少年の世界は暗転し、でもそれでも生きる。
※少年は願い、少女は求めるシリーズ第18弾
「ルイス」
「ねぇ、ルイス」
「ルイスは―――」
俺はルイス・アブルスト。
アブルスト家の当主である兄上とは従兄弟で、アブルスト家に住んでいる。叔父さんと伯母さんと兄上と義姉上と、その子供たちと一緒に暮らしている。あと俺の奥さんであるアルノもだ。アルノとの間には子供はいないけれど、兄上の子供たちがいるから寂しくはない。でも下の子供が家を出て冒険者になった。冒険者は……貴族がなるような仕事ではない。だから、兄上たちは反対したけれどやりたいと去って行ってしまった。
それに上の子であるリュシュエルは兄上に反抗的になってきているらしい。どうして家族で仲良くできないのだろうかと悲しくなる。
兄上も義姉上も子供のことを本当に可愛がっていて、俺やアルノも我が子のように可愛がっているのに。そう考えると悲しいと言ったら「そうだよな。どうしてあいつらは――」と兄上は同意してくれていた。
俺は幸せな日常を過ごしていた。
何不自由のない、幸せな生活。俺は只、のんびりと過ごしていた。
だけど、そんな日常はある日暗転した。
「――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあ」
突然、叫び声がして目を覚ます。俺の妻であるアルノが信じられないものを見る目で俺を見ていた。
どうしたんだ? と驚いて問いかけた。
「………ああ。どう、して」
「どうしたの? アルノ?」
「………ふふふ、あはは……」
アルノは泣き出しそうな顔をして、その後、どこかおかしそうに笑って。そのまま寝室から出ていってしまった。何が何だか分からなかった。
アルノを追いかけて寝室の外に出る。
使用人たちが、何故か俺を見てひそひそとしている。どうしたんだろう、と思って近づいたら去っていった。どうしてだろうと、悲しくなった。
アルノも、俺に何も言わずにどこかにいって。使用人たちも俺が話しかけるとどこかにいって。なんで、俺が話しかけているのにって。悲しいと思った。
「アルノ! 自分を責めるな。俺達だって――」
「……とりあえず、私、実家帰ります。ごめんなさい、本当に」
「……ああ、すまない」
声が聞こえた。アルノが実家に帰ると言っている。どうして。あんなに切羽詰まった声で、帰りたいんなんて、どうして。どうして、アルノは。俺の妻なのに。
「……父上たちもようやく気付いたのか。異常性に。でもルイス・アブルストを責めるのはやめるようにしてもらいたい。神様からも説明はあるだろうけど、ルイス・アブルストだけのせいでもないんだから」
リュシュエルの声が聞こえてきた。リュシュエルは何を言っているんだ。異常性ってなんなんだろう。異常なことなんて今まで何もなかったのに。今の現状の方が異常なのに。みんなの様子がおかしいのに。俺のせいではないって、神様って、なんのことなのだろう。
「リュシュエル、お前はいつから―――」
「俺はそうですね、ずっと、そう、ずっと昔から知ってましたよ。俺は生まれる前から、異常な現象を知っていたから」
「それは、どういう――—」
「父上、その話はまた今度にしましょう。それよりも、ルイス・アブルストの件です。これからどうするつもりですか」
俺をどうするのか、という話し合いをしている。どうして? 俺は何もしていないのに。俺はいつも通りにしていただけなのに、どうして。
「どうするもなにも、ここからは出ていってもらう」
「それは当然のことだろう。ただ出ていってもらうにしてもどうするのかという話だ。神様側に対応を任せるということも提案されている。俺はそれが一番良いと思う」
俺が出ていくのが当然のこと。それを当たり前のようにいう兄上とリュシュエルが分からなかった。
俺はその話を聞きながら、思わず後ずさってしまった。そして音を立ててしまった。皆が、俺に気づいて驚いた顔をした。いつもの優しい顔は全然ない。俺を怖い目で見ている。アルノは「……私は帰ります」といって俺の顔も見ないで去っていってしまった。どうして。
