第1話 天使と悪魔
初投稿です。
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ストックもありません。
不定期更新です。
天使とか悪魔とかが司ってるのは作者が適当に考えました。
仕事をする音がする。カタカタとパソコンのキーボードを打つ音。ペラペラと紙をめくる音。そして、カリカリと何かを書いている音。時折、ペッタンペッタンと判子を押す音もする。そんな誰も一言もしゃべらず、黙々と仕事をこなす部屋に、我慢の限界を超えたような女性の叫び声が響き渡る。
「お仕事が終わりませんー」
叫び声を上げた女性の机は書類の山で溢れかえっていた。30センチは越える書類の山が少なくとも4つある。叫び声をあげながらも手は一切止まっていない。ひたすら手を動かす。常人の五倍のスピードで仕事をこなすも、量は減っていかない。むしろ、新しいものが追加され増えるばかりである。必死で手を動かしながら、口も動かす。
「職場がホワイトと言いながら、トップの私は超ブラックですよー。可視光を99.9%吸収するベンタブラックですよー。そもそも、どーして私に関係ない仕事がまわってきてるのですかー! 3分の2はルシフェルさんとミカエルさんの分じゃないですかー。二人にさせてくださいよー。ただでさえ、私の部下がどんどんやめていくんですからー。なんですか、寿退社ってー! 私もルーくんと結婚したいんですー。幸せになりたいんですー!」
心の叫びが響き渡る。語尾を伸ばした独特な喋り方だ。しかし、誰も反応しない。上司の心の叫びはいつものことである。毎日、一回は何か叫んでいる。上司の話に反応するより、目の前の仕事を終わらせることが大切なのだ。
そんな無視する部下たちの反応に傷ついたのか、目に涙を浮かべて訴える。ちなみに、手は一切止まっていない。
「皆さん、どうして無視するんですかー? 私、皆さんに嫌われているのですかー? いじめられているのですかー? 何か反応してくださいよー」
これ以上無視するともっと面倒なことになると判断したのか、叫び声をあげている女性の隣でパソコンとにらめっこしていた人物が、はぁっとため息をついて返答する。メガネをかけた大柄な黒人男性だ。
「なぜ関係ない仕事をしているかでしたね。それは、自業自得ですよ。昔、賭け事をしてルシフェルとミカエルに負けたのは誰ですか? 二人の分の仕事を行うのは、あと百年くらいなんでしょう? あっという間です。そして、いい加減仕事を賭けるのやめてください。というか、弱いですから賭け事自体をやめてください。部下の寿退社についてはおめでたいことなのだから祝ってあげましょう。ガブリエル、貴女は人々が信仰する、『純潔』を司る大天使なのだから結婚できるはずありません。そして、勝手に僕をまきこまないでください。最後に、別に貴女は嫌われてもいじめられてもいませんよ。ただ仕事が大変で無視してるだけです」
男性は真面目に、律義に、執拗に、隣にいる翼の生えた女性に小言を言う。
そう、先ほどから叫んでいるのは人間ではなく天使であった。光が当たらなくても輝く金色の髪。氷河を思わせる碧眼。黄金比の身体。あらゆる人が見惚れる、神のごとき美しさ。そして、背中から生えた2枚の純白の翼。世界に三人しかいない最上位の天使の一人、『純潔』を司る大天使ガブリエルだった。ちなみに、残り二人の大天使は、『節制』を司るルシフェルと『勤勉』を司るミカエルである。
男性の説明に納得できなかったのか、答えを返されてうれしかったのか、ガブリエルの現実逃避の叫びは止まらない。ついでに手も止まらない。
「ルシフェルさんもミカエルさんも今どこいるんですかねー。ルシフェルさんは世界中美味しいものを食べ歩いてますし、ミカエルさんはアケディアさんとハネムーンに行ったまま何万年も帰ってきませんしー。絶対司るの間違っていますよー。『節制』と『勤勉』じゃなくて『暴食』と『怠惰』ですよー。天使じゃなくて悪魔ですよー」
