003
前回からだいぶ遅い更新です、すみません。なんだか展開が早いような気がしますがプロットなんてないのだからしかたない…ということにしてあげてください。
「ディルラ!」
四月朔日の声と同時にディルラが地面を蹴り、刀を軽く振ると男に切りかかった。反りのついていて長いそれは、斬ることに特化した剣だ。しかし鍔や柄はなく、持ち手の部分が長い。見た目はまるで反りのついた食事用のナイフのようだ。
「ふっ……!」
ディルラが首を狙い素早く切りかかる。男は目にも止まらぬ速さでくりだされたそれを後ろに下がることで簡単に避けた。続けざまに反対の刀で切りかかるも、同じように避けられた。
「……!」
(さっきも思ったがこいつ、思った以上に速い。ディルラに任せて離れてねーと危ないな。)
四月朔日が離れようと後ずさった瞬間、男が四月朔日の方へ方向を変え走ってきた。
(げえ……こっちくるのかよ!)
すぐスピードを上げて後ろにトントンとテンポよく飛ぶが、どうやら相手の方が速いようですぐに追いつかれそうだ。
しかし追いついたディルラが通さないとばかりに剣撃を繰り出した。切れ味のいい刃が空気を切り、上から下に男の顔を裂いた。
「ギャ!!」
男は短い悲鳴を上げ顔を押さえた。額から左頬にかけて深く刀傷が走っている。しかしそれほどの傷だというのに、どういうわけか血の一滴すら出ていない。
「人間の姿のお前を殺るとなんか後味悪いから、さっさと出てきてくれる?ハイドくんさあ。」
塀に飛び乗った四月朔日が男を見下しながら言った。男はそれに答えるかのようににやりと笑い、顔の傷へと指を入れた。
「そうそう、そっちのほうが殴りやすい。殴るの俺じゃねえけどな。」
男の手が皮膚をつかみ、容赦なく引きちぎった。皮膚は柔らかいゴムのように簡単に裂け、そして砂のように消え去った。そう、これが奴ら裏界の住人を"ハイド"と呼ぶ理由。
ハイドは人間に化けて現界で生活している。皮膚をかぶってなりすましているのだ。そのせいで見つけるのに苦労する。
人の皮膚で隠れる――――まさにhideだ。
『生意気なガキが。自分で戦いもしないくせに大きな口を叩くんじゃねえ。』
「へえ、喋れるんだ。少しは強いらしいな?」
『減らず口を。』
知能や容姿が人間に近いほど強い、高位のハイドだ。喋れるハイドはそこそこレアらしい。
男は皮膚を完全に捨て去り、本来の姿を二人に晒していた。皮膚は紫色で、目は白であるはずのところが黒く、黒であるところが白かった。しかし瞳孔だけは黒だ。どこから皮膚でどこから服なのかが分からない。過去、全裸なのかと聞いたら、裸という概念すらないのだと答えてくれたハイドを思い出した。つまり"人間の皮"が服のようなものなのかもしれない。
「しゃべることが出来るのでどれほどの容姿かと思ったら、普通のハイドとそう変わりませんね。」
「ああ、そうだな。だけどあのスピードは危ない。気をつけろ。」
「はい。」
(しかし、リキさんは何をしているんだ?どっかの家に突っ込んだと思ったら全然出てこねえ。何かあったのか?)
ちらりとリキの向かった家に視線を移すが、破壊されたガラスの先は真っ暗でよく見えない。物音一つ聞こえてこない空間に嫌な予感がした。
「ディルラ、」
「かしこまりました。」
呼びかけただけでディルラは四月朔日の言わんとすることを理解する。二人の思考は以心伝心しているかのようにお互いに伝わった。
「頼んだぞ!」
四月朔日はそれだけいうとリキの向かった家に走った。
嫌な予感程よく当たる、とは誰でも身に覚えがあると思うが、こういう―非日常的な―仕事をしているとつくづくその通りだと実感することが多い。
「リキさん!」
割れた窓のガラスを踏みつけながら土足で民家へ上がり室内を見渡す。外よりも暗い室内に目が慣れるまでもなくリキがいないことに気付いた。はっきりと血の匂いがする。ハイドの血ではない。
嫌な予感、は今まさに現実になろうとしていた。
リビングにいた四月朔日は廊下に続くドアを蹴破ると血痕をたどった。少なくない血だまりから傷が深いことがうかがえる。どうやら血痕はバスルールへと続いているようだった。
壁に背をつけ慎重に脱衣場の様子をうかがうが気配はない。一瞬で中に入ると、四月朔日は目を限界まで見開いた。
「な……んだよ、これ……。」
壁、床、浴槽までも赤く染まっていた。なにで、なんて考えるまでもない。充満する血の匂いに視界がくらんだ。
住人がいないのに、浴槽にはなぜか湯がはられている。赤い絵の具をこぼしたように真っ赤だが、四月朔日は構わずに腕を入れた。リキがここにいるのなら、すぐに引き上げてやりたかった。もし、息をしていなくとも。――――しかし、そんな四月朔日の思いをあざ笑うかのように、赤い水の中でリキに触れることはかなわなかった。
さっきまで聞こえていた外部の音が閉ざされたように聞こえなくなる。ディルラの言葉も聞こえない。視界から入ってくる情報を、脳が受け付けていないかのようだった。
しかし外から大きな悲鳴が聞こえると同時に目が覚めたように視界が戻ってきた。そうだ、こんなことをしている場合ではない。四月朔日は濡れていることもお構いなしに、外にいるディルラと、ハイドのもとへ向かった。




