殺害決定?
「《業報者》、霧崎真……アナタハ、我々死神ニ殺サレル運命」
現れた二人目の死神はフェリシアより少しだけ身長が高く、髑髏の面から覗く瞳は青い光を点している。
「……まーたその台詞かよ。台本でもあんのか?」
「私ハ死神……“リリー・ハミルトン・アンクウ”。《グリムトゥース・インサイザー》ノ名ニオイテ──」
手にした大鎌を肩に担ぎ、一呼吸。
「アナタヲ──殺害スル」
「殺害、か……。死神っていったら普通はこうだよなぁ」
真の落ち着き払った態度に、死神リリーは首を傾げる。
「逃ゲナイノネ」
「ああ、どうせ逃げられないからな」
「フーン……ソノ口振リダト、モウ先輩ニハ会ッタミタイネ」
「先輩? あー……フェリシアって死神の事か? ちっこいヤツ」
「“元”死神ヨ。彼女ハ『グリムトゥース』ヲ……イイエ、“冥府”ソノモノヲ裏切ッタ。モウ先輩ニ《ケナイン》ヲ名乗ル資格ハナイ」
「それにしちゃお前“先輩”って呼んでるじゃんか。しかし参ったね、どうも。今度の死神はマジでオレを殺す気らしい……って事は、アイツが良い死神だってのは嘘じゃなかったんだな。こんな事なら大人しくアイツに護られてりゃ良かったぜ」
だから言ったろう。人の厚意は素直に受け取っておくものさ。まぁ、フェリシア以外の死神を信じて馬車に入った途端バッサリ……なんて事も過去にあったし、これも運命か。
「ゴ愁傷様……先輩ガ居ナイノナラユックリ殺サセテモラウワ」
リリーと名乗った死神は鎌を宙に放り投げる。すると鎌は一冊の本となってリリーの手元へ納まった。
「コノページニサインシナサイ。太枠ノ上ヨ」
表紙を開き、一ページ目を見せながらカラスの羽根ペンを手渡すリリー。
「二枚目ガ写シニナッテルカラ強メニ書イテ」
了解、と大人しく従う真。インクが無くても血文字のように名前が浮かんだ。
「次ハ太枠ノ中ニ希望スル殺害方法ヲ記入シナサイ」
「な、何だそりゃ」
「アラ、先輩カラ何モ聞イテナイノ? 仕方ナイワネ……」
──カコン。
「……私が一から説明してあげるわ」
髑髏の面の下顎部分は可動式だったらしく、露になった唇からは凛と澄んだ女の声が響いた。説明が聞き取り易いように、という配慮かな。意外と親切だ。
「今から……そうね、十年くらい前に死神の作業手順に改定があったの。それがこの本ね」
ほう、それは僕も初耳だな。
「死神の仕事に、《業報者》の抹殺っていうのがあるんだけど」
「ちょっとタンマ。その《業報者》ってのがまず分かんねぇ」
「あ、ごめんなさい。えっと……肉体が滅びると人間の魂は“冥府”に逝くの。そこまでは分かるかしら?」
「ちょっ、天国はどうした? 問答無用で一律地獄行きデスカ?」
「死後の世界が二つも三つもある訳ないでしょ? くだらない事で話の腰を折らないでよ。で、話を戻してもいいかしら?」
真は腑に落ちない顔つきのまま、黙って頷きを返す。
「冥府とは死者が生前に犯した罪を地獄の業火で浄化する場所なの。そうやって贖罪を終える事で初めて、魂は死という安らぎを与えられるのね。で、稀に燃え尽きるまで浄化しても罪を贖い切れないほどの大罪を犯す者がいる。そういう魂は燃え尽きる前に転生させて、磨耗した魂を一度現世で回復させなければいけない。つまり《業報者》っていうのは……」
「……一時的に仮釈放された罪人の魂、それを宿す人間の事……か?」
ご名答。いやぁ、耳が痛いね。
