盟約のオベリスク
簡便な応接室に通された私が椅子に座って待っていると、一人の女性が丁寧なノックをして入って来た。灰色の制服に身を包んだ彼女は一言だけ世辞を言うと、お盆のお茶をテーブルに置いて部屋を出た。愛想の良い笑顔を向けては来たものの口元が笑っていない。一度も目を合わせなかった事から、好かれていないことは察して余りある。彼女とは仕事上、幾度か顔を合わせたが事務的な会話以外したことはない。
コップにはいくつかの氷と八分目まで注がれた麦茶が入っている。暦の上での季節は夏。屋外は快適な温度だが、コップの表面に結露を生むほどの冷たいお茶を見るとどうしても喉が渇く。
真っ黒な手袋をはめた右手でコップを持ち上げた。ひんやりと気持ちの良い冷たさが手袋ごしにも伝わってくる。一口だけ喉に流し込む。カランという氷の涼しい音が空気を冷却する。風鈴がその音色だけで周りを涼しくするように、夏の氷の音が、暑くもない応接室の温度を二度下げた。同時に、流し込まれた冷たいお茶が体の内部の温度を下げる。
外気は快適な温度であるが、それは一般的な市井の民にとってのものだ。私のように年中長袖と手袋を着用している人間は考慮されていない。考えるまでもなく、私は暑いと感じていたようだ。
一息ついてコップをテーブルに戻した直後、外部から扉をノックする音が鳴った。力強くも丁寧な音で、ノックの主が誰なのかはすぐに判った。
「いやいや、遅れて申し訳ない」
でっぷりと太った目の細い男が、後頭部に手を添えてぺこぺこお辞儀をしながら部屋に入った。二倍以上も体格に差があり、コアラかパンダを彷彿とさせる生き物、いや男性。ぱんぱんに膨らんだ作業服は寸刻の後に内から弾けてしまいそう。もっちりとしたお腹の肉と柔和な笑顔を見ていると、パンダというよりはやはりコアラかもしれないと考えを改める。
「いえこちらこそ、お忙しいなかお呼び立てして申し訳ありません」
「いいよいいよ。キミもそれが仕事なんだから。ああ立たせて済まない。座って、お茶飲んでいいからね」
「失礼します」
再び椅子に座ると、彼はその対面にどっしりと腰をかけた。キシッと椅子が軋みを挙げたが、それは私ではなく正面に座る男性のものだ。応接室の椅子だというのに耐久性のある高価な椅子。それをもってしても、彼の自重を支えることは至難の業であるらしい。
ニコニコと嫌味なく笑う彼に対し、私はどこまでも淡泊な目をしている。口元にはビジネス用の笑顔を湛えながら、目元に浮かべるほどの感情の抑揚はなかった。
私はさっそく足元の鞄を拾って仕事の話に移ろうとした。彼はいくぶん落ち込んだように顔を曇らせたが、世間話でもするつもりだったのか。長居してもいろいろと迷惑をかけるだろうに。私は彼に先を促した。
男性、この会社の社長であるミツル・キリシマはテーブルの上に指を載せると、軽く力を込めて押し込んだ。ガラステーブルの表面が青白く発光し、数々の文字とOSの名称が表示される。私が目を逸らした隙にキリシマさんはIDとパスワードを入力し、彼専用のアカウントに入った。
私は仕事用の鞄からタブレットを取り出す。互いに指の静脈を認証キーとして用い、データの双方向移動を可能とする。データの移動はメールでも可能だが、スクロールだけでデータが跳ばせるのはなにかと便利だ。
タブレットで書類を開き、それを上側にスライドさせるとキリシマさんのテーブルの上に書類が映し出された。もちろんそれは原紙ではなくコピーしたもの。
『廃棄物運搬・処理許可証』『廃棄物運搬・処理委託契約証』
キリシマさんは遠い眼をしていた。顎に手を当てて、にこやかな目つきを寂しそうな色に作り替える。
椅子を軋ませながら、ため息交じりに背をもたれた。まるで何かを思い出そうとしているように天井を見上げる。彼の意図は不明だったが、私は構わずに仕事を続けた。
「こちらが今年、つい先日更新の許可がおりた廃棄物運搬及び処理に関わる許可証です。行政からの優良印はこの通り電子印鑑で押印されています。また、下部には委細変わらずNo.80ドーム長の電子印もあり。昨年に引き続き廃棄物運搬及び処理業者として『優良』と認められました。御社の規定通りの文書かと存じます」
「うむ……確かに、な」
キリシマさんはテーブルの許可証をみず、天井を見上げたまま呟いた。そんなものは見なくてもわかる、ということか。信頼されているのは有り難いが、社長としてそれはどうなのかと疑問にも思う。
「こちらがそれに伴う契約更新の文書です。御社から排出された事業系廃棄物を私が運搬し、廃棄場へ処分することを許諾していただけるならば――」
「クラマさん」
「はい」
「健康診断書を見せていただきたい」
「失礼。失念しておりました」
キリシマさんの指摘に応じ、すぐに別のフォルダから健康診断書を表示しデータを転送する。
テーブルに表示されたそれをキリシマさんは許可証や契約書よりも大切に確認する。いや、どちらかと言えばテーブルに穴が開くほど食い入るように観察していた。
健康診断書であるのだから身長や体重の類も記されている。けれどそれが知られたところで何かあるわけでもないし、仕事なのだから見せることに抵抗はない。
それに、キリシマさんは下心でこれを確認しているわけではない。それは彼の視線がどこを泳いでいるかで納得することができる。彼が見ている部分は、間違いなくあそこだった。
何度も確認し、間違いでないことを認めた彼は再びテーブルから視線を外す。コアラが木の根から落ちたみたいに、彼はがっくりと肩を落として生気を喪失させた。
「クラマさん。深度が4のままだ。それに、グラフではもうすぐ5になろうとしているじゃないか。去年よりも深刻だ」
「仕事柄、仕様のないことです」
私は右手のグローブに目を向ける。家の中以外、外では年中これを付けていて、長袖で体を隠している。
キリシマさんは暑がりだから作業服の腕をまくっている。作業現場でさえも作業服を長袖のままにしている者はいなかった。それはそれで拙いのだが、季節を考えれば仕方がない。
けれど私は、外回りで汗をかいているはずなのに腕まくりをしない。いや、正確に言うならできない。無用な混乱を招いてはどちらも面白くないからだ。
先ほどの総務の女性が私に目を合わせなかったように、この問題は簡単に片づけられるほど浅くはない。
必要な仕事、誰かがやらなければならないことであっても、それに従事する人間への偏見や差別はなくならないもので。かといってそれに義憤の念を抱いているかと問われると、そうでもない。どうでもいいわけではないが、凝り固まった観念を氷解するのが難しいことは誰でもわかる。波風立てず、差し障りなくしていた方が便利なこともあるだろう。
「そうは言っても、深度4なんだよ? 深度5になっても生き伸びる人間がいるなんて聞いたことがない」
「ええ。もって後一年と告げられたところです」
「そんな……」
虚を突かれたキリシマさんは絶句して動かなくなった。
廃棄物処理業者の行う健康診断は一般的なものとは違い、廃棄物処理業者専用特殊健康診断という仰々しい診察を受けなければならない。当然三十分程度では終わらず、長ければ二時間程度はかかる。結果が出るまで一カ月ほどかかり、それもデータで転送されず直接病院に赴き、問診を受けた後でデータを受け取ることができる。
たぶん、ここで絶句するべきは私だったはずだ。けれど私は十分に驚いた。分かっていた結末とはいえ、自分の命があと一年しかないという現実はこたえた。
なのに、私の口は淡々とその事実を述べるのだ。本当に伝えなければいけないヒトにはまったく勇気が出ないのに。
「いや……取り乱してしまった、申し訳ない」
「構いませんが」
彼の納得は早かった。或いは、彼もこの事実を何となく察していたのかもしれない。まさかあと一年だとは思わないまでも、もう永くないこと、いつか終わってしまうことが。
キリシマさんはテーブルに両肘をついた。テーブルの液晶は肘では反応しないため、表示された契約書類に動きはない。
キリシマさんは組んだ両手を支えにし、額を重ねて前傾になりながら考え込むように低く唸る。体重のかかったテーブルは、けれど椅子とは違って歪まない。液晶は両肘からかかる圧力をいとも容易く支えていた。
脇に避けたコップから、カラリと音がする。氷が溶けてずれ落ちたのだ。沈黙が応接室を支配していくらか時間が経っている。真っ暗になったタブレットに触れ、時間を表示させた。まだ十時前だが、これからキリシマさんの会社のゴミを回収し、廃棄場へ処分してから家に戻ると昼を過ぎる。午後の業務に支障はないが、昼寝に耽る時間があまりないかもしれない。
本題に入ろうかと顔を上げた時、私の視線がキリシマさんとかち合った。キリシマさんは申し訳ないという感情が隠し切れないのか、痛ましい貌をしたまま再び目を伏せる。
キリシマさんのソーセージみたい太い指が開き、一拍置いて再び組み合わさる。その後も指先だけが芋虫のように動いていた。
そして、彼は健康診断書を眺めながらあくまで自然に呟く。
「時間があれば、少し昔話に付き合ってもらってもいいかな? おじさんのつまらない懐郷なんだが」
この人とは、実のところ子供の頃から顔見知りだ。けれど、彼の今にも泣きだしそうな痛ましい表情を見たのは二度目だった。一度目は、父と母の訃報を聞きつけたとき。二度目は、私の余命を聞かされたまさに今だ。
