退魔の一門
おはよう諸君。今日も清々しい快晴だよ。
──ピピピピッ! ピピピピッ!
「んん、朝か……くわあぁぁ~あ……」
ケータイのアラームが鳴り響く中、真はベッドの上で大きく背伸び。
それにしても何だ真の奴、今日はちゃんとアラームをセットしていたのか。
また寝過ごしていれば水乃が起こしに来てくれるものを……朝のお楽しみタイムをみすみす逃すなんて君は主人公失格だな。
「おはようございます真様」
「うおわああぁぁっ!?」
おや? どういう訳か部屋の中から水乃の声が聞こえたぞ。
予想だにしなかった水乃の声に、奇声を発してベッドの端まで飛び退る真。目を皿にして声のした方を探ると、ベッド脇のフローリングに布団が敷いてある事に気付く。
その上には、例によって三つ指をつき、深々と頭を下げる水乃の姿があった。
「お、オレの部屋で何してんだよ水乃!」
「驚かせてしまい申し訳ございません。勝手ながら、昨夜から真様の警護を強化させていただきました。死神のような『幽鬼』が力を増す、夜の間は特に危険です。いつ彼女達が仕掛けてくるとも知れませ、っ……んの、で……」
滑らかに言葉を紡ぐ水乃は、ゆっくりと面を上げた途端に声を詰まらせる。
あぁ、真よ。君の学習能力は不自然なくらい中途半端だな。それでこそ主人公だ。
「し、真様……あの……お召し物を……」
「へ? お召しも、のわぁ!? み、水乃ごめ……ん?」
「……じぃー……」
顔を覆った指の隙間から、水乃はちゃっかり真の下半身を凝視していた。
「いやぁっ見ないでっ! 出てってよエッチぃ! 早くぅ!!」
「もっ、申し訳ございません真様!」
し、真が壊れた……。
「──という事があったんですよぉ。ホントに恥ずかしかったんですから」
朝食の席で、自分が受けた辱めを優と深代に言って聞かせる真。
……って、それもどうかと思うぞ。
「駄目じゃないか水乃!」
バンッ! と優に叩かれたテーブルが揺れる。
「真君が裸だと分かった時点で、なぜ何もしなかったんだ!」
「ちょっとおっさん何言ってんの!?」
何て予想通りのセリフ。早くも駄目親父キャラが定着してきたなぁ。
「またそうやって娘を煽るんだから……あーもう! この人は駄目だ。深代さんからも何とか言って下さいよぉ」
と、深代に助け舟を求める真。
「駄目じゃない水乃ちゃん!」
バンッ! と深代に叩かれたテーブルが揺れる。
「真ちゃんが裸だと分かった時点で、なぜ何もしなかったの!?」
「同じじゃねぇか! んなこと二回も言わんでいい!」
同情するぜ、相棒。
「前から気になってたんですけど……そこまでしてオレと水乃をくっつけようとする理由は何なんですか?」
「むぅ……そう……だな。真君ももう高校生だ。しかも悪い事に、とうとう死神に見つかってしまったというじゃないか。本当は十八歳になるまで黙っていようと思ったんだが、気になっていたと言うのなら話すしかないな」
いつになく神妙な顔つきで唸る優。
「頼む真君……水乃と結婚してくれないか!?」
「それ毎日言ってるじゃねぇか!」
「駄目よ優さん! 結論から先に言っちゃ!」
「結論って何!?」
「お、落ち着いて下さい真様! どうか、どうかっ……!」
──閑話休題。
「こほん。実はな……真君が《業報者》だという事は、ウチで引き取る前から知っていたんだ」
「い、いきなり重大発言ですね。でもここで《業報者》なんて言葉が出てくるって事は、それがキーワードなんですね?」
「さすが真ちゃん、察しがいいわね。けど、まずは“宇佐美”について知ってちょうだい。宇佐美の家はね、蒼眼の黒兎と共に代々この鈴音の地を護るのが仕事なの」
黙って頷く真を見て、深代はそのまま話を続ける。
