第6話 賢者のキス
ブックマーク励みにさせていただいています。ありがとうございます。
セイコさんを置いてきて正解だ。救護室の中は想像を絶するものだった。多くの人々の死に様をみてきた私でも逃げ出したくなったほどである。
でも私の『治癒』魔法はセイコさんよりも少しだけ酷い怪我にも対応できる。この状況下で出し惜しみするつもりは無い。
「ダメ! 本当にダメだ、君が見て良いものじゃないんだ。分かってくれないか?」
私に気付いたサンジェーク陛下が突然椅子から立ち上がってこちらに向かってくる。
「私は中級レベルの『治癒』魔法が使えます。お役に立てると思います。それに『鑑定』スキルのことは、ご存知でしょ。傷の見極めもできますから、ご安心を……。」
「こんなもの。君に見せたくないんだ。なぜ分かってくれない。」
バシッ……私は思わずサンジェーク陛下の頬を引っ叩いてしまう。
異世界の友人だった彼女なら『威嚇』スキルで黙らせることもできるだろうが、そんな魔法を使う魔力が勿体無い。そのまま、負傷者の集団が居る方向へ歩き出す。
「なっ……。」
今まで人に叩かれたことなんて無いのであろう。まるで『威嚇』スキルで硬直しているように微動だにしない。もう成るように成れだ。こんなバカを相手していても仕方が無い。
*
「では治療致しますので、傷口を見せて頂けませんか?」
近くに居た負傷者に声を掛ける。私とサンジェーク陛下のやり取りを見ていたのだろう。棒立ちだった身体を私のほうへ向ける。
「私は……。」
「何。貴方も私に仕事をさせない気。それとも叩かれたいのですか?」
私の態度に鬼気迫るものがあったのか。私の優しさが伝わったのか。素直に包帯を取り外す。『鑑定』スキルを使ってみると僅かに私の『治癒』魔法では傷口を塞げない大きさだった。彼は、これが言いたかったらしい。
だが私も後には引けないので奥の手を使う。『箱』から中級のHPポーションを取り出すと少し口に含み、傷口に唇をあてて口の中のHPポーションを注入する。そして傷口に手をかざして2度『治癒』魔法の呪文を唱える。
もちろん『知識』スキルで探し出した方法で問題無いのは分かっていたのだが、日本人として口の中のバイキンを注入するようで気持ち悪い方法なのだ。
「……凄い。ありがとうございます。流石は聖女さまだ。」
傷口が塞がったのを見た彼は感嘆する。それを見ていた周囲の負傷者の集団は自然に2つに分かれる。普段から命のやり取りをする彼らは、私が治せる限界が大体分かっているようだ。
私は心の中で後ろに下がっていく集団に謝りながら、次々と差し出される傷口を『鑑定』スキルで判断しながら、先ほどの方法と普通の『治癒』魔法を使い分けながら治療をしていく……。
二十名ほどの負傷者を治療し、残りは後で治療しても大丈夫そうなところまで終わったタイミングで、サンジェーク陛下より声が掛かる。
「すまんが、彼らもお願いできないだろうか。」
相当な葛藤が陛下の中であったらしい。歯を食いしばりながらも頭を下げてくださる。こういうところは大人で魅力的だ。
*
別室に案内された私は、その光景に絶望してしまう。これはダメだ。そこに2人の男たちがまるで死者のように真っ白な顔で横たわっている。1人は腕がちぎれ掛けており、上級ポーションを使い止血だけはできたのだろうが、それさえも無駄に思えるほど死に瀕していた。
もう1人は偶然にも太い血管には傷がついていなかったがお腹に穴が開いており、とても上級ポーションで塞げる大きさじゃない。
「どちらか……どちらか。1人だけです。」
私は搾り出すように言葉を続ける。あの伝説級のポーションを使うしか手立ては無い。それも1人だけだ。今更、薬草園に戻って作り始めても間に合わないだろう。数時間かけてようやく成功した1本だったのだ。
誰も言葉を発せなくなっていた。ここは陛下にゆだねるしかないだろう。
そのとき……。
「団長をお願いし……。」
お腹に大穴が開いていた男が一言、喋って事切れた。
私は慎重に『箱』から、伝説級のポーションを取り出し。団長と呼ばれた男の口に流し込もうとする。だが上手く入ってくれない。
「おい!! お前! 王国騎士団の団長だろ!!! 部下の死を無駄にするつもりか!!!」
私は大声で団長と呼ばれた男に向かって叫ぶ。そのときだった。目の前の男が目を見開き、小さい呼吸だったのが大きく吸い込まれ始める。
私はポーションを大きくお口に含み、彼の唇へ流し込もうと重ねた。1度目で呼吸が和らぎ、2度目で彼を腕がくっつき始め、3度目で全てを流し込んだところで全身の怪我が完治した。
「確かに『聖女のキス』を受け取った。」
彼はベッドから起き上がると、そう言った。思わず真っ赤になってしまう。私のファーストキスを与えてしまうなんて……。