二人目の死神
「ぅう……う、ん……ここ、は……?」
あちゃー、もうお目覚めか。頑丈過ぎるのも考え物だね。
「し、ししし真様!? も、もう少しだったのに……」
「は? もう少しって?」
「い、いえっ別に! えへへ、こ、ここは保健室です。あの、お加減はいかがですか?」
水乃が慌てて身体を離し、笑顔で取り繕う。
ちっ、もう少し寝ていれば水乃から目覚めの口付けをいただけたのに……勿体無い。
それはそうと、おかえり諸君。
時間は元に戻って、ここは学校の保健室さ。
「んー……少し頭が痛ぇな」
真は脳天を擦りながら窓の外を見る。もうすっかり日が傾いていた。
「野球部顧問の中島先生が、熱中症で倒れた真様を見つけてここまで運んで下さったそうです。あとでお礼をしないといけませんね」
「ほ~ぉ、そうかそうか。オレってばファールボールが直撃して熱中症で倒れちゃったのかそうなのか。分かったぜ水乃、お礼ならあとでオレがたっぷりしとくから任せてくれ」
そう言って指の関節をぼきぼきと鳴らす真。
「ご立派です真様。さぁ、暗くならないうちに帰りましょう」
「オーケー、サッと着替えてサッと帰ろうぜ」
保健室を後にした二人は、暮れなずむ街を連れ立って歩く。
「真様、お腹空いていませんか?」
「あぁ、そういえば昼飯食ってねぇな。でもずっと寝てたから大丈夫だ」
言葉少なに歩く二人は、朝と違って横に並んでいた。
つい今朝方あんな痴漢行為があったというのに、水乃は本当に寛容な子だなぁ。
「真様、暑くありませんか?」
水乃は懐から取り出した白扇をパッと開いて風を送る。
熱中症が嘘だとも知らずに、水乃は本当に素直な子だなぁ……って、懐から!? 懐に棒状のモノが入る場所なんて夏服には無いはずだけど……ま、まさか……。
「サンキュ水乃、でも大丈夫だ。さっきから少し寒いくらいだし……ハッ!?」
どうやら真は、昨夜の事に思い至ったようだね。
そう、気温の低下はあの合図。
夕日に染まる帰路の先、そこには赤黒い襤褸を纏った死神と、朧に揺らぐ幻影馬車が待っていた。幸いこちらに気付いているのはガリだけで、フェリシアはまだ真に気付いていない。
「な、なぁ、みな」
「真様、そういえば黒ちゃんのペレットが残り少なかったと思います。水乃は帰ってお夕飯の支度を手伝わなければいけませんので、真様。お遣いをお願いしてよろしいでしょうか」
水乃は真の言葉を遮って捲くし立て、彼の向きをくるりと反転させる。
「お、おう……オレも今そう思ったところだ。じゃ、行ってくる!」
小走りでその場を去る真の背に、水乃は呟く。
「お慕い申しております、真様……どうかご無事で……」
ぎり、と白扇を強く握り直し、水乃は神気を発して黒き死神へと向き直った──。
「はぁ、はぁ……何とか自然な感じで逃げられたな。オレと一緒に歩いてたせいで水乃まで死神と出会っちまったら敵わねぇもんなぁ」
ウサギの餌を買うため、もとい死神から身を隠すため、一路ホームセンターを目指す真。
「待てよ……よく考えたら黒ちゃんの餌って、まだ十分残ってたはずだよな。それに……くそっ、しまった!」
途中、通りすがった鈴音中央公園で速度を緩め、真は右手で前髪を掻き上げる。
「オレは馬鹿か? 何で水乃には死神が見えてないと思い込んでいた? あの時の強引な態度……本当は死神が見えてて、オレを逃がすために一芝居打ったとしか思えねぇ」
真の脳裏に、今朝聞いた黒ちゃんの言葉がよぎる。
“真を救えるのは水乃だけ”、“宇佐美の使命”──正直分からない事だらけだが、言い知れない不安感と焦燥感は次第に大きくなっていく。
「……くそ、どうする? 引き返すか?」
水乃の安否を危惧して振り返った。
──その時。
「そういえば……さっきから人と全然出会わねぇな」
真は気付いてしまった。
まるで昨夜のリピートのような、この光景に。
「へ、へへ……これってまさか、二人目の死神フラグ……? いやそんな」
──ピシッ。
空間がひび割れ、軋む音。そして──、
がっっしゃあああぁぁぁんっ!! ずががががっ、ゴキッ! ドスン、がらがらがら……ガチャ、カツン、カツン、じゃり……。
真の予想は見事的中。
寸分違わぬ騒音を引き連れて、新たな死神がその姿を現した。