「そうですねー(棒読み)。そういえば先週、ミカエルとアケディアからメール来てましたよ。今、カリブ海にいるみたいです。水着姿で撮ったツーショット写真が添付されてました」
「二人が羨ましいですー。私も乙女なのです、女の子なのです、結婚したいのですー! というわけでルーくん、私をもらってくださいー。私の純潔あげますからー」
「あなたも司るの間違っているじゃないですか。馬鹿なこと言ってないで仕事終わらせますよ」
「ルーくんに言われたくないですー。ルーくんだって『色欲』を司ってる大悪魔のくせに女性経験皆無じゃないですかー」
「っぐ。キ、キスはしたことありますし」
「それは私からしたやつですねー。ヘタレー」
男性の正体は天使と正反対の存在、三人の大悪魔の一人、『色欲』を司る大悪魔ルーくん、ではなくルクスリアである。現在は意識的に悪魔の翼を隠し、見た目はほぼ人間である。違う部分を述べるなら目だろう。白目の部分が黒く、虹彩は紫色だ。その目も意識すれば人間と変わらない目に変化できる。
「子供なら問題ないですよー。信者の皆さんには処女受胎だって言っておきますからー。昔、聖女マリアさんに伝えに行きましたねー。懐かしいですー。身分違いの報われない恋、思わず処女受胎って嘘をついちゃいましたよー。結局、ずっと秘密の逢瀬を重ねてましたねー。二人が前例があるので問題なしですー」
「問題あります。変なこと言ってないで仕事に集中してください」
「・・・ヘタレ悪魔」
ボソッと彼に聞こえないようつぶやき、再び仕事に集中する。そして、きっかり一時間後、ガブリエルが口を開く。
「どうして紙の書類が多いのですかー? 今はデジタル社会、エコのために紙を減らしましょー!」
「あなたは機械が使えますか?」
「・・・ごめんなさいー」
ルクスリアに冷たく一蹴され、機械音痴は黙り込む。再び仕事に集中する。
定時に近づいた頃、突然、あぁー!っという驚きの声が響き渡る。ガブリエルのものではない。珍しい方向からの声で、全員手を止め、声の方向を見た。一人の天使が立ち上がり、ガブリエルとルクスリアの方へ駆け足で向かってくる。
「旦那様! ガブリエル様! こちらの書類を見てください」
「これは留学と称した調査員派遣の件ですね」
「たしか影法師さんに任せてましたねー」
影法師とはある調査員のコードネームである。男性から女性まで、少年少女から老人まで姿形を変えることができ、本当の姿を知っている者はいないという謎多き人物だ。ただ、性別は男性ということはわかっている。時々、変装で悪戯をしている。
「お忘れですか? 影法師は今・・・」
「影法師さんがどうかしましたかー?」
「彼、確か育休中ではありませんでした?」
「!? あー! そうでしたー。影法師さんはショタっ子なのに三人の子供を持つイクメンパパなんでしたー!」
ガブリエルが勝手に暴露する。部屋に静寂が訪れる。
「・・・。影法師はショタっ子・・・なんですか?」
「なっ、なぜそれをー!?」
「貴女が今暴露しましたよ。影法師の正体は超極秘事項ではありませんでしたか? 皆さん、聞かなかったことにしてください。それで、代わりの調査員は誰かいますか?」
「それが・・・十代の少年で誤魔化すことができる者は全て任務についていまして。あとは影法師と同様に姿形を変えることができるのは旦那様くらいです」
ふむ、と腕を組みルクスリアは考え込む。育休中の影法師を無理やり呼び出すほどの仕事ではない。交換留学ということなので、とりあえず学生生活を送ればいい。他の者でも容姿変更の魔法を使えば任務を行うことができるが、魔法に長けた者に見破られる可能性が高い。所属を述べれば敵対されることはないと思うが、バレたら相手政府との外交問題がめんどくさい。