別段心が動かされたわけじゃないし、興味があったわけでもない。単純明快な話だが、この状況で彼の提案を無碍に斬り捨てるのは気が引ける。悪い人ではないし、昔からお世話になった人だからこそ、立ち止まってしまったのだろう。
「構いません。時間はもう少しだけありますから」
「すまないね」
それから、彼は私を見ながら語り始めた。内容は彼の言う通り、なんの変哲もない郷愁。彼と親しかった父のこと、母のこと。そして私のこと。
「キミの先代には何度も助けてもらった。キミのお父さん、ミナトさんは誇りをもって廃棄物処理の仕事をしていた。当時は私もキミの両親も小さな会社でね。顧客を取得できないうちは三人で飲み屋を渡ったものさ。そうやっていくうちに、ミナトさんの会社は軌道に乗り始め、私の会社は未だにうだつの上がらない零細企業。それでもあの人は私を見限ることなく、定期的にゴミを収集しに来てくれたよ。今日はゴミがないなって嫌味を言われることもあったけどね」
それからも父はこっそりとキリシマさんの会社を紹介したりして、少しずつではあるもののキリシマさんの会社も軌道に乗り始めた。父は彼に対して、代金は会社が大きくなったら払えと言い、多く受け取ることはなかったと言う。
「それが、自慢じゃないが今や従業員100人を超える会社にまで成長した。給料も他よりは多いはずだし、残業も少ない。ただ、会社をさらに大きくするためには無駄を省き、それでいて利益を生み出せるシステムを作らなければならない」
キリシマさんの言う通りで、今の時代手作業による製品加工を行う会社は少ない。大抵の加工業は精確性の優れたCNCによる自動加工が主流だ。大昔とは比べ物にならない精度でしかも安価ときた。多彩多軸の機工であらゆるワーク形状に対応可能なロボットマシーンなどいくらでもある。
この会社はそれでも手加工に拘る職人気質の会社だ。大型のMCも三台導入しているが、基本的には指先の感覚を大事にした加工を行っている。とはいえやはり人間の手では不可能な面もあるらしく、そういった場合にMCを動かすのだ。
ようは、物好きたちの遊び場、のような会社だ。実際キリシマさんもそれを否定しないし、社風としても掲げている。
「そうすると、どうしても目が行ってしまうのは支出だ。キミの会社は個人経営みたいなものだから、どうしても限界がくる。収集運搬の料金も、正直に言うと安いところはいくらでもあるんだ。同じ『優良』を得ている業者でね」
でも、とキリシマさんは続ける。
「私はキミたちの会社と一緒に成長した。己惚れかもしれないが、そう考えている。だからね、いくら他に安い会社が見つかっても私は決して譲らなかった。ひたすら安い所なんて意外と管理が杜撰だったり連絡も遅かったり、安いなりの理由があるものさ。だけどキミの所は先代と同じく仕事が丁寧で『優良』に相応しい業務をしてくれる。だから高いお金を支払う価値があるのだと、従業員には説明している。だが――果たして私は、どうすればいいのだろうね」
「それは御社で決めることです。私が口出しする権利はありませんから。また、見積もり金額を下げることもできません。この辺りの相場や弊社の規模を鑑みても、妥当なところかと思います」
「ああいや、積極的に切ろうとしているわけじゃないさ。気を悪くしたのなら、謝る。申し訳なかった」
怒ってもいないのにキリシマさんは頭を下げた。これではどちらが上の立場なのかわかったものではない。もっとその大柄な肉体よろしくどっしり構えていればいいものを。
人の良いキリシマさんには難しいことなのかもしれないが。だからこそ、この提案は人の良さの顕れと言えるのだろう。友人だった両親に何もしてあげられなかったことへの、ある種の償いなのかもしれない。
「だけどね、私もこうも考えている」
視線をテーブルの上のデータ、契約書に落として呟いた。
「心苦しいが、今ここで君の会社との契約を切る。そして、君はあまった時間を有効に使い、療養する。君はたったの一年しか生きられないんだ。だったら、もう頑張る必要もないと、私は想うんだ。君の両親も最後まで働いた。この仕事に誇りを持っていたからだ。だけど私は、私だけは止めるべきだったと後悔している。憔悴していく彼らを見ながら、私は何もしてやれなかったんだ。だから、君にはゆっくりと療養してもらって、人生を仕事ではなく好きなことに使って欲しい。私は君の親ではないが、君の成長を見守って来た者としての、提案だ」
応接室に再び静寂が訪れる。テーブルではなく、真剣な目で私を見据えるキリシマさん。
キリシマさんは余命宣告を受け取った私のことを、本当の子供のように思ってくれている。私の身を案じてくれて、真剣に考えてくれているようだ。両親への贖罪の意味が込められているのだとしても、案じてくれる気持ちが嘘になるわけではない。
とはいえ答えは決まっている。掛かり付けの病院でも同じような提案をされた上で、私は此処に居るのだから。
◆
「変なことを言って悪かったね」
「いえ、お気になさらず。それに、キリシマさんとの契約を切ったからといって他の会社の契約が自動的に切れるわけではありませんから」
「それもそうか。だけど、辛くなったらいつでも言いなさい。No.80ドームに知り合いの専門医がいる。ミナトさんたちは断ったけど、アマネ君はどうかな? 興味があれば連絡を入れておくが」
「お気遣い感謝します。お気持ちだけ、受け取っておきます」
「……わかった。でも本当に、困ったことがあれば何でも言いなさい。私は君の親ではないから、君にしてあげられる援助は金銭的なものだけだ。君の心からの支えになってあげることはできない。それでも、なるべく君の力になりたいと思う。余計なお節介かもしれないけどね」
熊みたいに膨らんだ手が差し出された。右手を差し出そうとし、立ち止まる。私の右手は手袋に覆われていて、握手をする上では着用したままだと失礼にあたる。
キリシマさんは微笑んで首を横に振る。あえて脱ぐ必要はない、と。言外にそう語っていた。
その思いに甘えて、手袋を脱がずにキリシマさんのずんぐりとした掌を握った。私の手よりも二倍も大きなそれが、柔らかい力で包み込んだ。
「想うことがあれば何でも言ってくれていい。アマネ君は働いてはいるが、未成年なんだ。大人に甘えるのも大切だ。親愛であれ、憎悪であれ、君の想う所があれば口にしてほしい。無関心であることほど、辛く悲しいことはないのだからね」
それは、どちらにとってのですか。そう尋ねようかと思ったが、時間が押していることに気が付いた。契約の更新手続きを早急に済ませ、キリシマさんと事務所に挨拶した後すぐに廃棄物置場へと向かう。
途中掃除ロボットに躓きそうになったが、優秀なAIが私を障害物と認識して避けてくれたので一命を取り留めた。
外は相変わらずの空模様。不快指数における最適温度と湿度を常に維持する変わり映えのしない外気。しかし、多くの住民にとって快適とされる温湿度であっても、私にとっては少し暑すぎる。夏場に長袖を着ていることがおかしな話であるのかもしれないが。
トラックを電子制御で動かして、外を歩いて工場裏手の廃棄物置場へと向かう。駐車場や歩道にゴミは落ちていない。さっきも遭遇したが、掃除用のロボットが常にごみを収集し、また見張っているためにポイ捨てという概念は世界から消滅しかけていた。
このNo.79ドームは土地の約三分の一が工場地帯である。加工業、組立業、設計業などの一般的な工場から半導体メーカーや電気通信業、ゴム生産業まであらゆる業種が狭苦しくひしめき合っている。
そのため工場裏手から見える景色も壮観だ。疑似太陽の光を反射するオフィスビルのガラス面、無駄に高い工場煙突、どこかで鉄を叩く音もそこかしこから聞こえてきており、騒音対策もあったものではない。
廃棄物置場は工場の裏手にあり、床面積は5平米程度で大企業と較べると大きくない。一週間に一度呼ばれている所為もあるだろうが、5平米でもまだ床の白色が見えるくらいだ。区画を仕切る塀は私の身長よりも少し高く設定してある。大人の男なら中を覗くことができるだろう。私の場合は扉を開けるか、このように予め解放されていなければ確認できない。
家庭用冷蔵庫、廃油缶、塗料缶、基盤の束、切削粉をまとめた袋が数十個、その他もろもろの廃棄物。それらが一挙に集って山を築いている。量はそれほど多くないため、時間はさしてかからないと思う。
そうこうしているうちにトラックが到着した。荷台が左右と後方の三方向に開く。中には閉じたコンテナが4つあり、そのうち3つは別な事業所から回収を終えた、いわゆる満タンのコンテナだ。キリシマさんの廃棄物を回収すれば午前は終了。昼前に廃棄物処理場へ運べたら御の字だ。
運転席と荷台の連結部に収納されている三本の直方体形状のソリッドが滑らかに動き、艶やかに黒光りするロボットアームへと変形する。表面には平織のカーボン繊維風塗装が施されていて、キリシマさんに言わせると『センスしかない』。疑似太陽光に照らされた三本のロボットアームは、私から見れば無骨で大味。どうでもいいと言わざるを得ない。
