真と愉快な仲間達
「おはよ~」
「おはようさん」
所変わって、ここは鈴音高校一年A組の教室。
短くも長い夏休みが終わり、久しぶりに顔を合わせた級友達は雑談に花を咲かせている。
「シンちゃん久しぶりー、元気にしとったかね?」
「おはようっす黄泉さん! って、昨日会ったばっかっすよね、花火の時」
「馬鹿だのぅシンちゃんは。わしは一晩会えないだけでも寂しいのじゃよ。さぁ、もっとわしに元気な顔を見せておくれにょ?」
くねくねと品を作って真に近付く黄泉の語尾が潰れる。前進を阻むために突き出された水乃の掌に顔を押さえられたからだ。
「おはようございます黄泉さん」
「んにゃぁおひゃよう……っぷぁ! も~ナノちゃん、わしにまで冷たくせんでくれよぉ、別にシンちゃんを取って食おうなんて思ってないんだから……少ししか」
「それならいいのですが」
さぁついに現れた二人目のヒロイン──と呼んでいいのやら……。
この独特の言葉遣いと掴みどころのない雰囲気を纏った女の子の名前は“比良坂黄泉”。
真と水乃の幼馴染で、同級生ながらもちょっぴりお姉さん的な位置に立つ人物だ。といっても先の言動からも分かる通り、“頼れるお姉さん”という訳ではない。
実生活においてもその無精な性格が窺える。見たまえ、この寝癖だらけの髪を。セミロングの美しい黒髪が台無しじゃないか。とても乙女とは思えない。
舞台に上るのなら、もう少しお洒落に気を配るべき。諸君もそう思わないかい?
「真、宇佐美、おはよう」
「おす、強!」
「おはようございます鬼君」
おっと、ここで第三のヒロイン──“鬼強”の登場だ。
鬼さえ逃げ出しそうな鋭い眼光。はち切れんばかりの上腕二頭筋。官能的に隆起する大胸筋……って、こんなヒロインがいるか!
身長百九十センチを越える大男の攻略ルートなんて、誰も求めちゃいないよね。失敬失敬。
強は寡黙な性格と大柄な見た目、腕っ節の強さから鈴音町最強の男として恐れられる人物だが、しかしてその実態は義理に堅く人情に厚い、心優しき子羊である。
真とは親友で、正義に燃える者同士の滾る友情とか、その他色々なモノで強く結ばれているのだとか。
「真、昨日はすまなかったな。お前に花火の始末を全部押し付けて」
「そうそう、すまんかったのぅ。手伝いたいのは山々だったんじゃが、わしも外せない用事があったのよ。帰り遅くなっちゃったかね?」
「いや全然余裕っす、気にしな」
「ええええぇぇぇっ!? 真様、昨夜はお一人で帰られたのですか!? 水乃はてっきり、皆さんと一緒に帰ってきたものとばかり……」
ほう、これは珍しい。水乃がこんなに取り乱す場面は貴重だぞ。
……いや、これからはそう珍しいものでもなくなるかもしれないけどね。
「確かに一人だったけど……それってそんなにまずかったのか?」
「真様は水乃とのお約束、お忘れになってしまわれたのですか?」
「大きくなったら結婚しましょう、だっけ?」
「み、水乃はそんな事言ってません!」
真っ赤になって否定する水乃に、真は首を捻って唸る。
「う~ん、そうだっけ? おっかしいなぁ」
「んっふっふ、ナノちゃんが忘れてるだけなんじゃないの~?」
「し、知りません! もしそんな約束ができていたら、今頃二人はもっとらぶらぶに……こほんっ! い、今は大事な話をしているんです。お約束というのは、夜道は一人で歩かない、暗くならないうちに帰る、というもので」
「いや、それももちろん忘れちゃいねぇけど。でもなぁ……もうガキじゃねぇんだし、夜道を一人で歩いたくらいでゴチャゴチャ言われてもな……っつーか水乃だって昨日は一人で夜歩きしてたじゃん。何してたんだよ? 花火にも来ないでさ」
逆に真から質問されて、水乃は言い難そうに顔を伏せる。
「う……それは、その……申し訳ございません真様。本当は水乃も真様と花火をしたかったのですが、大事な用がございまして。門限の件は水乃の考えが浅かったようです。どうかお許し下さい」
水乃はクラスメイト達が見守る中、深々と土下座を始めてしまった。
「あバカ! やめろってこんな人前で!」
「宇佐美……俺がこんな事を言うのもなんだが、男は甘やかすと際限なく付け上がる。そうやって謝るばかりでは男も成長しないし、いずれ互いが破綻する」
「キョウちゃん良い事言うのぅ」
強の指摘を受け、おずおずと立ち上がる水乃。恥ずかしそうに頬を染めて俯く水乃に、真は優しく声を掛ける。
「心配させて悪かったよ。あと、心配してくれて……ありがとな」
うむ、それでいい。女に恥をかかせては男が廃るというものさ。
「えへへ、そんな……それで真様。昨日の夜、何か変わった事はありませんでしたか?」
はにかむ水乃は、すぐに表情を引き締めて真に迫る。
「変わった事といえば、死神に会ったな」
「死神ぃ!?」
水乃、黄泉、強の三人が素っ頓狂な声で合唱する。
「どっ、どうして無事なんですか!?」
「ちょっ、おいおい何信じてんだよ水乃、夢の中で会った……ような気がするだけだ。死神なんているワケねぇじゃん?」
「いんやぁ? いないとは限らんよシンちゃん。死神ってのは死に近しい人間の前に現れるって言うからのぅ……気を付けなよぉシンちゃぁん」
両手を胸の前でだらりと揺らして笑う黄泉。
「お、おどかしっこなしっすよ、あはは」
さてさて、この現実逃避がいつまで続けられるやら。
その後の始業式、ホームルームもつつがなく終了。真はというと、今は委員会活動の真っ最中だ。
「うおぉぉ、あっぢぃいぃぃ……」
真は美化委員会に所属している……訳ではない。今だけ臨時で美化委員の手伝いをしているのだ。
今日の活動内容は、夏休みを経て緑豊かになったグラウンド周辺の除草作業。心身ともに鍛え抜かれた球児達ですら音を上げる炎天下での作業は困難を極めた。
「ぬぅおおぉぅ、これも学校の美化のため、ひぃ、ひいては世界の平和のためだ。一日百善、これしきで挫けてなるものかああぁぁ……!」
必死の形相で草をむしるのは、体操着に着替えた真。彼のこういうところは素直に感心できる部分だ。
え? 委員会活動なら当たり前? まぁそう言わずに褒めてやってよ。何せ真以外の生徒、正規の美化委員は全員、あまりの暑さにサボってるんだからさ。
ちなみに“一日百善”というのは、比良坂黄泉が真の人生に課した座右の銘だ。
ガサツでズボラな癖に不正や悪徳は決して許さない……そんな黄泉が、“頼れるお姉さん”として真に叩き込んだ唯一の教えである。
「オラァッ、弛んでるぞ貴様らぁ! 夏の暑さが何だ、熱血青春の千本ノックで根性鍛え直してやるっ! 行くぞレフトォ、そぉい、あっ!?」
カキーンっ!
「おぉぉぉいボール行ったぞおおぉぉぉッ! 避けろぉぉぉっ!」
「え、な」
ぼごっ!!
あぁ哀れかな。白い硬球が稲妻の如く脳天に直撃し、真はそのまま意識を失うのでありました。