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殺害決定!  作者: 明智 烏兎
第五話 反魂の代償
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最初で最後の口付けは

 時刻は午後六時を回った。日は傾き、オレンジ色の光が楽園を染める。


「あ、あのさ……マジでこれに乗るんデスカ?」


 大観覧車を見上げて恐々と真が零す。見回すと、そこには真達同様カップルの群れが……いや失礼。真達以外はカップルだらけ、だったね。ここ重要だから訂正させて欲しい。


「う、うん……やっぱり最後はこれじゃないと」

「いや~……密室は勘弁して欲しいなぁ~なんて……はは」


 萌は緊張した面持ちで真の顔を見下ろす。


「真君の顔、赤いね。わ、わたしもね、今すごく緊張してるよ」


 はにかんで胸に手を添える萌。その動作によって上腕二頭筋が隆起し、制服の袖が悲鳴を上げて千切れた。

 その様子に乾いた笑いを浮かべる真の隣に、やがてゴンドラが辿り着く。


「足元にお気をつけ、てっ!? え……あっ、ごゆっくり……うわ」


 オペレーターに生温かく見送られ、二人はゴンドラに乗り込んだ。


「真君……今日はありがと」


 地上との、暫しの別れ。口火を切ったのは萌の方だった。


「今日はね、すっごく楽しかったの。男の子とデートするのって初めてだったんだよ?」

「あ、ああ、オレもだよ……男とデート……」


 うん……本当にな。


「こうしてまた逢えたのに……もうすぐ……」


 一呼吸の沈黙。そして──、


「お別れなんだね」


 ゴンドラからの眺めを目に焼き付けて、萌は小さくそう言った。


「……萌ちゃん……」


 この観覧車が一周する時、萌の願いは成就する。それは萌の成仏をも意味していた。

 萌は今、どんな気持ちなのだろう。

 一度目の死は交通事故。その凶報を受けた時、真は耳を疑った。

 中学時代を共に過ごし、これから同じ高校に通うはずだったその女の子が──自分の知らない内に帰らぬ人となっていたなんて。

 恐らく萌本人でさえ、自分の死を理解する間も無かっただろう。それが今度はどうだ。ゆっくりと、そして確実に迫る、死という終焉。

 萌は一体、どんな気持ちでそれを迎えているのだろう。 


「真君は覚えてるかな、わたしと真君が初めて出会った日。真君はね、あっと言う間に悪者をやっつけて、わたしの事を助けてくれたの。あの日からずっと……真君はわたしの王子様だったんだよ?」

「……うん」


 萌と過ごした日々が、鮮明に呼び起こされる。長いようで短かった中学の三年間。一緒のクラスになる事は無かったけど、真の側にはいつも萌の姿があった。

 ……いや、違う。萌はいつも、一歩引いたところから真を見ていた。真の隣には水乃や黄泉が居て、萌はそれを眺める事しかできなかったから。


「ねぇ真君……キス、しよ」


 真の目に映るのは、もう強じゃない。あの頃と変わない、鬼萌の姿がそこに在った。


「分かった」


 緊張に強張るこの肩も、切なく震える唇も、熱く潤む双眸も全て、今この瞬間だけは紛れも無く萌のものだ。

 ゴンドラも、真と萌の感情も、頂点に達する。天国に最も近いこの場所で、終末の世界を焼き尽くすような緋色の中で──二つの影が、重なった。


「っ……ん……」


 最初で最後の口付けは、温かくも柔らかくもなくて。ただ冷たく、硬い……刃に口付けたかのような死の感触だった。


「最ッ……低……」


 嫌悪感を絞り出したような声がすぐ隣から聞こえ、真は慌てて顔を離す。

 声のした方を見ると、そこにはこめかみを押さえるリリー、そして虫ケラを見るような目をしたフェリシアが居た。

 リリーの手には大鎌が握られ、真と萌はその鎌越しにキスをしていたらしい。


「おわぁっ!? 何でお前らがここに!」

「宇佐美に頼まれて尾行してたのよ。最初から、ずぅっとね」


 真の疑問に答えるリリーは、溜め息混じりに肩を竦める。


「うっそぉ……え、一緒のゴンドラに乗ってたのにどーして姿が見えなかったんだ?」

「姿を消し、気配を隠すのは死神の基本」


 真の疑問に答えるフェリシアも、溜め息混じりに肩を竦めてみせた。


「それにしても、あなた達……」


 リリーは萎縮する真と、気持ちが昂って気絶した萌を見比べて、


「本当に男同士でキスするつもりだったの?」


 言葉のナイフをブスリと突き刺した。


「変態」


 フェリシアの一言にも言い返す余地は無い。真はただ呻きながら、己の犯そうとした過ちに打ち震えていた。


「ま……一応ついて来て正解だったわ。あなたを悩殺するのはこの私だもの。こんな男に先を越されたら立ち直れないわ」

「シンを悩殺するのはワタシ」


 こんな時にまで対抗意識を燃やすフェリシアだったが、萌が意識を取り戻す気配を感じ取って姿を消した。


「じゃあね、これ以上変な気は起こさないでよ。最後まで見張ってるんだから」


 そう捨て台詞を残してリリーも消える。


「ぅ……く……ここ、は……? 俺は萌を呼び出そうとして……ハッ!? そうだ! 早く真に知らせ、ない、と……?」


 目覚めたのは萌ではなく、強の方だったようだ。つまり、萌はもう天に召されたという事なのだろうか。

 あぁ、天国は無いから冥府が正解だな。


「真! 良かった、お前を探していたんだ。早くここから逃げろ、萌は何かを企んでお前と会って何かを企む気……ああくそっ、俺は何を言ってるんだ! とにかく急いで」

「落ち着け強。もう終わったよ、何もかも。もう……終わったんだ」


 赤子をあやすように、真は優しく強の背中に腕を回す。

 落ち着きを取り戻した強が自分の異変に気付くのには、そう時間は掛からなかった。


「なぁ、真よ。俺は一体……どうしてこんな格好を……?」


 泣くな強。乙女の格好をしていても、お前は男だろ?


「萌ちゃんが来たんだ。その格好で神社まで押し掛けて来て、今はこの通り遊園地デートの真っ最中ってワケさ」


 事情を把握した強は、怒る事も嘆く事もできずに複雑な表情を作る。


「そう、か……萌が……。真、結局あいつはどうなったんだ?」

「萌ちゃんはもう帰ったよ。だからオレ達も帰ろう……そう、一刻も早くッ!!」


 ゴンドラが地上に戻った瞬間、真は強の手を取って走り出す。若いカップルに笑われ、家族連れに指差されながら、真と強の二人は真っ赤な園内を真っ赤になって駆け抜けていく。


「……萌ちゃん。オレ、忘れねぇから……」


 誰に聞かせるでもなく、真は口の中で小さく誓う。

 そうだな、真。萌の純真で真っ直ぐな想い、こちらも真摯に受け止めようじゃないか。


「今日の仕打ち、絶対に忘れねぇからなあああぁぁぁーーーっっ!!」


 あの世まで届かせるように、真は腹の底から怨嗟の呪文を唱える。

 あ、そっちの意味ですかそうですか……。

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