回転寿司編
回転寿司編
『いらっしゃませー。お一人様ですか?お名前お書きになってお待ち下さい』
店員は愛想よく俺を背もたれのないソファーが置かれている空いたスペースへと誘った。この場所には家族が数組、カップルが1組おり、俺はポツンとスマートフォンのアプリで遊びながら名前が呼ばれるのを待っていた。そして次々と呼ばれる俺より先に来ていた人たち。自分も呼ばれるのも秒読み段階だ。
『1名でお待ちのヤマナカ様〜。カウンターにどうぞ〜』
ほら来た。
俺は逸る気持ちを抑えて席へついた。この店はタッチパネルで注文する仕様。
まずは何を食べようか。ん〜・・・。
正直迷う。タッチパネルのページを最初から最後まで一通り送り、結果、【本日のオススメ!】のページで【アジ】を一皿注文した。寿司ではヒカリモノや白身魚を最初に食べるのがマナーだ、と昔聞いたことがある。それは身が淡白な為、トロや味の濃いモノの後に食べてしまうと味がボヤけてしまうから、らしい・・・。高級店などでは厚焼き玉子を頼む人もいる。けれど、俺はそんな通じゃないし、違いの分かる男でもない・・・と思う。決してバカ舌ではないが、そこまでこだわっていない。が、気になってしまったのだから仕方がなのだ。好きに食べさせてくれ。そうこうしている内に注文の品が流れてきた。
来た来たっ。
光り輝く【アジ】。ワサビではなく擦り生姜がチョコンと乗り、刻まれたネギが良い色合いを出している。醤油を受け皿に入れるといよいよ俺の胃袋は寿司を受け入れる準備ができたようだった。
うん、美味い。
あっという間に皿からアジは消えた。俺は2皿目を決める。そう、それは大人気のネタ、【サーモン】だ。しかしただの【サーモン】じゃ少し物足りない。
う〜ん・・・。よし、これだ。
注文したのは【炙りトロサーモン】。想像しただけでツバが出てくる。
そうだ、ついでにコレも注文しておこう。あ、コレもだな。
俺は更に2皿、食欲のままに注文した。【アナゴ】と【えんがわ】。どちらも俺の大好きなネタだ。ものの数分も経たずして、3皿同時に来てしまった。おやおやこれは・・・。
贅沢の極みだね、コイツは。
醤油を弾くほど脂が乗っている【炙りトロサーモン】。食べなくとも甘ダレが脳を刺激する【アナゴ】。純白のドレスを見ているかの様な【えんがわ】・・・。
美味い。
特に【えんがわ】。コリコリとした歯ざわりが小気味いい。しかし口の中が濃い味に占領されてしまった。熱いお茶で脂分を流し込み、俺は次の獲物を見定める。
軍艦でもいってみようかな。
【いくら】、【うに】、【かにみそ】、色々あるが、俺は何を隠そう、【魚卵】が苦手だ。特に【いくら】。食わず嫌いというのもあるが、あのプチップチッとした食感の後に来る、でろ〜んとした液体があまり好きではない。
ここはそうだな〜・・・。
吟味した結果、注文したのは【ネギトロ】と【あん肝】。【ネギトロ】はレギュラーメニューだが、【あん肝】は季節物だ。俺は期間限定やら季節物に弱い。それ抜きにしても、あん肝は好きな寿司ネタの1つだ。ポン酢のジュレが乗り、一口頬張れば濃厚な肝がとろけ出す。【ネギトロ】は意外とアッサリしていた。諸説あるが、【ネギトロ】は葱とトロの部分を使うのではなく、骨の間の身を削ぎ取る事を『ねぎ取る』と言い、それが【ネギトロ】に変化したという。
さ〜て〜と〜・・・ラストスパートだ〜。
続け様にシメに向けて一気に注文する。【いか】、【中トロ】、【甘エビ】。揃った彼らはまるで紅白戦をしているようだ。歯切れがよいプリップリの【いか】、口の中からサラリと無くなる脂が乗った【中トロ】、文字通りの甘さを誇る【甘エビ】。どれもこれも人気のネタだ。
シンプルなのに味がしっかりしてる。美味し美味し。よし、シメにはこれだな。
と最後を飾るネタを選び、熱いお茶で口の中をリセットさせる。俺はシメのネタを受け入れる準備を整えた。そしてそれはやってきた。
来た来た、【厚焼き玉子】!
ホカホカと湯気を立てた黄色い【厚焼き玉子】は、箸を入れれば柔らかく、身崩れしてしまいそうな程にフワフワとしていた。
ハフッ・・・ハフッ、あっつい・・・。けど、美味い。
万人ウケする甘めの味付けは、噛めばジュワッと出汁が溢れ出す。老若男女、誰でもいつでも美味しくいただける【厚焼き玉子】は完璧なクローザーだった。
うん、満足満足・・・。
俺は10皿を平らげ、まだ余力を残しながらも会計を済ませようと席を立ち、レジへと向かった。
『お会計1080円になります』
1100円を会計皿に出し、20円のお釣りを受け取った。
外に出ると、腹8分目の胃の中と下がった気温に頬を撫でられた事によって、体が心地よかった。しかし少しだけ、ほんの少しだけ糖分が欲しい・・・。
「コンビニでデザートでも買うかな・・・!」
そう、これが《俺なりのスタイル》。
俺はいそいそと車に乗り込んだ。
回転寿司編・終