廃棄物回収用多関節式ロボットアームは関節が人間の腕のように滑らかに動く。アームの先端に接続された三本の指は指圧を自在に変化させるため、金属だろうとガラスであろうと傷つけずに掴むことが出来る優れ物。
さらに、アーム一本で300kgの重量に耐えられる。その証拠に区画内にでかでかと置かれた家庭用冷蔵庫を二本のアームが静かに横転させ、一本が冷蔵庫を危うげなく持ち運び、もう一本は別なゴミを回収するため動いていた。冷蔵庫は縦に長いが横にしてしまえば握り込んで三点で支えることができる。なるほど、機械も考えることはできるらしい。
ロボットの力強さも並大抵ではない。腕の太さは人間の胴ほどあるが、100kgを超える冷蔵庫を持ち上げてもしならない頑強さ。冷蔵庫を入れても余りある大きさのコンテナを4つも収納する荷台を跨いで伸びながら、中折れせずに頼もしく支えている。
コンテナに冷蔵庫を収納したアームが廃棄物置場に顔を向けて動きを止めた。その時間は約1秒。他のアームも同じ挙動をするが、機械はその間次に運ぶべき廃棄物を探しているのだ。熱源探知ではなく反響定位。超音波の跳ね返りにより探し当てている。他のアームと喧嘩しないようプログラムが優先順位を決めながら。
そうやってロボットは集積された廃棄物たちをコンテナへと運搬していく。コンテナの空きスペースへ無造作に詰め込むわけではない。これらのアームはネスティングソフトを搭載している。このソフトによりゴミはコンテナへ無駄のない最適解で格納される。三本のロボットがコンテナの容量とゴミの残量を把握して更新を怠らないからだ。
蓋が締まらないコンテナは運べないのが現在のルールである。ネスティングソフトを持たない運搬業者は「何としても詰めろ」という事業者の理不尽を甘んじて受け入れなければならなかった。従って、運搬業者はコンテナによじ登りゴミを踏み潰してスペースを作る必要があった。いくらAIが「入りません」と口酸っぱく応えても無理やり入れる。
ネスティングソフトは一般にも知られた優秀なソフトウェアである。ソフトが無理だと言っている、そう応えれば事業者は引き下がらざるを得ない。
つまり、このソフトウェアは運搬業者が理不尽に抵抗する意味でも重要なアイテムになった。これを搭載させない業者は例え行政から『優良』を与えられていても、世間から従業員を大切にしない企業と白い目で見られるのである。
優秀なAIを積んだロボットアームは位置探索を行うとき以外は滑らかに、そして静かにゴミを回収する。特有の機械音もなく、耳障りな操作音もない。次の仕事は昼食までにコンテナを処理場へ運搬することなので、やるべきことも特になく、私はボウっと機械の仕事ぶりを眺めていた。
キリシマさんの会社は丁寧にゴミを集積しているので仕事が早く済む。いくら反響定位でゴミを探しているとはいえ散り散りになっていてはアームを伸ばしたり縮めたり、果てはトラックの位置を移動させなければならなくなるために無駄な時間が多くなる。というのも、そういった事業者は一つや二つに収まらない。
ゴミの分別が不要になった現代。廃油、混合廃棄物、ガラスくずなど。本来ならば決められた分別を行って、環境負荷を低減するのが当たり前なのだろう。然れども現代においてゴミに貴賤は存在しない。おしなべてゴミはゴミ。家庭の紙も、事業所の接着剤も、水銀も均しく同じ。混合すると危険物質を出すものは缶詰などにしておくが、それでも全て同じ処理場へたどり着く。
人類は業務に関係しない活動に耐えてまで、環境を守ろうとするほど気が長くなかったのだ。
環境影響対策、環境負荷削減、省エネ活動。それらはみな歴史となり、現代社会が、経済が発展するため姿を消した。環境汚染の対策のために成長した技術はある。だが、ビジネスとは所詮損得の世界。環境負荷のデメリットより、会社をよりよく発展させるメリットが高かっただけ。
〝人類総出のマッチポンプに付き合うつもりは毛頭ない。今はそういう時代だよ。我らがさらに発展するため森林を刈りつくし、動物を食い潰し、まだ足りないから自ら生んでむしゃぶり尽くす。その執念を最もよく物語っているのが石油資源だ。まさか本当に掘り当てちまうとは。事実はオカルトより奇なりと云うべきか〟
――いや、一番はやはりこのドームそのものか。そうまでして生きたくて、そうまでして成長したいのかねぇ、人間っていう生命は。
アームがゴミを回収する見飽きた光景を眺めていると、私の前をドラム缶じみた形の掃除ロボットが通過した。綺麗な通路を忙しなくジグザグ動き、粉塵一つも見逃すまいと浮遊しながら働いている。ロボットはそれが仕事だ。ただの掃除ロボットには学習機能がない。それ故に、アレは毎日同じ場所をぐるぐる廻り続けているのだろう。
私の思考を遮ったのは、目の前に突如浮かんだ青白い光モニターだった。タブレットの設定でメッセージを受信すると目の前に画面を映してくれるようになっている。というか設定を切っていなかったのか、危なかった。もしも打ち合わせ中、目の前にモニターが現れたら吃驚して声を挙げていたかもしれない。
メッセージの送信者をあえて確認するまでもない。私とプライベートの会話をしたがる人間は一人しかいないのだから。
『ハンバーグ食べたい!』
という簡素なメッセージ。人が仕事をしているのに、四六時中ハンバーグのことを考えているのも一人だけ。
「昨日も食べた」
呆れながら呟くと、それは文字となって厚みがなく硬さもない幻影のモニターへ書き込まれる。言葉の速度と文字の書き込み速度には、人間に目視できるほどの差はない。人差し指をモニターの直上に掲げて右へずらすと、それは空気へ溶け込む様に消滅した。
一応だけど、帰りにどこかマーケットに寄って手ごろなハンバーグでも探してみよう。まあそもそも、昨日と同じ物でもハンバーグであれば目を輝かせてしまう真正のハンバーグ狂いなので、種類など考える必要はないのだが。
なのにどうして、わざわざ違うものを買ってあげようなどと考えているんだ私は。
ふいに空を見上げると、恐ろしいまでに鮮やかな青空に三機もの飛行船が浮遊している情景を確認できた。一機はずいぶん近くを旋回しているようで、白色の長球体は頭上を揺蕩う雲のように巨大に映る。腰を逸らして見上げることでようやく視界に収められる飛行船。ガスを詰め込み空をゆったり流れる船は、さながらずんぐり太った龍のようでもあった。
他の機体は米粒と同等の大きさのため、ここより少し遠くを飛んでいる。そして、見えないだけでもっと多くの飛行船が飛んでいるに違いない。ここだけではなく他のドームも同様に。
飛行船の両側面はモニターになっていて、そこには報道陣がライブで撮影している映像が鮮やかに映し出されていた。よく聞けばかなりの大音量で、この一機だけでドーム中を駆け抜けているのではないかと勘違いするほど。
『――そして、緑の50年戦争終結から900年。しかし遥かに昔のことではありません。痛ましい戦火、流した血潮は、我々の心に今も強く根付いているのです。我々がこうして感受できている平和、愛情、そして技術は、かつて緑を得るために戦い抜いた英霊たちの想いの結晶と言えるでしょう。ですからワタクシ、イグナシオ・ドミトリは我が先祖、マウリシオ・ドミトリが当時の反乱軍最高指揮官であるイグニア・ファンダムと『ドミトリ=ファンダム合意』を和平的に締結できたことを誇りに思うのです。戦争終結の鍵ともなった『グリトニル宣言』があったことは確かですが、それだけで反乱軍は納得をしなかった。戦争は痛ましい悲劇です。分かり合えなかったからこその災禍です。しかし終幕が大虐殺であってはならない。戦いの芽を摘み取るための敵軍の殲滅であってはならない。我々一人一人が愛を持ち、歩み寄り、美しい言葉を紡ぐ。それを可能とした合意、その力を持った我が先祖、理解を示して下さった皆々様のご先祖様。多くの理解と多くの助力があってこそ、かつての戦禍は――』
飛行船の大型モニターには広大な壇上に立ち身振り手振りを織り交ぜて開会の演説をする黒人、No.103ドーム首脳イグナシオ・ドミトリが映っていた。小奇麗な衣装に身を包み、大きな体を巧みに活かして力強い挨拶と慈愛に満ちた平和宣言を行っている。
幼年期の終わりとも、人類進化の転換点とも云われる『緑の50年戦争』。戦後900年を迎えたこの日、各統括ドーム首脳が集まり終戦記念セレモニーの名を冠した『地球科学サミット(本称:科学技術の開発と進展及びそれに伴う心身被害に関する世界会議)』がNo.80ドームで開かれた。イグナシオの前には多くの報道陣――その半数が自動人形だろうが――が集まり、彼の開会宣言に万雷の拍手で応えていた。
No.103が統括しているドームの言語は私にはわからない。しかし確度の高い機械翻訳が当たり前となった今、言語による人種の隔たりは存在できなくなった。イグナシオの発する音が私のドームで一般的に利用されている音と変わらず聞こえ、意味を理解することができる。報道陣が利用している集音機が、拾った言語を設定された言語に自動で変換しているからだ。
モニターの下部には表示される字幕は、私がさっきメッセージを送ったように文字の表示速度が速く、字幕の遅れは目視で観察できない。