「今の真ちゃんなら信じてくれると思うけど、この世には『幽鬼』、そして『怨鬼』というお化けがいるの。特に『怨鬼』はとても危険で、人間を襲う事もあるわ。私や水乃は、黒ちゃんの力を借りて人知れず『怨鬼』と戦っているのだけど、その神通力を」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 戦っているって、そんな……危なくないんですか?」
「もちろん危険よ。しかも、正確に言うと戦っているのは水乃一人。巫女は産後『霊力』が極端に低下するから、私はもう現役を引退しているの」
「そんな……それじゃ水乃は今まで、その『怨鬼』とかいう得体の知れないバケモノとたった一人で戦ってたって言うんですか……?」
驚愕に声を震わす真は水乃を見やる。真と目が合うと、水乃は「心配ない」とでもいうかのように微笑んで頷き返した。
「宇佐美の家には、黒ちゃんの神通力を行使する代償として、“生まれてくる子供は必ず女の子”という制約があるの。女の子じゃなきゃ巫女にはなれないから、当然といえば当然よね。宇佐美は鈴音の人々を護るために戦い続ける責務を負っている。かといって、『怨鬼』との戦いに敗れれば命はない。だから宇佐美は、より霊力の強い男子を婿として迎える必要がある。そして……《業報者》は普通の人間より霊力が──強い」
なるほど……そこで《業報者》に戻ってくるのか。
「霊力が強いと戦いで役に立つんですか? マンガやゲームでいうところの、“気”みたいなもの?」
「気とは違うが、似たようなものだよ。気は精神の力、霊力は魂の力と言われていて、精神は鍛える事ができるが魂は鍛えられない。だから生まれつき強い霊力を持つ《業報者》はとても貴重な存在なんだ」
真の疑問に答える優は、懐かしむように続ける。
「霊力の有効性に関しては真君、君も身に覚えがあるはずだ。高校生になってからは落ち着いたようだが、中学時代は年上を相手取っての大立ち回りは日常茶飯事だっただろう? 一度だけ大怪我をして帰ってきた事もあったが、それでも君はほぼ負けなしだった。それは君が無意識のうちに霊力で肉体を強化し、常人より遥かに優れた身体能力を発揮していたからなんだ」
そうだね。霊力には様々な使い道があるけど、使いこなすにはそれなりの知識と修練が必要だ。
従って真のようなド素人は、比較的容易な肉体強化に霊力を運用する事が多い。まぁ、喧嘩に霊力を使うのはどうかと思うけどね。
「お話は大体分かりました。つまり宇佐美は、一族の力を衰退させないために、『怨鬼』との戦いに勝ち続けるために《業報者》の霊力ってやつを必要としている……という訳ですね?」
宇佐美家の面々を順番に見つめて、真は自分の解釈に誤りが無い事を確認する。
「その通りだ真君。……君には、本当にすまないと思っている。親切でも、ましてや同情ですらない、こんな打算的な理由で君を引き取り、育ててきた事を。だが、私達には君の力が必要なんだ。君がこの先成長し、身を固める決心がついた時……どうか水乃を、選択肢の一つに加えて欲しい」
「もちろん、強制はしないわ。水乃と結婚すれば、生まれてくる愛娘を戦いの巷へと送り出さなければいけない。宿命とはいえ、親としてこれ以上ない苦しみと葛藤に苛まれる未来が、確定してしまうのだから」
真が水乃に目を向けると、水乃は思いつめたような眼差しで真を見つめた。
「……少し、考えさせて下さい」
真は、その眼差しの意味をどう捉えたのだろう。いずれにしても、安易に答えを出せるほど軽い問題ではない。
だからこの判断も、間違いではないはずだ。少なくとも、
「真様……」
悲しげに目を伏せる水乃の姿は、今の真には見えていないみたいだけどね。