いましたが、まさか僕の家に居座るとは思いませんでした」
「だってリアのご飯美味しいんだもん。それと、あたしが住んでいた家、売り払ったぞ」
「はぁ!?」
「だからよろしくな。あたしを養え!」
大きな胸を張り仁王立ちするグラ。胸がプルンと揺れる。リアは頭を抱えた。
「・・・わかりました。わかりましたから、何か洋服を着てください。着るまで朝食はなしです」
はーい、と素直にグラはリビングを出て行った。何か着るものを取りに行ったのだ。
「・・・あなたも大変ね」
「・・・はい」
少し遠い目をしているリアに神楽は同情してしまった。グラがすぐに戻ってきた。
「これでいいだろ!」
「・・・シャツを羽織っただけじゃないですか。ボタン閉めてませんし。それに僕のシャツですよ」
「欲情するなら襲っていいんだぞ」
グラが胸を強調するがリアは全く反応を示さない。
「二人はそういう関係なんですか?」
神楽が少し刺々しい口調で聞いた。心の中が少しもやもやする。目つきも鋭くなっている。
「いーや。こいつは童貞だし、あたしは処女だぞ」
初心な神楽はグラの言葉に顔を赤くする。
「あたしはいつでもいいって言ってるんだけどな。こいつが意気地なしのヘタレ野郎でなぁ」
「ほう? 誰かさんはご飯を食べたくないようですね」
「ごめんなさーい!」
グラが素直に謝る。グラは食べ物に関することになると子供っぽくなるのだ。素直に謝るグラの前にパンや目玉焼き、ベーコンなど見るからに美味しそうな料理を並べる。グラが行儀よく挨拶してから食べ始めた。
「あなたは色欲なのになぜ襲わないの?」
美味しそうに食べるグラを見て少しおなかが減るのを感じ、視線を逸らせてリアに問いかけた。
「そういうことをすると、僕の伴侶として永遠に過ごすことになるからですよ。僕と別れたくなっても別れられません。そうなったら僕は魂ごと引き裂かなければなりません。完全なる消滅。無ですよ。僕はそんなことしたくありません」
「でも、大詰先生は同じ大悪魔なのよね?」
「グラでも僕の権能から逃れることは出来ません。女性なので。大天使でさえも同じです」
「あたしやガブリエルは死ぬことができないからいいって言ってるのにこのヘタレは。あたしたちがずっと一緒に傍にいてやるのに」
食事の手を止め、グラがリアを睨みつける。リアは視線を逸らした。
「おい土御門。お前はどう思う? 女を一人も幸せにする勇気がないヘタレ野郎のことは」
「最低、クズ、死ねばいいのにって思います」
「だってさ、リア」
「何とでも言ってください」
「据え膳食わぬは男の恥よ」
「もしかしてリアって不能?」
「違います!」
「じゃあ、あたしに魅力ないのかな・・・。性格はガサツだし」
グラが自分の体を見下ろし、シュンと元気がなくなる。いつも明るく豪快な彼女には珍しく気落ちしている。
「グラは魅力的ですよ」
「でも、こんな格好しても興味ないみたいだし」
「大詰先生、下着が邪魔なんじゃないですか? 男は裸ワイシャツに興奮するみたいですし」
「か、神楽さん!? 何を言い出すんですか!? ちょっと! グラまでその気にならないでください! 脱ぐのを止めてください! ちょっと聞いてます? ああもう! 僕が服取ってきますのでそれを着てください!」
下着を外し始めたグラに慌ててリアが止める。しかし、グラがブラのホックを外し、ショーツに手をかけた段階でリアが目線を外し、顔を赤くしながら急いで服を取りにリビングから出て行く。
リアが出て行ったのを見て、しおらしかったグラが急に態度を戻し、にやりと神楽に視線を向ける。
「土御門。お前本当にやるなぁ。久しぶりにあんなあいつを見たぞ。で、ちゃんと撮れたか?」
「はい。ばっちりと」
スマホで盗撮していた動画を確認して神楽が頷く。
「よし。それをコピーしてあたしに送れ。あたしが売りさばいてくる」
「えっと、これ本当にいいんですか?」
罪悪感にさいなまれ、複雑な顔をしながら、教えられていたグラのスマホに動画を送る。
「いいんだよ。あたしたちに手を出さないあいつが悪い。でも、あたしの何が悪いんだ?」
「先生。いつも家ではそんな格好ですか?」