かつて、神様という存在が言葉を乱した。天高く聳える塔に降臨した神様が、人間の行いに怒りを抱いたのか怖れを感じたのかは定かでない。いずれにせよ彼の者は人間の言葉を乱した。言葉を攪乱することで意思の疎通を難しくさせた。冒涜的なまでの塔の建設を、或いは神様の心胆を寒からしめる技術の進歩を封じたかったのか。意味を解釈することは難しい。
その人類は今、言語の壁を超越し、旧き神と救世主を排して新たな一歩を踏み出した。
幼年期は終わりを迎え、これまでにあった価値観や制約を取り払い、豊かさを求めて滅亡の刻まで走り続ける。
それが善であるのか悪であるのか、私には与り知らないところである。ただどうせなら、ハンバーグの種類をもう少し増やして欲しい。
ガシャン、という音がして私はトラックの方を確認した。廃棄物を回収し終えたアームは勝手に折りたたまれて、トラックのウイングはコンテナを包み隠すように閉じた。ところどころ錆びついた銀色の外皮が光を反射する。
さて、朝の最後の仕事はコンテナ4つ分の廃棄物を廃棄物処理場へと運ぶこと。サミットには殊更興味がないため、私は足早にトラックの運転席に移動した。
トラックは電子制御で駆動する。万が一のためにハンドルとブレーキはついているが、ほとんど使う機会はない。
行き先を廃棄物処理場へ指定。経路が自動で測定され、内部シミュレーションにより到着時刻が表示される。ここからだと到着はいつも通り一時間後。帰ったら昼を過ぎるが致命的な時間帯ではない。
トラックが静かに発進した。私はリクライニングを倒して地面とほぼ水平になる。天井には手を伸ばしても届かない。二人まで搭乗できる仕様だが、狭さはなくゆったりとした広い空間。運転中も振動や騒音がなく、ソファも柔らかで移動時間が休憩時間のようなものだった。
カーナビゲーションシステムの液晶は自動的にテレビ画面に映り替わる。さきほどのサミットの続きがトラックの中に響き渡った。
どこにチャンネルを変えても、どの局も右倣えでサミットを映している。根負けした私はそのままサミットの音声を垂れ流しながら瞳を閉じた。
◆
『No.79ドーム近郊の天気は晴れ! 先日の光化学スモッグの嵐とpH4.2の酸性雨は北の方角へ通り抜けてしまったので特異宇宙線が雨の如く飛来しています! 外出される方々は防護服を確実に着用し、極力テントや車の中から出ないよう注意してください! また、スペースデブリ回収人工衛星『ヒコボシNK-2』がデブリ回収ボックスの切り離し作業を行っています! No.90ドームのアンカーポイントに着弾を設定していますので、アンカーポイントを中心とした直径5km圏内には決して入らないようお願いいたしまーーーーーす!!』
「スペースデブリ、か……」
No.79ドームと外界を繋ぐ出入り口の一つ、第3ゲートに入った。ゲートは門の形をしておらず、どちらかというと格納庫に近い。外に出るにはまず格納庫の第一室でお喋りな人工知能の天気予報と飛来物の情報を聞く。それをもとに私のような車を持つ人間は情報をシステムにインプットさせる。
宇宙服みたいな防護服を着て、簡素で殺風景な第一室の出入り口付近にあるロッカーを目指す。そこはただのロッカーではなく、防護服を正しく着用したことをAIが確認するための施設だ。樹脂製の前部が透明なヘルメットを被った私はまさしく宇宙飛行士。ロッカー扉の鏡面に映る姿を見て、いつもそう思う。
しかし仕事は宇宙を旅するというロマンあふれるものではなく、ただのゴミ捨て屋である。
人一人分しか入れない狭いロッカーに入ってすぐに、やかましい人工知能の声がロッカー中に木霊した。
『スキャンの結果、着崩れや隙間は一切なし! 完璧!』
「……はいはい」
『はいは一回でいいんだよ君ィ!』
「…………」
『ではでは! クラマ運送のアマネ・クラマ様! トラックの中でも防護服は脱がないように! 登録されている車種は放射線に強いですが全てから守ってくれるわけではありません! 常に安全に気を配った上でフライトをお楽しみ下さいませ! 違うかぁ!』
人工知能の言葉が終わると同時に扉がひとりでに開く。あんなにうるさくても外に音は漏れていないのだから技術の進化とは恐ろしいものである。
すでにAIは沈黙し、第一室には静かなヒーリングミュージックが流れるだけとなる。
宇宙服じみた防護服を着用したままトラックに乗り込むと、見計らったように出口の扉が開いた。横にスライドするタイプの扉だが、厚みが50mmにも及び、外界と内部を隔絶したいという意思を感じる。
トラックは私の指示なく加速を始め、第一室を後にした。
待っていたのは第一室よりも狭く何もない第二室。何もないように思えるが、実はこの部屋には外部へ向けた送風と内圧処理が施されている。第二室より向こうのエリアのあらゆる物質を第一室に入れないために。
50mmもの厚みがある扉が素早く閉まると、第二室の出口の扉が開いた。続いて第三室に入る。この部屋にも第二室と同様の処理が施されているが、違いがあるとすれば床にある円形の切れ目だろう。私のトラックでさえすっぽりと収まってしまうほど大きな円だ。これは第三室を出る時に使うのではなく、外から戻って来た時に使うものだ。
そしてついに、第三室の扉が開いた。長い処置ではあったが、これもドームと外界を断絶するための重要な手続き。外の物質を決して中には入れたくない。外は危険だからこそ、人類は中に閉じこもったのだから。
トラックは静かに加速し、ドームの外へ躍り出た。
ドームの中は科学の結晶で満たされていて、何不自由ない便利な世界を形成している。自動人形と呼ばれる高度AIを搭載したロボットを購入できるほどの資金力がある人間は、自ら仕事をするのではなく機械に仕事をさせ、雇用主はそのロボットの借用料をいわゆる給料として持ち主に提供する。そんな風に機械と人間が共存しながらも、機械はあくまでも人間の支配下であり、フィクションでよくある暴走の兆しは見せない。
人類は眼を瞠るような成長と遂げた。星への愛と慈しみを置き去りにした人類は、その犠牲の大きさに応えるように技術を進歩させた。家の中に居ながら、全てが完結する世界。外に出なくても人の手であらゆる循環を作り出す時代。
置き去りにされ、取り残された文明は――ここにこうして燻っている。
黄昏の空、赤土色の大地、空気は有害物質で満たされていて防護服なしでは呼吸ができない。
見渡す限りの砂礫の地平。トラックの窓から見える範囲には森林がなく、青空と緑の地球は完膚なきまでに叩きのめされていた。
ヒトは自らの利益のためにあらゆる環境と動植物を犠牲にし、宇宙船地球号を人間の住めない大地へと作り替えたのだ。それでも飽き足らない人類は、大きな家を作り出して有害な雨風を凌ぐことにした。
それがドームである。
トラックは少しずつドームから離れ、その巨大な建築物を詳らかに顕現させる。
その名の通り、半球状の隔離施設。お椀を地面にひっくり返したように、それは外界と内部を隔絶していた。白色の表皮は酸性雨に強く、有害物質を通さない。放射線は完全に遮断できないものの、特異宇宙線は通さない特殊で怪奇な処理が施されている。
このドームが虫の卵のように大地のあちこちに点在しているのだ。私の住むドームにNo.79という番号がふられているように、世界には100を超えるドームが鎮座している。その中で、外の世界を知らぬ者は美しい景観だけを摂取して生きるのだ。それが間違いだとは思わないし、無知であるとも思わない。
ドームの中は何よりも安全である。ドームの中で生成した有害物質はあますことなく外部へ放出する。家の中で出たごみを窓から投げ捨てるように、内部は清潔を保ちつつ外界が傷つくことは考慮に入れない。
侵食がとどまることなく進んだ結果、地球は人の住めない大地へ変わる。
黄昏色の空と赤土色の大地。酸性の雨、毒性の空気、死の満ちた海。ドームの中と外は、まさしく天国と地獄の様相を呈していた。
そして人類の侵食は今も変わらず行われている。環境と人間に害のある物質を作り出したなら、制限するのではなく人間への害を治すことができればいいだけの話。便利なものをわざわざ使用禁止にするなど愚の骨頂。ヒトへの害は治せばよく、環境への害なら放り出せ。それが現人類の価値観であり、覆ることのない常識。
ドームの中はすべてが事足りていた。一般人が外に出る必要性など何処にもない。ドームの中に響く無垢なる子供の笑顔や家族の愛情、機械と人間のドラマを、真実を知らぬ蒙昧無知な虚妄であると笑う。そういう奴も居るには居るが、私には関係のない話だ。いちいち他人の事情に首を突っ込める余裕なんてないのだから。
トラックの操作ボタンの一つを押すと、天井がスライドして天窓が現れた。天窓を開くことはできないが、それを通して空の様子を確認することは出来る。
太陽の光は黄昏の空により滲んだ状態で地上へ降り注ぐ。私は生まれてこの方本当の青空と太陽の輝きを見たことがない。私がトラックの運転席に寝転がって空を見上げているのは、別の理由があった。
黄昏の空に、一つの光が見える。その光は筋を描いて空を駆ける流星となった。空から大地への墜落の軌道。それは、さきほどのAIが言っていた『ヒコボシNK-2』のデブリ回収ボックスである。
スペースデブリとは地球の衛星軌道上に浮かぶ人工衛星やロケットなどの人工物によるゴミのことだ。これを放置しておくと様々な不具合の原因になったり、デブリがデブリを作り増殖していく危険もあるため安全な衛星航行のために回収しなければならない。