「……なんで、酷いこと」
「ルイス・アブルスト。貴方に悪気がないことは俺たちはわかっている。貴方はある意味被害者だ。だけれども、貴方が何人もの人生を踏みにじってしまったのは事実だから」
「……人生を踏みにじった? そんなこと、俺はしていない!」
「しているさ。自覚はなくても。今まで貴方は誰かの人生を踏みにじり、それが当たり前だった。そして誰かから奪ってしまった幸せを当たり前のように教授していた。それも仕方がないことかもしれない。ただ、これから貴方は、そんな風には生きられない」
リュシュエルが、憐れみを込めた目を俺へと向けている。どうして。
「これからは優遇されることもない、他の人と変わらない評価を受けていくことになる。俺は貴方のことは好きではない。だけれども、憐れだとは思う。父上たちも、もう貴方を受け入れはしないだろう。貴方は貴方のためにも、新しい場所で、自分の手で、自分の場所を掴み取るべきだ」
リュシュエルがいっていることが良くわからない。兄上たちも俺を受け入れないとはどういうことなのだろう。分からない。
「貴方は、まだこの意味が分からないかもしれない。けど、これから貴方はこの言葉の意味を知るだろう」
リュシュエルはそういった。
そしてリュシュエルの配下のものたちによって、茫然としていた俺は自室に連れられた。
意味が分からない。何が起こったか分からない。分からないまま翌日、俺の前には神を名乗る女性たちが現れて、説明したことはこうだった。
俺は、とある神から力をもらっていたらしい。それは、身近にいる人の評価を奪ってしまうものと、人を魅了するといったそういうものであると。聞いていてもよくわからない。
俺は、その能力のおかげで今まで幸せだったのだと。よく分からない。
今までの俺の幸せは、その力によってつくられたものだと。意味が分からない。
その評価を奪う能力で、俺はディークの、評価を奪っていたのだと。頭がくらくらする。
アルノは俺をディークと思い込んで結婚し、兄上たちはディークと俺を同一視し、俺を大切にしていたらしい。聞かされても意味が分からない。
呆然としたままの俺はその神様たちによって、全然知らない場所に連れていかれた。そこで新しい人生を歩めと投げ出された。神様たちが手配してくれたのか、旅芸人の一座は俺を受け入れてはくれた。だけど、彼らは俺には優しくなかった。すぐに怒ったりする。だけど、俺がそれで泣いても慰めてもくれない。
「お兄ちゃんは大人なのにどうして泣いているの? 悪い事、怒られるのは当然だよ?」と、一座の子供にまで言われた。そういうものらしい。当然なんだって。
でも、俺は今まで怒られたことなんてなかった。でもそれはあたり前ではないということを、生きてきて初めて知った。
俺は知らなかったことがたくさんだった。
それを今の生活で知っていった。これまで全然知らなかった。
俺の人生は確かに、リュシュエルがいっていたように今まで優遇されていたのかもしれない、って初めて思えた。
今までのようには生きてられない。それは実感した。実感して、辛かったけど。辛いと思ったけど、頑張ろうって、俺はそう思ったんだ。
――――少年の世界は暗転し、でもそれでも生きる。
(少年の世界はある日暗転した。今まで通りに生きていけないことを自覚し、だけど頑張ろうと決意する)
というわけでようやくここまできました。このシリーズはあと二つで終わる予定です。
ルイスの魅了はとけて、その結果環境は変わります。だけど、ルイスは本当の意味で自分がどういう存在であったかとか、ディークの何を奪っていったかを今はまだきちんと理解できていません。そんなわけでディークへの謝罪とかではなく、頑張ろうという気持ちの方が強かったりします。
これからルイスは現実の厳しさとか色々実感していくことにはなるだろうと思います。