「そうだぞ」
「たぶん、露骨すぎるのではないかと」
「ダメなのか?」
「ダメではないと思います。ただ、男性は見えそうで見えない、シャツが透けている、とかそんなところがいいみたいですよ。ネットに書いてあります。普段は普通に服を着て、時々ちらりと太ももを見せたり、胸ちらして谷間を見せたり、さりげなく視線を誘導するんです」
「ほうほう」
「あとはギャップがあるといいみたいですよ。普段は大人しいのにいざという時は大胆とか、先生は大人っぽい下着が似合ってますけど、たまに可愛らしいフリフリの下着とか。とりあえず、先生は普段は服を着てください。時々ちらりと誘惑しながら、彼が服に慣れるのを待ちます。慣れたところで、お風呂上りに服を忘れたと言ってバスタオルを巻いた姿で登場、とかどうでしょうか」
「土御門。お前最高だな! 時々相談に乗ってくれないか?」
「それくらいいいですけど」
「まじか! サンキュー」
グラは目を輝かせて神楽を見てくる。相当嬉しそうだ。神楽は思い切って彼女に疑問をぶつける。
「大詰先生は彼のことが好きなんですか?」
「ああ。好きだぞ。愛してる」
あっさりと暴露するグラに、神楽は傷ついたような顔をする。なぜか心が痛い。
「あいつは色欲だ。無自覚に女を堕とす。今までにあいつのことを愛して寿命迎えて死んでいった女は数えきれないさ。それに、あいつは一人だけを愛せない。ハーレムを作ろうとする。色欲の本能さ。でも、あいつは色欲の本能を理性で抑え込む化け物だ。お前はそんな奴と一緒になりたいか?」
「わ、私は・・・」
言いよどんで言葉が出てこない。
「まぁ、じっくりと考えろ。あたしたち大悪魔は時間がわからないくらい生きてるし、この先も死ねないからな。普通の人間なら狂っちまう。案外、死んだほうが幸せかもしれないぞ」
そう言うと、グラは再びご飯を食べ始める。グラは見てるこっちが幸せになるくらい美味しそうに食べている。その時、リアが服を持ってリビングに駆け込んできた。
「グラ、この服を着てください」
「おーう。サンキューな」
外したままのブラのホックを付け直し、リアから受け取った服を着始める。リアがぐったりと疲れている。
「そういえば、土御門は何しに来たんだ? こいつに誘われたか?」
「魔力制御の練習に誘っただけです。変な意味はありません」
「そうなのか。あれ気持ちいいよな。後であたしもして」
「わかりましたよ」
「大詰先生は出来ないのですか?」
「無理無理! あんな細かいこと自分で精一杯だ。他人にしたら暴走させて爆発するぞ」
爆発と聞いて神楽の顔が真っ青になる。
「まあ、リアの魔力制御は世界一だからな。そんなことはないから安心しろ」
神楽がホッとする。
「魔力の澱みがなくなると体調が良くなるぞ。代謝も良くなって綺麗になるからな。リアに身をゆだねて癒されとけ」
「出来れば自分でできるようになってほしいのですが」
「嫌だ! 自分でやっても気持ち良くない」
「わかりましたよ。貴女にはいつでもしてあげますから、まずは神楽さんから始めます」
リアはどこからともなくベッドを出現させる。そこに、神楽がおずおずと横になった。リアに差し出された手を握る。
「気分が悪くなったり、喉が渇いたりして止めて欲しいときは僕の手を離したり、二回以上叩いてくださいね」
「わかったわ」
リアは神楽の周囲に結界を張る。中の様子が見えず、防音の結界だ。
「何してんだ?」
「中の様子を見られたくないそうで」
「なるほど。その中なら何をしてもわからないし、どんなに大きな喘ぎ声を出しても聞こえないからな。下着外さなくていいのか? 絶対びしょ濡れになるぞ」
外の声は聞こえるので、中にいる神楽から抗議としてリアの手が思いっきり叩かれ抓られる。
「神楽さん。僕に八つ当たりしないでください。痛いです」
八つ当たりの最後に盛大に抓って叩かれた。
「準備ができたら二回叩いてください」
リアの手が強く二回叩かれる。叩かれたところが赤くなってそうだ。
「では、始めます」
リアが神楽の魔力に集中し、彼女の魔力制御を始めた。
▼▼▼