『ヒコボシNK-2』を始めとしたスペースデブリ回収人工衛星は、その名の通りスペースデブリを回収するための無人宇宙船である。そして、回収したデブリは地表のアンカーポイント目掛けて撃ち落とすのだ。これを回収するのは特別な許可を受けた廃棄物収集運搬業者でなければならない。優良の認定を貰っていることはもちろんのこと、経験年数も物を言う。私は当然の如く門前払いをうけたものだ。
いま、ヒコボシNK-2がボックスの中に溜めに溜めたスペースデブリを撃ち落としている。
人は、私のことを一切万事どうでも良さそうなつまらない人間だという。否定するつもりもないし当たらずとも遠からずとも感じている。だけど――
ズシン、と。大地が揺れ動いた。巨人が歩いたような、地震とは言わないまでも、力強い揺れだった。ドームは電子制御の免振機構を持っているので地震も振動もなにも伝わらないだろう。けれど、ドームを出た私にはトラックのタイヤを通してその揺れが伝わってくる。
地上に飛来する流星の隣を、空へ逆行する光が奔っていた。隣に見えるのはただの遠近法によるもの。実際に二つの距離は隔たっているはずだ。
空から降り注ぐ一筋の泪と、それを拭う指先。或いは重力に従って落ちる星と逆さまの流星。その逆行は、まるで神を堕とす稲妻のよう。
上から下へ、下から上へ。黄昏の空を斬り裂かんばかりに互い違いの軌道を描く流れ星。そのどれもが人工的に作り出された炎の輝き。
トラックの天窓が切り取る四角いカンバスに、スモッグに隠された太陽の光にも負けない煌きを放つ二つの星の奔流が描かれた。
星と星がすれ違う瞬間を綺麗と思う。例えそれらがただの廃棄物なのだと分かった今でも、その心は変わらない。
子供の頃の私は、今と同じように防護服の中からこれを見ていた。あの頃はもっと凄くて、たまたま絶好のタイミングだったのだけど。
瞳一杯に広がった流星群。星の泪と地表から射出される逆しまの星。
光の軌跡は黄昏の空を覆いつくし、黄金のように輝いた。あの頃は人工物であることは知らず、ドームの外にはこんなにも美しく、煌びやかで、胸躍る自然現象があったのかと、知らずのうちに涙を流したのだ。
此度はたった一対のすれ違い。たったそれだけのことでも、私は過去の綺麗だったものを思い出した。
AIからスペースデブリの単語を聞いて、思い出したように見上げたが。綺麗なものはずっと綺麗で、美しいものは色褪せてなどいなかった。感動して涙を流すことができるほど、今の私は子供じゃない。だけど、胸の奥が見えない何かで満たされていくのを感じる。それを巧く言語にできなくても、悪いものでないことは分かっているから詮索はしなかった。今はただ、二本の光の明滅だけを感じていたい。
久しぶりに出逢った光のすれ違い。今までも見上げる機会はあったのかもしれないが、ようやく落ち着いて、昔の好きだったものを心に収めた。両親が亡くなってから、仕事を覚えるのに必死で気付かなかったのかもしれない。
そういえば、この光景をあの娘には見せたことがない。あまり外に出たがらないタイプだから興味がないだろうと考慮にも入れなかったが。今度機会があれば誘ってみるのも悪くないか。
そう思いながら視線を横に向けると、見慣れた奇妙な光景にかち合った。
推定距離200m先に、頭に角の生えた動物が見える。それは生物学の分類上『鹿』に該当すると思われるが、そいつは生まれたての小鹿のような心もとない七本脚をぎこちなく使って立っていた。
角の先端が溶けて固まったような丸みを帯びている。毛が抜けているところも多々あり、素肌が露出している部分も液化して固まったような跡がある。酸性雨に耐性がない証拠だ。
地面に転がっているのは、腹の裂けた人間か。乾燥した血だまりの上に、食い荒らされたような臓物と四肢を散らばせて横たわっている。
だが、どう考えても人間がドームの外に生身の姿でいるわけがない。あれは精巧に作られた自動人形。ほとんどクローン人間と変わらないタイプのロボットだ。
廃棄物収集運搬には特異宇宙線被爆の危険が伴うため、幾度となく人間の手ではなく機械や自動人形の手で行う実験が繰り返された。結果は、未だにこの仕事が人間の手を離れていないことを見れば明白だろう。
七本足の鹿は、腐敗した自動人形の肉を痩せこけた顎で千切り、食べていた。それがふと顔を上げ、トラックを目撃する。と、鹿は人形に目もくれず一目散に逃げだした。七本の脚を不器用に動かして弱々しく。五歩歩くと倒れて、もう五歩歩くとまた倒れる。成長した鹿だというのに、七本の脚を制御できずもつれている。なるほど、あれではなかなか餌にありつけないわけだ。
ああいう動物に遭遇するのは稀ではない。七本足の鹿、五眼の烏、足の一本が腹から突き出た四本足の猪など。いわゆる畸形と言っても遜色ない動植物はこの外界において珍しくなかった。
オゾン層は破壊され、地球を守るものは何もない。その結果、宇宙線や紫外線は地表へと素通りする。特異宇宙線がいつごろから観測され始めたのかは定かでないが、それが畸形の原因であると考えられている。
ジク、と右腕が痛んだ。防護服に包まれた右の手首に、左手を添える。鈍い痛みはすぐに引いた。汗がどくどくと流れるような痛みではない。気付いたら少し重たい、すぐに忘れる程度の痛み。
けれど、あれらの動物を見るだけで胸のわだかまりが鎌首をもたげるのだ。私だって、あいつらと同じ存在なのだと。あれほど狂気な見た目はしていないものの、健常の人間から見れば訝るべき外れ者、異端者であるのだと。
違う生物。関わってはならぬ者。そんな視線も珍しくはない。仕事上付き合ってはいるが、唾棄すべきドームの不純物。
あの女性の視線のように。私もまた、外界の動物と同じ蛭子の子なのだった。
だから、あの娘をこの場所へは連れていけない。ハンバーグが大好きで、テレビが大好きなだけのあの娘を。
もう外へ連れ出してはならぬだろう。外からやってきたあの娘を、これ以上穢してしまってはいけないはずだ。
黄昏の穢土は、彼女にとっては危険で一杯の地獄なのだから。
前方に塔の先端が見える。カーナビゲーションシステムが伝える目的地までの距離はまだ1km以上。にもかかわらず、それは一角ではあるものの姿を現した。
禍々しくも堂々たる白色の塔。天を衝かんとばかりに聳え立つ荘厳の柱。
誰が何のために建築し、どのような用途で使用するのかもわからない、前時代のオーパーツ。であればロマンチックだが、事実は現実的そのものである。オカルトでもなんでもなく、前方に映り始めた高さだけならドームよりもなお高いその塔は、人間が作り出した人工の建物。
あれこそが逆しまの軌跡を生んだ元凶。
天空を穿ち、夕闇を斬り裂いた光の砲身。
人類が技術の発展と科学の発達を目指す裡に創造した建造物。
神様により打ち崩されたバベルの塔。それが再び、時代を超えて砲身となり牙を剥く。
そう表現した奴も居たが、ようはただの射出機である。
◆
廃棄物処理場。ウェイストタワーと呼ばれる柱状のゴミ捨て場。家庭の廃棄物も、事業者の一般/産業廃棄物も区別せず、全てのゴミがここへたどり着く。
廃棄物は超高温の火炎の中に投げ込まれ、炭や芥になるまで燃やされる、なんてことはない。ゴミはただここに投げ捨てられるだけだ。
一定量がたまったら耐熱性と耐衝撃性を兼ね備えた薬剤で硬化する。その後、一つになった廃棄物が地球の重力圏を振り切り無限遠へ到達するエネルギーを受け取り射出されるのだ。
故に、ウェイストタワーをダストバレルと呼ぶ者も少なくない。
天を衝く白磁の柱。それは、廃棄物を打ち上げるための砲身なのだから。
柱の近くに到着すると、この建物の大きさが手に取るようにわかる。1000mを超える全長と、スカートのような末広がりの根元。大の大人30人が腕を広げてもまだ足りない胴径。地震が来ても、動物が突進しても決して傷つかず、どっしりと地に根を張った大樹の如き魁偉を漂わせている。
神様を撃つ砲身というよりは、天と地を繋ぐ柱だと思えなくもない。
廃棄物を打ち上げるためだけの巨大建造物。この物体が、本当にそれだけの理由で建てられたのかは定かでない。いろいろな噂はあるものの、今のところはれっきとした廃棄物処理場だ。それ以外の目的に使われる兆しは一切見えない。
けどまあ確かに、この威容の前に立ったなら、別な理由があるのではないかと夢想するのも無理はないのか。
処理場の入り口の一つの前にトラックをつける。タワーの周囲に集っていた三匹の奇怪な小動物は、しきりに鼻を動かした後に跳び上がって逃げ出した。
入り口から先は、ドームの出口とまったく同じシステムを築いている。ただし、外部から内部への経路を辿る場合は手続きが異なる。
タワーの入り口が開き、まず第三室へ招かれた。ドームの第三室にもあったように、この部屋の床には円形の切れ目がある。天井から響く機械音声に誘導され、トラックは円の中心に停車した。私が運転席から降りて円の外に出たのを確認すると、円は緩やかに落ち窪んだ。
それは円形の台座だった。トラックやトレーラーなどを地下へ送るためのリフトだった。
リフトが下がり、トラックの天井が地下へ消えると、空っぽになった床の円形の穴を埋めるように、穴の左右から半円状の板が伸びて、塞ぐ。
