「城があったから」と言って、必ずしも……
リニア建設に絡みまして
再開発が進んでいます名古屋駅でありますが
今週。駅近くの歩道が陥没する。
と言う事案が発生しております。
報道を見させて頂きますと
水道の普及に伴いまして
地下水を汲み上げる量が減少。
水位が上昇したことが
原因の1つなっているそうにございます。
で。名古屋駅のあるところは
元々どのような場所であったのかな?
と申しますと
湿地帯。
このままですと鉄道を通すことは出来ませんので
そこに盛り土を施すことによりまして
開業にこぎつけましたのが
名古屋駅でスタートでありました。
似たような場所は
特に東海道本線に見られる傾向でありまして
最初に開通しました
新橋・横浜間にしましても
線路の通っているところは
海の上
でありました。
なぜそのような場所に
線路を延ばしたのか?
と申しますと
土地の買収費用が……
と言うのも
もちろんございますが
それ以上に問題となりましたのが
当時の鉄道の動力源は
煙を出さない電気では無かったため、
人の住んでいる場所に
線路を引くことに対する
理解を得ることが難しかった。
それ故
海の上を通すことになった。と……。
もしかすると
似たような状況であったのかな?
と思われますのが
14日に駅ナカがリニューアルされることになります
豊橋駅でありまして
この豊橋駅のあるところは
どのような場所であるのか?
と申しますと
縄文時代。
最も海が内陸に浸食していた頃の
現在の豊橋におきましても
陸地でありました
手筒花火で有名な
羽田八幡宮を含む
東西に伸びる半島の付け根に位置していましたのが
今の豊橋駅のある場所であり、
旧東海道時代の吉田大橋
現在の豊橋の南。
吉田城の西の端の外れに設置されましたのが
豊橋駅であります。
東西に伸びていました半島の付け根にある豊橋駅を
ほぼ南北に線路が走っている
と言うことは
その線路のある位置は
もと海であり、
湿地帯であった場所に
線路が通されることになったことが想像されます。
(豊橋駅のすぐ北を連絡します跨線橋のことを
「城海津」と言われていることからも
昔、その場所がどのような場所であったのかを
想像することが出来ることかと思われます。)
(鉄道は必ずしも勾配に強くないことも関係しているとは思われますが)
(思い出したかのように)
ここから信長の話に引っ張り込んでいきますと
信長もそうでありますし、
その家臣であります秀吉。
更には
その秀吉に絡み
家臣・大名が
新たに築きました城に共通する特徴の1つとしまして
水辺
と言えば
美しい響きになるのでありますが
正しくは
湿地
を活用しました城が多かったように感じられます。
当時の交通手段は
川や海を使っての舟運が重視された時代でありましたので
河口部分に城を造ることのメリットを熟知して。
であったと思われることと、
武士は重装備でありますので
乾いていない大地の移動が大変であったため、
今のアスファルト舗装されました景色からは
想像することが出来ない程、
湿地は防御に向いていた。
ただそこで注意しなければならないのは
城自体は水の被害から免れることの出来る
安全な大地で無ければならない。
……で
安土桃山そして江戸初期に
城が造られたのでありましたが
……中には
と言うところもありまして
その後の地震の影響もありましたが
長浜のように
城の一部が水没してしまっているところもある……。
(書き始めた時
思っていた結論が
脆くも崩れ去ってしまったぞ……)
……そうですね。
日本に住んでいて
安全な大地は
何処にもない。
と言うことになってしまいました。
内陸でありましても
帰雲城のようなこともありますので……。
追記 こんな私でありますが
もし可能でありましたら
下にあります
アルファポリスのバナーを
1叩きして頂けますと
……励みになります……。