あれから二時間ほどたち、そろそろお腹が減ってきた時間帯だ。あれからリアはずっと神楽の魔力を動かしている。今の神楽の魔力を例えると、ゴムと油粘土を混ぜたような感じだ。伸縮性があり、揉んで動かせば動かすほど柔らかくなっていく。この魔力の塊を最終的には液体までしなければならない。一、二週間ほど続ければ液体状になるだろう。
「神楽さん。お昼ですので一旦止めますね」
声をかけて魔力制御を止める。そして、繋いでいる手を通して、汗を乾かす洗浄魔法を発動させる。
「出来れば手を離していただけますか? 神楽さんが呼吸を整えている間に昼食の準備をしたいのですが」
結界の中にリアが声をかけると、神楽は名残惜しそうに渋々手を離した。
「ありがとうございます。昼食は期待していてください。料理は得意なので。結界は自由に出ることができるので落ち着いたら出てきてくださいね」
リアは台所へ向かい、昼食の準備を始めた。そんなリアにスマホをいじってダラダラしていたグラが声をかける。
「あたしチャーハン食べたい。中華がいい!」
「ふむ。材料はありますし、中華にしますか」
「わーい」
リアがキッチンに結界を張る。結界の中と外の時間を変化させて短時間で料理を済ませる。時間制御魔法は超々高等魔法だ。これは人間が無詠唱で簡単に行える魔法ではない。そんな高度な魔法をリアは息をするようにあっさりと発動させ、料理のために使う。
リアが料理をしていると息を整えた神楽が結界の中から出てきた。
「おっす。おつかれさま」
「ど、どうも」
神楽の肌はまだ赤く染まっている。体の火照りが治まっていない。
「リアは結界の中で料理中だ。何も聞こえないぞ。で、どうだったか?」
「お、教えません!」
ニヤニヤして聞いてくるグラに神楽は目を逸らして声を荒げる。
「くくく。まだお前の魔力は固まっているが、これが液体みたいになるとヤバいぞ」
「・・・どのくらいですか。正直、今でも大変なんですが」
「覚悟しておけ。イキ地獄だ」
神楽が顔を真っ青にする。
「せいぜい頑張れよ。これは気分悪くなるやつもいるからな。気持ち悪くてオエオエするか、お前みたいにアンアン喘ぐかだ。他の奴がやると言っても絶対させるなよ。他人の魔力制御は難しい。さっき言った通り、暴走させて爆発して死ぬぞ。わかったか?」
「わかりました」
まだ顔を青くしてグラの忠告に頷いた。
「素直なところはお前の長所だな」
グラに褒められて神楽の青い顔色に少し赤みがさす。
「さて、話を変えよう。あいつが聞いていないうちに言っておくぞ。午前中にお前が撮ったリアの動画。売れまくってるぞ」
「そうなんですか?」
「今のところ合計で十五億と言ったところだ」
「はい? 今なんて?」
「十五億だ。単位は円だぞ。十五億円。まだもう少し増えるかもな」
予想をはるかに超えた金額に神楽が震え始める。顔は青を通り越して白くなっている。
「最低金額は三千万円。ガブリエルとスカーレットは二億五千万出したぞ」
神楽は呆然として座り込む。
「午後からあたしが最も信用できるところでお前の銀行口座を作ってくるな。そこに振り込んどくから。日本の銀行じゃないから税金もかからないぞ。よかったな。お金持ちだぞ」
神楽はグラの言葉を聞いていない。驚きすぎて固まっている。脳の処理能力を超え、声を理解できない。
「アイツらからしたら微々たるものだからな。もっといい動画や写真を撮れたらこれ以上に金払うぞ。頑張れ」
グラが神楽に向けてサムズアップするが、神楽は無反応だ。ちょうどその時、キッチンの結界がとけ、昼食の用意ができたリアが姿を現した。
「昼食ができましたよ。手を洗ってきてくださいね。・・・神楽さんはどうしたんですか?」
「女の子の会話をしてたら脳がオーバーヒートしたみたいだ」
「彼女に変なこと言ってませんよね?」
「言ってないぞ。至って真面目な話だ」
「どうやったら真面目な話で魂が抜けたような状態になるんですか。神楽さん、しっかりしてください。神楽さーん」
リアは神楽へ必死で呼びかけるが彼女からの反応はない。彼女が意識を取り戻したのは二十分後のことだった。
お読みいただきありがとうございました。
次の話ができるまでしばらくお待ちください。