地下では私のトラックが洗浄されると同時に、コンテナをコンベアへ移す作業が行われている。
第三室の天井から細長いアームが下りてきた。私は部屋の中央、円形の中央に立ってアームの先端から射出される洗浄剤と強烈エアーの嵐を甘んじて受け入れる。洗浄剤とエアーは頭のてっぺんから足の指先まで、体の隅々を巡って防護服から放射線と有害物を取り除く。
指先、首、脇、胸、股の区別なく、一定の強さで害ある物質を弾き飛ばす。ブラシで体を擦られるよりは幾分か温情だろう。機械の融通の利かなさで触られれば、体中を真っ赤にされてもおかしくない。
そしてさらに温情があるとすれば、ここにはドームの出口第一室のAIが居ない。あいつがここに居たら死ぬほど喧しかったはずだ。
洗浄を終えると、第二室へ繋がる扉の上部のランプが緑色に発光した。続いて扉が開き、第二室へと促された。第三室に幾多ものアームが伸びる。それは部屋の隅から隅までを丹念に清掃するためのもの。
外部からやってきた放射線や有害物は、いくら圧をかけても完全に防ぎきれるものではない。従って、いちいち清掃するのが当然と言えば当然なのだが、人間ではやりきれないので機械に任せている。
第二室でワンクッション置き、第一室に入って防護服を脱いだ。額に汗が滲んでいる。夏に防護服なんて着るものではない。
第一室から階段を使って2階の待合室で待機する。待合室には椅子や机、テレビモニターが設置されているが、飲料系の販売機はない。部屋の奥は透明なアクリルの窓があり、そこから外の様子を覗くことが出来た。
1階の廃棄物処理施設の中心には直径40mの巨大な穴が開いている。底の見えない長大な穴で、落ちたらまず這い上がることは不可能。どこにも掴む場所がないだけでなく、そもそも誰も底を見たことがないため死は免れない。
なのになぜ、あそこから這い上がることができたのだろう。それともあれは私の見間違いだったのか。本当は落ちてなどなく、どこかにしがみついていたのだろうか。それでも疑問は山ほど残る。考えても判らないことだらけで、結局のところあんまり考えないことにした。
ゴミを腹いっぱいに食べた漆黒の闇は、宇宙空間へ向けて廃棄物を吐き出す。人工衛星から通信を受け取り、風向きや大気濃度を検出し、他の衛星や射出廃棄物と衝突しないよう計算した上で打ち上げる。二度と地球に降りてこないよう、地球の重力圏を振り切る力で。
2階から穴を覗いていると、視界の端からコンベアを流れて廃棄物コンテナがやってきた。
4つのコンテナは順番に重量を測定し、そのデータが私のタブレットへ送信される。送信されたデータは自動的に帳票に書き込まれた。そこからは私の仕事だ。廃棄物の廃棄に関する伝票は証拠物件にもなるため自ら持っておくのは心もとない。静脈とパスコードによる二重認証からドームお抱えの個人用サーバーにアクセスし、証拠として残す元データをここに保管する。コピーしたデータを事業者に転送すれば、廃棄物の廃棄に関する仕事は終了。
重量測定が終わったコンテナから、蓋を開けて中身を穴へ放り込む。隔離された2階の部屋に居ては、廃棄物が落ちた音は聞こえない。まあそもそも、1階に居ても聞こえることはないだろう。空っぽになったコンテナは折りたたまれて、平らな板と化して戻っていく。
全ての作業が終わったことを確認して、椅子から立ち上がった。
どうやらまだ廃棄物はいっぱいでないらしく、打ち上げの瞬間を見ることはできないようだ。
それならそれで構わない。急いで帰る支度をして、コンテナが戻り次第すぐに出られるようにしよう。
家に帰る前に昼食を買わないといけない。どこかで、見たことのない美味しそうなハンバーグがあればいいのだが、なければ昨日と同じもの以外で、良さそうなものを買おう。
あの娘に逢うまでの私は、食事に関して物凄く無頓着だったことを思い出す。出来合いとはいえ、料理と言えるものを食べることはほとんどなかった。栄養が補給できればそれでよく、見た目なんて気にしたこともなく。
そのためか、食べ物のことであれこれ考えている今の時間は、私にとっては不思議で仕方がなかった。
けれど不愉快ではない。それだけは確かな実感だと思う。
◆
初めて入るマーケットはそれほど大きな店舗ではなかった。生鮮食品売り場、加工品売り場、飲料売り場、生理用品売り場と、必要最低限の売り物が所狭しと並んでいる。ピーク時にはかなり窮屈になると予想されるが、今まさにピーク時だというのに人の足はあまり多くない。
作業着の私は根本的に浮いているようだ。数少ない客の視線がエキセントリックな新顔を値踏みするように動いている。
天井の明かりも決して明るいとは言えず、生鮮食品を扱うマーケットとしてはかなり致命的と云える怠慢をやらかしている。
品揃えは悪くないが並べ方が最悪だ。商品と商品が重なり合って陳列されていて、いちいち退かさなければ手に取れない。しかも商品の下に別な商品があることもざらで、小型電光板には商品名が表示されているのに棚にはない、掘り起こしてようやく見つかる、なんて面倒な手続きを踏まなければならないのだ。
このマーケットは通常業務を行う人間、或いは自動人形や専用ロボットは存在しないのだろうか。
家では同居人が腹と背中をくっつけて待っているというのに。
しかしやはり品揃えは豊富で、ハンバーグも意外と種類がある。基本形からチーズイン、ドミグラスに塩麹、肉の種類も豊富だしたくさんの野菜入りというものもある。
『No.89ドームの農園で育った栄養満点のクローン牛! 美味しい煮込みハンバーグ』
という謎の歌い文句が目線の位置にあるモニターに映し出された。売れっ子のタレントが大仰に驚きびっくりするほど長たらしい味の感想を述べている。
いずれにせよNo.89ドームの肉は食べたことがない。煮込みハンバーグは定番中の定番だが、悪くないチョイスだと思い腕時計の液晶にバーコードを当てた。
軽やかな電子音が鳴り、決算を完了する。あの娘の分と私の分の二つを袋に収めた。
「あら、もしかしてクラマさん家の?」
テキトーな野菜でも買って帰ろうと考えていたところに、陽気な女性の声が重なった。声のした方を向くと、そこには中肉中背で少し膨よかな人が手を振って立っていた。
目じりに寄った皴や口角の上がり方からして、人の良さそうな女性だ。いつもにこにこしていて人当たりの良い人間なのだろう。
見上げた女性は私と目が合うと花開く様にパッと笑った。
「やっぱり! クラマさん家のアマネちゃんでしょう!? ちょっと見ない間に随分大きくなったじゃない! 顔つきも逞しくなって、みんなの憧れの女性って感じ!」
ぴょんぴょん跳ねるように近づいて来る女性。名前は一切わからないし顔も記憶にないが、向こうはこちらを一方的に知っているようだった。随分見ない間ということは、おそらく物心つく前か、記憶にないほど昔に交流があったのだと推測できる。
こちらが思い出せない顔を作っても、昔の知り合いに出会ったことが嬉しいのか、女性はお構いなしに捲し立てた。ほうれい線の浮き出た口は、脂がのっているように滑らかに動く。
「やだ、そんなに私のこと思い出せない? アキヅキって名前も?」
「はぁ。すみません」
「まあクラマさん家と面識があったのはずっと昔だったものねえ。アマネちゃんがまだこんなに小さかった頃なんだけどね、ご両親が仕事に出掛けて、一人で外で遊んでいた時は何度かうちの息子と一緒に遊んでたのよ? うちの子はまだアマネちゃんほど大きくなかったから、すっごく甘えちゃって。その頃から思ってたのよねぇ、アマネちゃんは絶対に頼りがいのあるカッコいい女性になるんだって。そしたらどう? 私の想像以上にいい子になってぇ!」
女性はころころ笑いながら、時々手の平を胸の前でひらひらとはためかせる。
「うちの家族はみんな大きくないんだけどねぇ。アマネちゃんうちのお父さんくらいあるんじゃないかしら。近くにも見上げるような人はいないから新鮮よねぇ。あ、そうそうアマネちゃんご両親は元気にしてる? この辺りに住んでたらいつかご挨拶に伺いたいわよねぇ」
「両親は三年前に亡くなりました」
「あらそうなの? ……ごめんなさいね失礼なこと聞いちゃって。内容は知らないけど、大変なお仕事をしているって話だったものねぇ。アマネちゃんも寂しいでしょうけど負けないように頑張ってね。私も応援してるから」
外行きの感情表現だった。女性も会話の流れとして痛ましい表情をしているが、心がこもっていないことは誰にでもわかる。当然、心を籠めなければならないわけでもない。人間は誰しも状況に応じた表情や感情を出せるものだ。だからこそ、ロボットにも感情表現をプログラムできるわけで。
この女性はそれが巧い。人生経験もそうなのだろうが、人心掌握の術でもあるのだろう。
「それにしてもアマネちゃん平気?」
「何がです?」
「夏なのに長袖なんて。しかも手袋までして。暑くないの? 仕事着とはいえお昼くらい融通利かせてくれもいいのにねぇ」
「仕事で怪我をしましたので。自分で見ても気持ちの悪い傷つき方をしているので隠しているんです。不快にさせたなら外しますが」
