カントリーヤードへ
蓮の花が咲く池を眺めながら、「懐かしい」と心の中で呟いた。
春の日差しは水面を光らせ、昔の映像がそこに今にも映りそうであった。
後ろを振り返れば我が家が見えた。白い車が眠るように止まっている。
「行っちゃうよー!」
感慨深い気持ちから離れるように、その声が聞こえる方に視線を向けると、遠くでジャンプする息子の姿を見て俺は呆れていた。
今日は息子と通学路の下見をする、ということで二人で散歩みたいに歩いていた。
息子はかつて自分が通っていた小学校に通うことになった。
小学校までは歩いて1時間かかるため、道を知っている俺が付き添いとして選ばれた。
実際は、家でゴロゴロしている自分と騒がしい息子を妻が追い出したかっただけなのだろうけど。
小学生の頃を思い返すが、通学路には特に面白いものは無かった気がした。
そんなことよりも久しぶりの休みで寝ていたかったという思いだけが頭の中を廻る。
そんな俺のことは気にもせず、ただ息子は楽しそうに走ったり止まったり飛び跳ねたりしていた。
その様子を眺めながら、疲れるのによくやるな、と俺は思った。
「父ちゃん、これすげえ!」
息子が指差す方向に目を向けると、そこには青々と密集した竹林が広がっていった。
そうだ。こんな場所もあった。
俺は道端に落ちている適当な石を拾って、ポンポンと手首だけを使って投げ上げた。
「父ちゃん、なにするの?」
「ここでは、こういった遊びができるんだ」
俺はその石を竹林に向かって投げ込んだ。
カン、カッ、カーン。
「3回か」
昔はもう少し音が続いたはずなんだけどな。
苦笑いを浮かべながら息子の方を見ると、無垢な目を輝かせながらこちらを見ていた。
「やってみるか?」
「うん!」
息子はそう言って、すぐに石を拾って竹林に投げ込んだ。
その速度は俺の知っているものではなかった。
カッ、カッ、カン、カーン
「やった! 4回だ!」
息子は嬉しそうに、そして自慢げにVサインを見せつけてきた。
俺はただただ成長した息子の姿に感心していた。
その後も息子の発見が、俺の思い出を呼び起こしていった。
神社の手を清める水を飲んでいたこと。
横断歩道近くのガソリンスタンドには怖いおじさんがいたこと。
道の真ん中を歩いていると、「プープー」とスクーターのクラクションを鳴らすおばさんがいたこと。
どれも息子は目を輝かせながらその話を聞いていた。
「どうだった?」
小学校のブランコにそれぞれ座りながら、駄菓子屋で買ったジュースを飲んでいた。
年のせいだろうか。1時間も歩くと足が棒のようだった。
「すげー楽しかった!」
「そうか、それは良かったな。父ちゃんは疲れたよ。疲れなかったのか?」
「ちょっとだけ! でもね! そんなことより!」
息子はジュースをゴクッと飲んで言った。
「父ちゃんとこんなに遊んだの久しぶりだから、すげー楽しかった!」
俺はそれを聞いてどんな表情をしていただろうか。
ただそれは、何度も覗き込んでくる息子には絶対に見られたくないものであったのは間違いなかった。
「さて、帰るか」
俺は立ち上がり、一つ伸びをした。また1時間歩くとなると大変だ。
息子はブランコから飛び降り、俺と同じように伸びを一度した。
校庭の真ん中を渡って校門を出ると、そこには見覚えのある白い車が一台止まっていた。
「あ! かーちゃんだ!」
息子はそう言って、すぐに車の後部座席の方へと回っていった。俺が助手席に座ると、妻がこちらを見て、
「どうだった? 息子との一時は?」
とにやりと笑った。
「これまでの休日を見直しますよ」
妻のその一言に、俺は苦笑いを浮かべながらシートベルトをつけた。
読んでいただきありがとうございました。