ルクスリアはここ数百年を振り返る。大航海時代から産業革命、四度起こった世界規模の大戦争。その全てを視ていた。そして、世界が落ち着き、平和に向かっているところでガブリエルに泣きつかれた。百年ほどガブリエルの手伝いを行っている。もうそろそろ手伝わなくていいだろう。
「その任務、僕が引き受けましょう。そろそろ現世へ戻ってもいい頃ですし」
「ルーくん私を見捨てるんですかー!?」
「貴女が本気を出せばこんな仕事五分くらいで終わりますよね?」
「うっ、できますけどー。あれ、頭痛くなるからイヤなんですー」
「ここ百年以上休みなしで働いていましたからね。そろそろ一人で頑張ってください」
「ええー」
「そんなに言うならこれから先、手伝いませんよ」
「ルーくんもたまには息抜きも必要ですよねー。任務はどうでもいいのでゆっくりしてきてください―」
「気持ち良いほどの手のひら返しですね。ちゃんと任務してきますよ。そもそも僕の役割は世界の監視ですからね。さてと、そうなると姿を変えなければいけませんね」
自分の体を見下ろす。肌は黒く筋肉質。身長は2メートル近い。大柄な黒人男性だ。とても学生には見えない。かけているメガネをサングラスに換えればギャングと間違われそうだ。どんな姿になろうか悩む。もういっそ、これをベースに十代に若返らせたら楽だなと思う。
「ルーくん、そのまま若返ろうなんて思っていませんよねー?」
ガブリエルがジト目でルクスリアを見ている。ガブリエルから目をそらすと目の前に立っている天使、エレナも同じような目をしている。二人だけじゃない。話を聞いていた女性何人かもジト目だ。
「長いことその姿だったんですからイメチェンしましょー。ルーくんは自分の姿に無頓着なんですから私に任せてくださいー」
「旦那様は673年5カ月11日7時間22分前からそのお姿です。ガブリエル様、私、いえ私たちも手伝わせてください。旦那様をかっこよく仕立て上げましょう」
「許可しますー」
「ありがとうございます」
「はぁ。わかりました。任せますから先に仕事を終わらせてください」
ルクスリアの言葉を聞いたガブリエルやエレナを筆頭とする女性たちがものすごい勢いで仕事に取り掛かる。瞬間記憶。並列思考。動体視力強化。身体強化。様々な魔法を同時展開している。書類が宙に浮き、複数のペンを操りサインしている者、キーボードを超高速で押す者、情報を直接脳へぶち込む猛者もいる。そして、全てを終わらせた後、頭痛でうずくまったり、鼻血を出す者が続出する。脳や体を酷使しすぎたのだ。しかし、そんな症状を物ともせずルクスリアへ近づいていく。目は血走り鼻血を出しながら近づいてくる女性たちは、はっきり言って恐怖しかない。
「さて、んぐっ、ルーくんをどんな、んぐっ、姿に、んぐっ、しましょうかー」
言葉の途中で鼻血をぬぐいながらガブリエルが言う。
「そうですね。今度はゲルマン系とかどうでしょうか?」
エレナ、秘密結社『色欲に溺れる会』設立者、が提案する。そして、次々と会員が自分の望みを述べ始める。
「私は東洋、日本人とかいいなぁ」
「留学先は日本みたいですよ」
「じゃあダメですねー」
「髪はブロンド!」
「いやいや黒髪でしょ!」
「気怠げな雰囲気」
「メガネ! やっぱりメガネは外せないよ!」
「メガネかけてぼさぼさした髪型で見るからに冴えない男子だけど、実際はクールな目つきのイケメン。そんな旦那様に至近距離で見つめられたい・・・」
「「「「 それいい! 」」」」
女性たちが盛り上がっていくのを気にも留めず、ルクスリアは仕事を終わらせる。そして、定時のチャイムと同時に女性たちを置いて一人で帰宅した。
お読みいただきありがとうございました。
次の話ができるまでしばらくお待ちください。