「いいのよ気にしなくて、ちょっと気になっただけだから。なんていうの? 体が変異する病気ってあるらしいじゃない? ゴミ処理する人がなるっていうらしいけど、そういう人はみんな体を隠しているんですって。アマネちゃんは昔から頭も良かったしそんなわけないわよねぇ。おばさん失礼な勘違いしちゃって。私の息子ももうすぐ働くか大学に行くかの分かれ道なんだけど、ちゃんと大学に行って勉強した方が絶対に良いのよねぇ。あ、アマネちゃんは違うのよ? ご両親が亡くなったんだもの、逆に偉いわよぉ。息子にもきっちり言い聞かせないとね。ちゃんと親孝行なさいって。ちゃんと言う事聞いて勉強しないと、体を隠して生きていかないといけなくなるのよってね!」
「そうですね、勉強は大切です。培った知識は意外と裏切りませんから」
「その通りよ今の言葉息子にも聞かせてあげたいわぁ!」
女性はそう言うと、ニコニコと悪びれもせず頭を下げて離れていった。当然か、女性は何も悪いことは言っていないのだから、悪びれるも何もない。彼女は世間一般に流布している大多数の『正しい』意見を唱えているに過ぎない。そして、多くの人は彼女の言葉を否定しない。
つまりは、ドームにおいての総意。隠すことのできない普通と異常の境界線。それを浮き彫りにするのは政治家ではなく、大多数の一般市民なのかもしれない。
ふらふらと揺れる女性の肘から下がった袋。その中には完全栄養食であるオートミールや固形栄養食が入っている。米や野菜、魚やハンバーグといった食料ではなく、効率と早さを追求したものだ。
オートミールや固形栄養食は、一日分の栄養と満腹感を同時に得られる世界で最も優れた栄養食である。どろどろのオートミールが気になるなら固形栄養食にすれば良い。どちらも満腹中枢を刺激する物質が含まれているので、一分足らずで食事を終えながら一食のみで翌日まで腹を持たせられる。
食事に楽しさは必要ない。重要なのはバランスの取れた栄養を摂取できるかどうか。死ぬまで健康であるために、年齢や体調に応じた栄養食が用意されていて、まさに鉄壁の布陣。実際の所、一般庶民に最も売れている食品がそれだった。
一日に取るべき栄養を瞬時に摂取でき、一食だけでお腹も空かないし不快な満腹感もない。それでいて価格もリーズナブルで誰にでも手が出せる。不味いわけでも美味しいわけでもないのなら、誰でもそちらに流れるはずだ。
「さて、野菜野菜」
気を取り直して、生鮮食品売り場へ足を伸ばす。変に時間を食ってしまったが、もう少しで帰ることができそうだ。
どうせすぐに午後の仕事が始まるけれど、まずは腹ごしらえと気分転換としよう。
◆
家の中では行き倒れが一人、廊下の途中でぶっ倒れていた。背中が上下しているのを見るに、死んではいないようだが冥途を彷徨っているところは想像に難くない。
もうすぐ戻るからと連絡してから一時間強。律義に何も食べずに待っていたのかと思うと可愛いと思う反面もう少し融通を利かせてもいいと思う。軽い菓子くらいは摘まんでおいてもよかったのに。
「ナオ、帰ったよ」
その瞬間、水の中に沈んだ動物が陸上へ帰還するかのように、上半身を反り上げて身体を起こした。
砂金を敷き詰めたような金色の髪の毛が流れる。華奢な腕を振るわせながら体を支え、ナオが玄関口に立つ私を空色の碧眼に収めた。
ナオの双眸は何か眩しいものを見るかのように細くなる。それこそ暗闇に射した光明を見たのかもしれない。どこにあるのか知らないが。
「も、戻ってくれた、かよ……」
「誰? ものすごいぷるぷるしてるけど」
「ひたすら、ひたすらに、待ち続けたぞよ。腹と背中が引っ付いても、儂は決してお菓子を食べなかった。なぜならもう少しで、お昼ご飯だから。お昼ご飯、ハンバーグが食べられなくなってしまったら……それこそ本末転倒、故……」
腹が減って死にかけているナオは、萎れた花を連想させた。ぷるぷる震える矮躯は老衰したジジイのそれだが、なかなかどうして言い得て妙だ。喋り方もなんだかジジイみたいだし。
「しかし、なぁ……ようやくこの時がやってきた。ようやく、ハンバーグにありつける。その袋に入っているもの、ハンバーグであろうに。ありがとう、これでようやく――」
「その前に私シャワー浴びるけど」
「待てや!」
「何よ」
「可愛い同居人がお腹を空かせて数時間も待ってたんだよ!? 目の前には、なんだ、ええっと――あ、煮込みハンバーグじゃん☆ そう、煮込みハンバーグがあるのにこれを前にして我慢を強いるのか!?」
「シャワー浴びて来るからその間に食えばいいんじゃないの?」
「せっかくさぁ。せっかく一緒に居るのに別々に食べるなんて、そんな悲しいこと言わないで欲しいよあたしは」
「じゃあ我慢しなよ」
「ええ……」
「オートミールでも食べる?」
「お慈悲を、お慈悲を……」
ナオはずいぶん愉快な土下座を最速で打ち込んだ。彼女にとってオートミールは地獄の食べ物であり、人間の食する料理ではないとまで言わしめた唾棄すべきゴミである。
なので、オートミール食わせるぞと言えばだいたい黙る。彼女にとってオートミールとは不味いだけではなく生物兵器であり拷問道具なのだから。
まあ、私も反省しているところはある。両親も亡くなり、他人に対して何を食べさせていいのかもわからず出したのがアレだったのだから。アレを口に含んだ時のナオの表情は今でも覚えている。
金色の髪の毛が眩しくて、長い金色の睫毛の下に隠れた空色の碧眼は吸い込まれてしまいそうなほどに深い。赤子のように赤い頬と小さな顔、年齢不詳だが12歳くらいの身体の可愛らしい女の子。それが、絶句と驚愕と苛烈な醜怪に元のパーツが分からなくなるまで表情を歪ませたのだ。
オートミールを見たことがなかったのだろう。出された料理に対して朝日のような朗らかさで感謝の意を述べた直後にそれが起こった。彼女にしてみればその瞬間に私は明確な敵となり、私は彼女の落差が面白くてつい噴き出してしまったものだ。
当然、ナオにしてみれば笑い事ではなかったはずだ。
ナオはぺたぺたと小さな足で廊下を歩き、居間の食卓についた。椅子をカッタンカッタン揺らして、私を見上げながら催促する。
「速くシャワーシャワー! ご飯も炊けてるしあとはバーグをレンチンするだけなんだから!」
「だから先に食っててもいいってば」
「やだ。一緒に食べたい!」
「……わかったよ。すぐ出るから、座るときくらい静かにして」
「速く出てきてよね! 今日はテレビ全然面白くないんだから!」
今日の民法は全てサミットの映像で埋め尽くされている。子供が見ても面白いものではないので、彼女も文句も理解できる。
と言いつつも素直に椅子に座ってテレビを見始めたナオ。それを横目に、私は居間と直結する脱衣所へ向かった。
作業着とシャツと下着を脱ぎ捨てると、私の身体の異常が露わになった。
ゴミ処理をする人は体を隠さなければならなくなる。女性はそう言っていたが、必ずしもそうではない。隠さなくても良いなら隠す必要はないが、無駄な諍いを生むくらいなら隠しておいた方がいい。
それがこの業界の鉄則。
私の身体は家の中くらいでしか露わにならない。外出するときにはどんなに近くても隠す。それが最も波風を立てない方法。
体の芯までジクジクと響く熱いお湯を頭からかぶる。湯気の立つ風呂場の正面に設置された鏡には胸から下の部位が映り込んでいた。
ほとんど普通の女性の身体と変わらない。胸は少し小さめだが仕事の邪魔にならないのでちょうどいいくらいだ。肉体作業ではないため筋肉はそれほどついていないものの、太ってはいない。
そして、私の右腕には異常がある。指先から肘にかけて、膚が炭のような黒色に変色しているのだ。痛みはほとんどないし、感覚もある。シャワーの温度を熱いと感じるし、冷たいコップを持てば涼しく感じる。挟めば痛いし、赤い血も流れている。
ただ――黒い。右腕以外の素肌は黄色人種らしい色をしているのに、そこだけが切り取られたような異様な黒さを誇っていた。
右腕を持ち上げて、自身の視界に収めてみる。手の甲も掌も、爪の隙間も余すところなく変色していて地肌が見えない。
七本足の鹿を思い出す。特異宇宙線の影響(と云われている)により肉体が変化した動植物が外の世界に蠢いている。姿形まで変わらずとも、私たちも結局はあの動植物と同じ。
陰ながら蔑まれる職種であり、心無い人間から畸形なる言葉を投げられていることも知っている。まあ所詮は陰でささやかれているに過ぎないこと。直接殴られたら殴り返すが井戸端会議程度なら流せばいい。
だから、その程度のことに何も思う所はない。ゴミ処理業者の寿命が短いのもどうでもいい。ただ、あの娘はどうするのだろう。今もハンバーグを楽しみにしている小さな少女は、私があと一年しか生きられないことを知ったら。
出ていくこともできないはずだ。あの娘に生活能力はない。馬鹿にしているわけでも見下しているわけでもなく、12歳くらいにしか見えない少女にたった一人で陽の下を歩かせることはできないだろう。
この右腕を切除したところで、私の身体を蝕む毒は消えない。特異宇宙線が体を侵したからこその肉体変異。身体の一部分だけが変異しただけなら、斬り落とせばそれでいいかもしれない。だがそと問屋が卸さない。患部を落としたところで毒は全身を蝕んでいるのだから意味がないのだ。
現代の医学では治すことも遅延させることもできない毒。結果、私はあと一年で死ぬことが約束された。そしてナオは一人になる。
