始まりの夜のミステイク
「…………なんでやねん」
突然「なんでやねん」と言われても、諸君だって何の事だか分からないだろう。
だが安心して欲しい。そのために僕がいるのさ。
ごほんっ……え~、ようこそ諸君!
急に場面が変わって驚いているかな? 少し時間を遡り、ここは昨夜の公園さ。
野球部顧問のファールボールで見事に意識を刈り取られた真は、ただいま絶賛気絶中。
なのでその間に、諸君らもずっと気になっていたであろうプロローグの続きをお見せしよう。別に気にしてなかったという人もぜひ見ていってくれたまえ。
「ど、どういうこった? アンタ、死神って言ったよな? オレを……殺しに来たんじゃないのか?」
「《業報者》デアルオマエノ魂ノ中ニハ、ワタシノ兄──“フェリクス”ガ居ル。ダカラワタシハ、オマエヲ護ル」
「はぁ? ……オレの魂の中に……もう一人誰かがいるってのか……?」
鋭敏なる諸君は、僕の正体にもう気付いた事だろう。
まだ気付けない人も、自らを愚鈍と嘆く事はないよ。むしろそれが普通なんだから。
とはいえ、挨拶は必要だね。ただ今ご紹介にあずかった“フェリクス・クロフォード”です、改めてよろしく。
「オレはオカルトなんて信じねぇ方だけどよ……多分、アンタは本物だ──なんて言うと思ったかこの変態コスプレ野郎ッ!! あばよ!」
「面倒臭イ」
走り去ろうと背を向けた真は、すぐにその足を止める事になる。背後から伸びる死神の鎌が、喉元にピタリと宛がわれたからだ。
「待て待て待て! オレを護るんじゃなかったのか?」
「死ナナイ程度ニハ切ッテモ問題ナイ」
おいおい、それはまた物騒な。
「……予め鎌を持ち出してたのは、オレが逃げると踏んでたから……か」
「オマエハ命ヲ狙ワレテイル。死神カラモ、『怨鬼』カラモ。死ニタクナケレバ、大人シクワタシニ従ッテ」
数々の超常現象を目の当たりにしておいて、未だ抗う気力を保てる頑固さには感心を通り越して呆れるよ。
しかしこれ以上の抵抗は無意味だし、得策じゃない。彼もようやく、その現実を受け入れた。
「参った! 降参だ、話を聞こうじゃねぇか。そこの馬車でいいのか?」
「ウン。ツイテ来テ」
そう言って先導する死神は、馬車の扉に手を掛けたところで動きを止める。
「……中ヲ片付ケル。入ッテイイト言ウマデ待ッテテ。“ガリ”、見張ッテテ」
ヒョロヒョロの骸骨馬──ガリに真の監視を命じると、死神は車内へと消えた。
「お? あっさり隙を見せやがった。いやぁ、悪いなガリちゃん。水乃が心配してるだろうし、やっぱもう帰るわ。ご主人様にはよろしく伝えてくれ」
「…………」
ガリは声なき声を上げ、首を振って真の行く手を阻む。
「帰るっつってんだろ!」
ズガシャアッ!
真に横倒しにされ、ジタバタとのたくるガリ……哀れな……。
さて、真は家に帰ってしまったが、僕にはこの晩ここで起こった一部始終を諸君にお伝えする義務がある。
幽体離脱は得意な方ではないけど、このままここで様子を見てみようじゃないか。
「…………」
真に転がされたガリは、生まれたての子鹿のように起き上がると馬車の扉を鼻先で叩く。健気な奴だ。
──こんこん。
「マダ」
──こんこんこん。
「待って」
──ごんごんごん。
「入っていい…………入っていい…………シン?」
ガチャ。
「シン……どこ?」
馬車から顔を出したのは、燃えるように赤い瞳と雪のように白い髪を持つ、儚げな美少女だった。
ん? さっきの死神はどこへ消えたかって? はっはっは! 何を言ってるんだい、彼女がその死神さ。可愛いだろう? ああ説明が必要だね、もちろんいいとも遠慮しないで。
彼女の名はご存知の通りフェリシア・クロフォード。僕、フェリクス・クロフォードの妹さ。
髪型は一見すると肩口までのセミロングに見えるが、襟足で束ねた一総だけが長く、尻尾のように揺れている。これはもともと長髪だったものを、首の後ろだけ残して切り揃えたと言えば分かり易いかな?
脱ぎ去った襤褸の下がどうなっているかというと、トップスは純白のドレスシャツ、その上に黒いウェストコートを羽織り、黒いネクタイを結ぶ。ボトムは黒のプリーツスカート、それもかなりのミニだ。マイクロミニと言ってもいい。
実はこれ、死神の制服みたいなものであり、特別センスがぶっ飛んでいる死神を除けば大体みんなこの格好なんだ。
ニーソックスも同じく黒で、絶対領域が月夜に映えてとても眩しい。繊細な美脚を飾る白のロングブーツも素敵だね。
当然下着は白と予想……いや、やはりここは縞々が正義か? 髑髏の面は横にずらして装着し、鎌もどこかに仕舞ったようだ。
「逃げられた」
ふわりと地に降り立ったフェリシアは、周囲を見渡して溜め息を漏らす。
「ガリ、何で知らせない」
「…………」
ガリは声なき声を上げ、首を振ってフェリシアの勝手をなだめる。
「役立たず」
ズガシャアッ!
フェリシアに横倒しにされ、ジタバタとのたくるガリ……む、惨い……。
しかし真、君は選択肢を誤った。
君が足を踏み入れたのは間違いなく最悪のルート。その先で待つのはどう転んだって──デッドエンドさ。
やぁ、ここまでついて来てくれた君、ありがとう。
今回の件でもう分かったとは思うけど、こんな風に場面が前後する演出が今後も何度かある。そうなった時、「何これ話が繋がってない、意味不明」なんていう短気を起こさず、ゆっくり見守っていて欲しい。
まぁ賢明な君の事だから、こんな事言われなくても分かっているとは思うけどね。今後も君の当意即妙な対応を期待するよ。