私。信長がキリスト教を受け入れた理由
私。信長
(この設定にする必要があるのかどうかもわからなくなってしまっていますが)
が生きました時代であります
16世紀は
大航海時代として
世界史に名を残した時期にあたりまして
とりわけ活躍していましたのが
スペインとポルトガルの2ヶ国
でありまして
両国による
勢力権拡大競争が激しく、
生き先々で衝突が繰り広げられていた。と……。
それでは……
で結ばれましたのが
トルデシリャス条約。
更に続く
サラゴサ条約により
スペイン・ポルトガル両国間で
切り取り勝手にしても良い範囲が定められまして
ヨーロッパから見ましての新大陸。
アメリカ大陸の優先進出権を獲得しました
スペインの手により
マヤやインカ
と言いました国が滅ぼされた時代が
日本では
戦国時代にあたる時期でありました。
その両国により結ばれました
トルデシリャス条約によりまして
ポルトガル領とされました
日本に
南蛮船と呼ばれる船が来航し、
これまで日本には無かった文物と共に
入って来ましたのが
イエズス会の宣教師。
キリスト教でありました。
最終的には
兵士を送り込む。
もしくは
日本人をイエズス会の意のままに動かせることが出来るよう
布教。
正しくは
洗脳させることによりまして
日本を名実共にポルトガル領にしてしまおう。
(1580年にスペイン王がポルトガル王となることにより
全世界がスペイン領と言う位置付けになるのでありますが)
と言いました意志を持っての来日であることに
どの段階で気付いたのか?
につきましては
正直なところ
わからないのでありますが
少なくとも今とは違い、
日本の宗教勢力も
当然の如く
武装しておりましたし、
領土も持っておりましたので
丸腰で
本当に布教のためだけで来ているわけでは無い
ことにつきましては
南蛮船と取引していた
していない
に関わらず
全ての勢力に共通した認識であったと思います。
中には
長崎の港を自身の手に残すため
港は寄進しますけど
利益はこちらが頂きます。
と言ったことを持ち出した
大村家のように
利用する。される。の関係が
長い間続いていたのでありましたが
秀吉の手によりまして
本州・四国に九州+北海道の一部
と言いました
当時の日本全土が秀吉の勢力下に治まることによりまして
兵士を持って来る
(ポルトガルも併合しました)スペインの代弁者。
もしくは
日本人をスペイン化(キリスト教徒に)させる
宣教師が
いづれ
アメリカ大陸で行って来たことを
日本でも……。
これが乱世の時代でありましたら
それを利用して勢力の拡大を図ろうとするべく
宣教師を受け入れ続けるところもあったのかもしれませんが
秀吉。更には家康(徳川家)
と1つの勢力により統一されますと
不安定要因になりかねない事柄は
極力排除していきたい
となるのは
ある意味。
自然な流れではあります。
(スペインと仲の悪いオランダが進出して来たことにより、
スペインを介さなくとも
ヨーロッパの文物が入って来るようになったことも
宣教師排除のキッカケになったことでもありますが)
では私。信長
(この設定面倒くさい 苦笑い)
は何故キリスト教を受け入れたのか?
でありますが
その時の信長が置かれた立場を考えてみますと
あの段階で
信長にとって
最も身の安全が脅かされる
宗教勢力は
少なくとも
キリスト教では無かった。
もっと危険な宗教勢力が
京の都の周りにうじゃうじゃしていた。
しかも厄介なことに
彼らには
あの世を支配する権限を有していた。
あの世のことだけを支配しているのでありましたら
まだ良いのでありますが
どうもそれを理由に
この世のことにも手出し口出しをしてくる……。
彼らを
あの世のことのみ。
政治と宗教を分離させないことには
天下布武に支障を来すことになる。
……ならば
ヨソから入って来ました
今のところ
牙を剥いて来る形跡のない
キリスト教を利用して
既存の宗教勢力と戦わせてみようではないか。
(ここがヒントなのかな?
家康が本願寺を東と西に分けたのは……)
しかも彼らキリスト教を優遇すると
これまでの日本には無かった
様々な文物が手に入ることに加え、
最新兵器であります
鉄砲を利用する際、
絶対に必要なモノであり
かつ
日本では自給することの出来ない
硝石を手に入れることが容易となる。
更には
ポルトガル
のちに
=スペインが
世界征服を企んでいることを
信長も企んでいた
(これはのちに秀吉に受け継がれることになるのでありますが)
……と見るのが自然なことかもしれませんね。
(まともなところに収まってしまったことに
なんか不本意。)




