鬼萌との出会い
「この前はよくもコケにしてくれたなぁ、このデカブツ!」
──ゴガッ!
「ぐうぅ……」
「やめてっ! お兄ちゃんに酷い事しないでよぉ!」
すっかり暮れた濃藍の世界。その中でも一際暗い路地裏に、少年少女の怒声と悲鳴が響き合う。
「テメェにこんな弱点があったなんてよ。鈴音の鬼が聞いて呆れるぜ」
警棒、鉄パイプ、金属バット、ナイフ……思い思いに武装した不良達に打ちのめされ、鬼強は地に伏していた。
常であれば数も武装も意に介さず跳ね除ける彼だが、この夜だけは勝手が違う。自身の命よりも大切な妹が、人質に取られていたからだ。
「妹を……放せ……」
「けっ、こりゃあ傑作だな……おい、ショータイムだ」
囚われの少女──鬼萌をナイフで脅して支配する少年に、リーダー格の男が指示を出す。
すると少年は萌の首筋からゆっくりとナイフを下げ、胸元に刃を突っ込んだ。力任せに衣服を切り裂き、中学一年にしては有り得ないほどたわわに実った果実が曝け出される。
「うっひょおぉっ! こりゃマジにハンパねぇ」
「ホントはオニイチャンに見つかる前に一発と思ってたけど、意外と早く野生の勘に嗅ぎ付けられちまったからな……ま、今からゆっくり楽しませてもらうわ」
下卑た笑いを浮かべて少年達は萌へと向き直る。
「ゆ、許して……乱暴しないでくださ、お、お願いですから……」
震える唇で懸命に訴えるも、少年達の歩みは止まらない。萌の身体から抵抗する力が消えたのを見計らって、ナイフの少年は舌舐めずりと共に武装を解除する。
──その時。
「ぁがあっ!?」
汚い悲鳴を上げて吹っ飛ぶナイフの少年は、自身が放り投げた凶器と同時に地面を転がった。
ナイフの少年に絡まってつんのめる萌の肩を、後ろから伸びてきた腕が支える。
「あっ……」
萌が声を漏らした次の瞬間、肩から手を離して影が走る。
リーダー格の男に狙いを定めた影が鼻頭に肘鉄を食わせ、奪った警棒をブーメランの如く左の敵に投げ放つ。
二人の少年がスローモーションで傾いていく中、影は次なる標的を強襲する。
蛇のように低く滑って距離を詰め、一人の膝を三角飛びの要領で蹴りつけて圧し折り、加速。
その勢いを殺さず、唖然として立ち尽くす別の少年の顎に掌底打ちを叩き込み、身を護って丸くなる最後の少年には跳躍からの後ろ回し蹴りを振り下ろし、その襟首を刈り取った。
「ふぅ……トラブルの種は路地裏に芽吹く、か。黄泉さんの占いが当たったな」
短く息を吐き、影が呟く。
尻餅をついて見上げる萌の目に映り込んだのは、まだあどけなさの残る少年の後ろ姿。
地面には六人の悪漢が転がっている。まさに『あっ』と言う間の出来事だった。
「あ……あり、が……」
助かったという実感が付いて来ないまま、萌は少年に謝辞を述べようと声を発する。
「アンタ、怪我は……無さそうだな。使えよ」
少年はすぐに萌から視線を外し、自分の学ランを脱いで渡した。そのまま踵を返し、起き上がろうとする強に手を差し出しながら少年が笑う。
「おいおい、どうしたんだよ強。オレならともかくお前までやられちまうなんてよ」
「く……すまない、真。恩に着る」
颯爽と現れたこの少年は、強の呼び方からも分かる通り霧崎真である。
前回この不良グループに不意打ちで敗北した真だったが、その時の雪辱はこれで十分果たせただろう。
「おうよ着ろ着ろ。つっても礼を言いたいのはこっちも同じでね、助かったぜ。お陰で今日は百善達成できた。ま、カウントはあくまで自己判断だけどな」
頬を掻いて苦笑する真は、ハッとなって身構える。
「やば、帰りは遅くなるなって水乃に言われてんだ。あああ、えーっと、ホントはお前の手当てまでしてやりてぇとこなんだけどよ」
「大丈夫だ、問題無い。早く帰って安心させてやれ」
強の言葉に頷くと、真は手刀を切って表通りへと走り去った。強と萌の二人も、痛みに悶える不良達を捨て置いて裏通りを後にする。
「お兄ちゃん……さっきの人、知ってるの?」
傷付いた兄に肩を貸して歩く萌は、期待を込めて強に尋ねる。
「ん? 萌は初めてだったか。奴は霧崎真、俺の学友にして……親友だ」
誇らしげに言う強の顔は、笑っていた。楽しい時も、悲しい時も、常に仏頂面である事が当たり前になっていた強の笑顔。
実の妹である萌でさえ、その特別な表情を目にする事は少ない。それが今は、目の前にある。
「霧崎……真君……」
萌は自身の中に芽生えた感情を確かめるように、熱く火照る胸に手を置いて呟いた。