雨音の中で
私の処女作です。初めてなので雑な仕上がりですが、最後まで読んでくれたら恐縮です。
「……はぁ」
町外れにポツリとあるバス停で、円谷 巴は、一つため息をついた。外は雨がザァザァと降っていて、傘の一本でもないと歩けそうにない。
その中をここまで歩いて来た巴の姿は、服を来たままシャワーでも浴びたのかと言える程にずぶ濡れだった。
着ているスーツから滴る水が、自分が座っているパイプベンチにポタポタと垂れている。
「なんか最近、本当に運がないよね」
顔にへばりつく髪を、うっとおしそうにかきあげながら、巴は最近の事を思い出していた。
『こんな簡単なミスをするなんて、ふざけているのか‼』
『あんたさぁ、本当にうざいんだよね』
『この書類、今日中に片付けておけよ』
仕事、人間関係、その他諸々によるストレスで、最近は本当に疲れる事が多かった。前までは上手くいっていたものも、最近は上手くいかないどころか、失敗することがほとんどだ。
それに加えて、突然降りだしたこの夕立。落ち込んだ気分が更に落ち込むのは、仕方のないことだった。
「何かもう、全部嫌になっちゃうなぁ……」
下を向いてぼーっと過ごしていると、視界に紺色のジーパンが映りこんだ。
見る限り、雨宿りに来たのだろう。視界に映ったジーパンはびしょ濡れだ。
「おーい、大丈夫か? アンタ」
その声に、ハッと巴の意識が戻り反射的に顔を上げた。大学生か何かだろうか、最近流行りのリュックに、白いカッターシャツを着た全身ずぶ濡れの青年が立っていた。
「あ。だ、大丈夫、です」
「そう? 何か、この世の終わりを見たような顔をしてるけど」
「何でもないですから……、あの、何か用ですか?」
その場で動かず、じっとこちらを見ている青年に、巴は訊ねた。すると青年はすっ、と巴を指差して言った。
正確には、巴が座っているパイプベンチの隣を。
「隣、良い?」
「それにしても、夕立なんてついてないなぁ。天気予報見れば良かったよ」
服の端を絞りながら、青年はケラケラと笑っていた。柔軟剤の香りだろうか、花のような匂いが仄かに香っていた。
「アンタも、夕立から逃げて来ちゃった感じ?」
最近の若者の様な話し方に、少し眉をしかめた巴だったが、それを抑えつつ答えた。
「そうだね。それと、私の名前は円谷です」
「俺の名前は黒谷って言うんだ。お互いついてないねぇ」
「よろしくー」、と。笑いながら手を振る黒谷に、巴は「はは…」、と気の抜けた笑い声と笑顔で返した。
落ち込んでいる今の自分では、とてもではないが元気に振る舞えない。
「本当に元気無いねぇ、アン…、円谷さん」
「大丈夫だよ。気にしないで下さい。」
「いや、大丈夫って顔じゃないんだけど……。見た感じ、仕事関係かなぁ」
「……。違うよ、彼氏と喧嘩しちゃっただけだから」
「いやぁ、今の間は図星でしょ。愚痴なら聞きますよ?暇ですし」
「だから……っ!」
なぜこんなにもしつこいのか、なぜ初対面の人間にここまで追及されるのか……。普段ならば抑えておける感情が、コップから溢れる液体のようにダラダラと溢れてしまう。
「貴方には関係ないから。そうやってヘラヘラ笑いながら、人の事に口出さないで……っ!」
止めようとしても止まらない。本能に任せるように、頭で考えるよりも感情が口を動かしてしまう。
「本当に本当に本当に…、どいつもこいつも私の事をバカにしてさ。私だって頑張ってるんだよ、何処の世界にわざと仕事失敗する馬鹿が居るんだよ!」
「意味の分からないことで、いちいち嫉妬しやがって。自分が劣っていることを人に当たってるなよ。いつまで子供のままなんだよ!」
「仕事終わり近くにわざわざ仕事持ってくるなよ、自分で処理の出来ない仕事を、手頃な部下に押し付けるなよ!」
「本当に、本っ当にムカつく‼」
巴は叫ぶようにそう怒鳴り散らすと、肩で息をしながらうつむいた。髪からしたたる水滴だろうか、頬には水滴が流れていた。
顔が熱い、頭の中がグラグラと沸騰しているようだ。自分の中でドロドロと渦巻く何かに耐えるように、自然と握りこぶしを作り、ギリギリと歯を噛み締めた。
「なぁ、円谷さん」
「……、何?」
数分たっただろうか、それまで黙っていた黒谷が、口を開いた。
「雨って、好きか?」
「……はぁ?」
突然掛けられた質問の内容に、巴は思わず唖然とした。
「だから、雨だよ」
「別に……、嫌いじゃないけど」
コイツは何が言いたいのだろうか、そんな風に思っていると、黒谷が言った。
「雨が降ってる時はさ、何時もと違って人の通りが少なくなるだろ? 雨音だけで、後は車の通行くらいしか音がしない」
「……そうだね。それがどうかしたの?」
「そんな時はさ、俺は今の円谷さんみたいに、普段のイライラを大声で発散したりするんだ。例えばそうだな……。」
そう言うと、黒谷は大きく息を吸い込んで……
「レポート面倒臭すぎるわ、クソ教授ー‼」
と、空に向かって叫んだ。
突然の出来事に巴が唖然としていると、黒谷はニカッと笑顔で言った。
「こんな風に愚痴っても、誰にも聞かれてないだろうしね」
黒谷のその言葉に、巴は思わず笑った。そんな巴を見て、黒谷は言う。
「やっぱり、人間落ち込んでる顔より笑顔が一番だ」
「そうだね……。何か色々スッキリしたよ」
霧が立ち込める遠くの方から、バスのライトが近付いて来るのを見て、巴は荷物を持って立ち上がった、心なしかさっきより体が軽い気がする。
「ありがとう。これからも頑張って行けそうだよ」
「いや、此方こそ愚痴を聞かせて悪かったね」
笑顔でそう言った黒谷に、巴は言った。
「ねぇ、また愚痴を聞いて貰って良いかな」
「勿論、満足するまで愚痴ろうか」
そんなことを言い合って、巴は到着したバスに乗り込んだ。
明日からまた始まる毎日に、「よし!」と気合いを入れて顔を上げる。
辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、悔しいこと……。もしそれらのせいで潰れそうになっても、もう大丈夫だ。
「何せ、雨の降る日にはスッキリ出来るもの」
町外れにあるバス停に、ポツリと一人の青年が居た。雨に酷く打たれたのだろう、全身ずぶ濡れの姿を見て、誰でもそんな予想が出来る。
「あーあ。折り畳みの傘でも買うかなぁ……」
そんなことをぶつぶつ言いながら、パイプベンチに座っていると、不意に声を掛けられた。
「隣、良いですか?」
見上げると、赤い傘をさした、一人の女性が青年の隣を指差している。青年は言った。
「えぇ、どーぞ」
「ついでに、愚痴でも聞いてくれませんか?」
「勿論。俺も聞いてもらうけど、良い?」
「はい、良いですよ」
ザァザァと降る雨音の中で、二人は普段のイライラを思い思いに愚痴りあう。泣いたり、怒ったり、笑ったり、二人のそんな表情も、声も、全て他人に漏れることはない。
愚痴の内容は、雨音の中で。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。これからも書いて行こうと思いますので、是非とも宜しくお願いします。