002
――――ハイドは夜に活動する。夜は裏界との境があやふやになるからだ。
「リキさん、ハイドが現界にくるためには鏡や水とかの反射するものが必要なわけじゃん?」
「ああ、そうだな。」
「だったら鏡や水に封印を施せば、入れなくなるんじゃねえの?」
夜道、被害現場、付近にいるかもしれない殺人犯。そんな嫌なワードがいくつも並べられそうな場所を、二人は歩いていた。
ここがF-67エリア。いたって普通の住宅街だ。左右ともに同じような作りの家が並んでいるが、なんだか家や庭の大きさまでそっくりに見える。
「昔、他にもそう考えた人がいて封印を施したことがあるらしい。……結果は成功するどころか悪化した。」
「悪化?」
「封印に使った魔力が裏界の魔力と混じり、逆にはっきりとした入口を作っちまったらしい。私達が裏界に入れるくらいはっきりとした、な。」
四月朔日の短く黒い髪が風で揺れる。満月が出ていて明るい夜だった。
周りに家はあるが人の気配は全くしない。電気もついていないし通りかかる人も、誰もいない。ここが一番最近におこった殺人の現場だからだろうか。
――――いや、もしかしたら、もう。
「その入口はどうしたんだ?」
「さあな……AWMAの最高機密よろしく誰も知らない。長官以外はな。」
のんきに話しているようでいて、リキのたれた目は鋭く周りを観察している。必ずこの付近にいると確信しているような表情だ。
「たぬきちゃん、一応リデクリアを出しておいて。嫌な感じがする。」
「了解。」
スーツのジャケットを脱ぎ、適当に投げ捨てる。一日中着てたせいでくしゃくしゃになったシャツの袖を肘あたりまでまくり、左手首に装着している黒のブレスレットに触れた。
ブレスレットは隙間なく密着しており、触れると自動的にはずれそのまま地面に落ちた。カランと軽い音がする。
ブレスレットが解除された途端、左手首の内側に赤い模様が浮き出てくる。四月朔日はその模様に軽く触れ、誰かを呼んだ。
「ディルラ。」
瞬間、その声に答えるかのように左手首の模様から赤い液体とも結晶ともいえるような物が大量に溢れ、人間を形作った。
「お呼びでしょうか、マイマスター。」
20歳くらいの女性にみえるその人は、赤い瞳を閉じ恭しく頭をさげた。さらりと流れる赤い髪はまるで固形の宝石のようでいて、しかし絹のように柔らかく細かい。相反する二つが同時に存在しているような、不思議な女性だった。
「近くにハイドがいる。見つけたら即殺せ。」
「かしこまりました。」
ディルラは四月朔日のすぐ横に立ち辺りを一通り見回すと、両手で球体を回転させるような仕草をした。すると掌から赤い結晶がさらさらと出てきて、みごとな鳥を作った。それを宙に投げ飛ばすと何羽かに別れ、近くを捜索するためそれぞれの方向に飛んでいく。
「あいかわらず便利な能力だな、ディルラちゃん。」
「俺はリキさんの能力の方がいいけどな。ディルラがそばにいないと戦えないなんて情けない。」
「馬鹿。ディルラちゃんを召喚できるのはたぬきちゃんだけなんだぞ?」
「……ああ、分かってる。」
四月朔日は少し暗い表情でうつむいた。ディルラの表情もこころなしか暗い。
「…………。ま、ディルラちゃんの力でハイドが見つかるのは時間の問題だろう。私も準備するかな。」
リキはそういうと、四月朔日が左手首につけていた物と同じ輪っかに触れた。
リキの場合は首に一つ、右手首に二つ、左太ももに三つ付いている。全てに触れると同じように地面に転がった。
輪っかが外れると黒の模様が、襟から見える首、腕まくりした右腕、短いスカートから見える左太ももに浮き上がる。まるで全身に絡みつく蛇のような模様だ。
リキの瞳が藍色に光った。
「たぬきちゃん、私の能力の欠点を教えてやる。この状態で殴ると手の甲の皮膚がちぎれるんだ。だからこうやっていちいち専用のグローブを……つけなきゃならない!」
ドオン!
リキが地面を蹴って斜め前の民家へと飛び込む。地面はリキの圧倒的な力にひび割れてしまっている。
「あそこか……!ディルラ!」
「いえ……御隆様、うしろです。」
その声に四月朔日がとっさに後ろを振り向くと、50歳過ぎくらいの男がたっていた。二つの目玉が違う方向をむいている。
「いつの間に……!」
男の目玉がぎょろぎょろと動いたかと思うと、四月朔日を見た。充血して濁った目玉だ。
すぐさまディルラが男と四月朔日の間に入り下げている手を開いた。膝丈ほどのワンピースがふわりと揺れ、生地の先から結晶が溢れる。宙に浮いているそれは両手の内側に集まり刀の形になった。ぐっと握りしめると不要な結晶が軽い音を立てて宙に舞った。