覆すことのできない現実は、目の前を暗くした。彼女の明るさに助けられていても、その陽射しを私の手で閉ざすことになるかもしれない。
いや、それは違うな。これはただの御為倒しだ。ナオは、私が居なくても生きていけるかもしれないし、私の存在はそれほど大きくはないのかもしれない。
考えれば考えるほど訳が分からなくなるので、わざと考えることはしなかった。あと一年あるのだから、ゆっくり考えるとしようと、何度も自分を騙し続けた。
熱いシャワーを全身に浴びて一息ついた私は、待ちくたびれたと言わんばかりのふにゃふにゃの表情で待つナオのため、昼食の準備に取り掛かる。
家の中では腕を隠す必要がない。私は下着一枚と簡素なシャツだけを着てテーブルに黙々と食器をそろえる。
出来合いのものばかりだが、それでも私の中ではある程度考えた方なのだ。そもそも、わざわざ料理を作るよりも総菜を買った方が時間効率も栄養摂取のバランスもいい。ハンバーグだって塩分過多にならないよう考えて作られている。
レンジに入れて10秒で出来上がった熱々のハンバーグを皿に盛りつけると、ナオはその湯気を顔面に浴びて顔をほころばせた。子供みたいな表情だった。
「おっほ♡ こりゃふっくらジューシーな見た目をしとりますなぁ! 体の中に旨味と油を溜め込んだ、卑しい体をしちょる。熱々の肉を押し開いたとき、どんな声で啼くのか楽しみじゃわい!」
「ナオ、私のパソコンでエロ動画でも見たの?」
「えろどうが?」
「いや、知らないならいい。いやいや、知らないのにそんな台詞がすらすら出てきた意味がわからない」
「食べても良い?」
「どうぞ」
「いただきまーーす!」
ハンバーグの天辺にフォークがオベリスクの如く突き刺さり、瑞々しい肉汁が溢れかえった。フォークを倒してハンバーグを二つに割ると、涎のようにどくどくと流れ出る。
ナオは口が小さいので大人サイズのハンバーグをそのまま食べることはできない。一口サイズに細かく切って、フォークで丁寧に口に運ぶ。熱い肉の塊が口の中で溶けているのだろう、幸せそうに眼を閉じて頬に手を当てている。
「召されるような美味しさ。まさしく紛うことなきベリーグッド。命の恵みが体の中に広がって、ジューシーな『生』を実感する。ああ、そしてハンバーグを食べるといつも思い出すの。初めてアマネの料理を食べた時の事。あたしは知らなかったから、げぼがこの世界の当たり前の食べ物なんだと思ってた。けど、あれは人間の食べ物じゃなかったのね」
「あの頃の私の話だ。普段から食に対して頓着はなかったから、腹が膨れて栄養があるならオートミールでもよかったんだよ。安いし」
「だからあたしは、アマネに本当の料理を教えるために遣わされた使者なのよ。世にハンバーグのあらんことを」
「野菜も食べろよ」
「はい」
素直にナオは腕を一杯に伸ばして野菜を刺した。葉の大きい野菜で、フォークでは意外と取りやすいようだった。
もちゃもちゃと野菜とハンバーグを同じ口の中に放り込む意味不明な舌を持つ女、ナオ。ドレッシングとかハンバーグに移って気持ち悪くならないのだろうか。美味しそうに食べているから本人的には無問題なのかもしれないが。
舌に関して言えば私もナオのことを言えないので黙っておく。
ナオが言ったように、彼女と出逢う前の私は食事に無頓着で、毎日オートミールと固形栄養食を食べて生きていた。
満腹中枢を刺激する化学物質と、ただひたすらバランスよく栄養が配合されただけの食料。それが普通のことだと想っていたのに、ひっくり返ったナオを見てハッとした。両親が生きていた頃、彼らは私にオートミールなんて食べさせていただろうか。時間がないときは食べていたかもしれないが、基本的には生鮮食品売り場で買って来た食材を切って、焼いて、炒めていた。それが当たり前の家庭なのだからと、彼らは一般的に言えば無駄な作業をしていたのだ。
忘れていたものを、ナオは強烈な印象と同時に思い出させてくれた。私には料理を作る技術はなく、出来合いのものを買うくらいしかできない。けれど、これはこれで小さな一歩なのだと思いたい。
フォークを握る右手は、相も変わらずドス黒い。どれだけ心地の良い時間でも、これはいつだって私に現実を突きつける。
あと一年。あと一年で、私はナオに何を残してやれるだろう。ハンバーグを口いっぱいに頬張ってにこにこ笑う彼女に、私は――。
「アマネ?」
「なに」
「今日、何かあった?」
口の端っこにソースをつけたままもぐもぐ咀嚼しているナオは、眉を下げてその碧眼を私に向けていた。薄い桜色の唇が脂のせいで艶やかに光っている。それは分相応にワンパクな印象を与えながら、分不相応にどこか色気づいているようにも見える。
ナオの思慮深さ、観察眼の鋭さも相俟ってのことだろう。
フォークを置いてテーブルのナプキンを手に取り、ナオの口元を拭った。自分では優しくやったつもりだが、乱暴になってしまったらしくナオは目を瞑り「うっ、うっ」と呻きながら身を委ねている。
「なんでもないよ」
「そう?」
「ああ。変な気ぃ遣ってるとハンバーグ冷めちゃうぞ」
「それは一大事だ!」
「だろ?」
そう言うと、ナオはケロッと忘れて食事に戻った。そういうところも子供らしい。
小さな指先がフォークを懸命に握り込み、ハンバーグをサイコロみたいに切りながらなくしていく。私の言う事を律義に守り腕を伸ばしてテーブルの中央の野菜にもフォークをぶっ刺す。
私には腕の長さの余裕があるので、野菜のお皿をナオ側に寄せた。
もっと食べろって意味か?
もっと食べろって意味だ。
という視線の攻防を繰り広げ、根負けしたナオは脚をぱたぱた振りながら肉と野菜を放り込んだ。
普通の家庭の風景がここにある。ここには自動人形もオートミールもなく、総菜で作ったものだけで笑顔になるヒトがいる。
こんな私でも、あと一年しか生きられない私でも。
その間は、彼女に暗い表情はさせたくない。悲しい気持ちを抱いて欲しくはない。私はヒーローじゃないし、理不尽な世の中から彼女を遠ざけるのにも限界がある。
だからせめて、私の出来る範囲で、手の届く範囲でナオの朝日の笑顔を護りたい。そのためにも今は、仕事を途中で降りるわけにはいかないんだ。
先のことは正直言ってわからない。期限の決まった人生において、それでもナオをここに置いておくのはある意味無責任に映るかもしれない。
それでも私が、他の誰でもない此処に居る私が、キミのことを護りたい。
◆
腕時計がアラームを発し、微睡みから覚醒を果たす。完全な眠りではなく、どこかで意識のある仮眠程度のものだったが、午前の疲れはある程度抜けてくれている。シングルベッドには私の他にナオが隣で眠っていた。アラームをすぐに切る。ナオは寝返りをうっただけで、小さな胸を一定のリズムで上下させながら深い眠りについていた。
はだけたタオルケットを元に戻し、起こさないように努めて静かにベッドを降りる。コップ一杯の水道水を飲み、作業服に着替えて準備を整えた。
時刻は昼の2時を回っている。個人営業のような会社なので、時間には意外と余裕があった。しかしいくらか急がなければ間に合わないかもしれない。
右手に手袋をはめ、外出の準備をする。最後に居間を振り返り、ベッドで眠りこけるお姫様のご尊顔を拝した。おもちのような頬はまるで赤ん坊だ。それでいて閉じた瞳の長い睫毛はご令嬢のソレ。小さな一部屋の中に、場違いな玉体が存在している。
ナオの膚と安らかな表情を目に収めて、私は家を後にした。帰ってこられるのは夜になるかもしれない。遅すぎるとまたナオの文句が始まるだろう。
それもまあ、不思議と嬉しいもので。
ガレージの門がゆっくりと上に持ち上がった。車庫には業務用のトラックが二台、仕事量に合わせて大きさの異なる車両が格納されている。午前は小さい方を使ったが、午後はコンテナが6つ収納できる大きなトラックを使う。
門が開ききった直後、頭上に巨大な陰が射した。見覚えのある丸みを帯びた陰影。見上げると、予測通り大空を飛行船が通過している。
飛行船は飽きもせずサミットの映像を流す。各統括ドーム首脳という堂々たる顔ぶれが、テレビ用の笑顔を作って手を取り合っている映像だ。マスコミはこれを湛えて喝采の声をこれでもかと録音し、放送する。
緑の50年戦争という過去の大戦争がどれだけ人類の未来に影響を与えたのかは定かでない。学校で習えるのは後世の歴史家による解釈でしかないからだ。証拠となる物件も、実際の所どこまで信用していいのかわからない。
900年前の戦争なんて、私たちには実感の薄いもの。当事者意識も当に消え失せ、みな過去を意識せず今の時代を生きている。
私にとっても同じこと。過去の真実よりも今日の仕事をやり切ることの方が大切だった。仕事をしなければ生活ができない。自動人形に仕事をさせようにも金銭的な余裕がない。
従って、私は私のやるべきことを懸命に続けるだけ。
今日も明日も明後日も。より素晴らしい未来というよりは、より堅実な明日を願って生きている。
「さて、もう一仕事行きますか」
声と同時に、トラックのエンジンが駆動した。待ってましたと言わんばかりの、幸先の良い嘶きを掲げて。
◆◆◆
ラウワス暦855年。涼しいながらも熱気を帯びたある夏の日の出来事だった。