「そう。理解が早くて助かるわ。《業報者》は死神によって強制的に殺害され、その罪深き魂は再び冥府へと連れ戻される……それが決まりなのよ」
「ざけんなよ! オレには……霧崎真には一切係わり合いの無い事だ! そんな馬鹿げた理屈で殺されてたまるかよ!」
「お、怒らないでよ。だからこの本があるんじゃない」
意匠を凝らした表紙を叩き、リリーは慌てて真をなだめる。
「言ったでしょ? 規則の改定があったって。この本は『殺害契約書』。これによって、今までは一方的に殺されるだけだった《業報者》にも、殺され方を選ぶ権利が与えられたんだから感謝しなさいよね」
「素直に喜べねぇ……ちなみに、オレん中の魂はどんな悪党だったんだ?」
「切り裂き魔よ」
「そ、そいつは妙に納得だな。オレの名前的に」
酷いダジャレもあったもんだ……まぁ何にせよ死に方を指定できるなんて素晴らしいじゃないか。今まで僕の宿主になった人達は、みんな問答無用で殺された訳だし。
「で? 好みの殺害方法は決まったかしら?」
「そんなモンねぇよ。大体アンタはどんな殺し方ができるんだ?」
「《グリムトゥース・インサイザー》を舐めないで欲しいわね。“殺”と付くならどんな事でもできるわよ。『斬殺』、『絞殺』、『撲殺』、『毒殺』、『射殺』、『爆殺』、『圧殺』、『轢殺』、『焼殺』、何でも構わないわ。私が上手に殺害してあげる」
「何だよ、そのグリムなんとかってのは」
「私達のような外勤の死神を『アンクウ』っていうんだけど、『アンクウ』の中でも特別優秀な人材で構成された特殊精鋭部隊、それが『グリムトゥース』なの。私は《インサイザー》っていう切り込み役を任されているわ。で、決まったの?」
自分の仕事によほど誇りを持っているのか、質問には欠かさず答えるなぁ。
だけど、果たしてそれは良い事なのか……ほどよく時間稼ぎになっている気がするぞ。
「よしっ、決まったぜ! へっへっへぇ、これでどうよ!」
真はイタズラっぽく笑いながらペンを走らせる。
「見せて……え? 何これ」
「いやぁ、ちょっぴり茶目っ気を出してみました」
「お茶目な死に方? って、え? それってどんな死に方なの……?」
「は? あれっ? もしかして知らない? ふぅ~ん、ほほぉ~う、《グリムトゥース・インサイザー》ともあろう死神がこの殺し方を知らないなんて、まさかそんな事がぁ?」
「なっ、ななな何よ!? 馬鹿にしないでっ! もちろん知ってるわ、コレくらい……じゃあ契約しちゃうからね! 後悔しないでよ!?」
あからさまに狼狽するリリー。真は一体、どんな殺害方法を記入したんだろう。
と、そこへ──。
「真様ーっ!」
「シン、生キテル?」
水乃とフェリシアの二人が駆けつけた。
「おっ、来てくれたのか、お二人さん。でももう面白い殺され方を思いついちゃったんだよなぁ……」
「せ、先輩!? それに地元の巫女……くっ、邪魔はさせないわ!」
リリーはページ表面の控え用紙を素早く破ると、それを夜空へ放り投げる。
「リリー・ハミルトン・アンクウは契約に従い、霧崎真を“悩殺”する!」
高らかに響く宣誓と共に本を鎌へと持ち替えて、一閃。真っ二つになったページは青い炎となって闇に消えた。
「殺害……決定」
笑いを堪えてうずくまる真。
石化して立ち尽くす水乃。
二人の反応を見て首を傾げるフェリシアとリリー。
何てこった。足を踏み入れたのは、奇跡の裏ルート。行き着く先はオープンエンドだ。鬼が出るか蛇が出るか、しかし一つだけ言える事があるとすれば。
──これはひどい。