鬼強との出会い
「っでよぉ、マジ体育の糞ゴリラむかつくんだけどよぉ、マジでよぉ。いやもうマジぶっ殺してぇんだけどよぉ」
「ってかさぁ、ウザくね? マジ死んどけってあのゴリさぁ。もうさぁ、いっそさぁ、マジ俺らで一回シメとく?」
ある晴れた日の夕方、コンビニの駐車場。
そこに高校生と思われる五人の少年達が座り込み、惣菜パンを食い散らかし、タバコを飲み散らかしながら学校での不平不満を撒き散らしていた。
──がさ、がさ。
「はぁ? えちょっ何このガキ、マジウケるんですけど!」
「えっえっ何何? こいつ何勝手に掃除してんの? 馬鹿なの?」
少年らが奇異の目を向けて囃すのは、年下と思しき一人の少年。
ゴミ袋を手にゴミ拾いに精を出すその少年は、高校生達に見せつけるように目の前でゴミを回収していく。
「アンタらがポイ捨てするから、仕方なくオレが拾ってんだよ。分かんねぇの?」
トントンと年寄り臭く腰を叩く少年の言い分に、五人組は挙って目角を立てた。
「アァン? ンだよオメェは、いっぺん死んでみる?」
「てめぇ……どこ中だコラアァァッ!?」
口々に喚き立てる少年らに対し、
「鈴音中、一年──霧崎真だ」
霧崎真は、臆する事無く名乗りを上げた。
少年らは学ランのボタンを外し、指の骨をバキバキ鳴らして臨戦態勢を整える。
ゴミ袋を地面に置く真もまた、制服の詰襟を緩めて半身の構えでステップを踏む。
「破邪顕正も正義の務めだ。来いよチンピラ、受けて立つぜ」
「舐めてんじゃねぇぞクソガキィッ!」
顔面に迫る大振りの右、その射程距離を見切った真は前足を軸足に引き付ける動作のみでやり過ごす。
そのまま素早く相手の空振りを捕まえ、足を払ってうつ伏せに倒すと肩および手首の関節をきめる。
「次」
ヤロォ、と口汚く吐き捨てて飛び出す少年も、最初の一人と同じく力任せに拳を振るった。
真は一人目の少年を引っ張って立たせるとその後頭部を掴み、迫る拳にパイ投げ用のパイでも叩き付けるかのようにスイングする。
「オゴッ!?」
仲間に顔面を強打されて崩れ落ちる少年を尻目に、真は二人目の少年に肉薄。拳を痛めて呻く二人目の喉元に鋭い右突きを見舞った。
瞬く間に二人の仲間を失った少年らは驚愕に声を無くす。その情けない顔を見て口元に笑みを浮かべながらも、真は攻撃の手を止めない。
気勢を殺がれて立ち止まる一人の腹に左の後ろ蹴りを放ち、左足をめり込ませたまま飛び上がって右の踵で顎を跳ね上げる。
曲芸師のような軽快さで空中を舞い、着地。常軌を逸した真の身のこなしに、残された二人の少年は蒼白となって膝を震わせた。
「何なのコイツ……格ゲーキャラみてぇな動きしやがって」
「お褒めいただき恐悦至極。格ゲーキャラみたく動くのがオレの目標だからな。で? アンタらは掛かって来ねぇの?」
──ヒュンッ!!
「ぐあっ!? な、に……」
それは一瞬の油断だった。
「あれぇ~? ウッチーどったのぉ? 中坊相手に手こずっちゃって」
ずしん、と首筋に衝撃が走った刹那、真の身体から自由が奪われる。
アスファルトに頬擦りをする羽目になった真の背中を踏みつけて、右手に警棒を携えた少年が笑っていた。
「アニキィ! 来てくれたんスね! いやぁ恥ずかしいところを見られちゃったなぁ。へへ、このガキ結構強くて、正直ヤバかったんっス……よおぁぃッ!!」
アニキと呼ばれた男にへつらいつつ、真の顔をサッカーボールキックで蹴り飛ばす少年。鼻血を噴いて転がる真は、産まれ立ての子鹿のように踏ん張って起き上がろうともがく。
「調子ぶっこいてんじゃねぇぞコラァ!? アニキにダッセェとこ見られちまったじゃねぇかよこのチ○カス野郎ッ!!」
「がっ、あぁぐ!」
四つ這いになったところに腹蹴りを受け嘔吐する真に、
「格ゲーキャラはKO寸前まで元気に動き回るモンだぜ? ほらほら頑張れよぉ!」
「がああッ!」
容赦の無い警棒の一撃が浴びせられる。
真にやられた三人の内、最初の二人が意識を取り戻し、痛む身体を押してまでリンチに加わった。
もはや真は半死半生。立ち向う事はもちろん、逃げる事も助けを呼ぶ事も、命乞いをする事さえも叶わない状態にまで追い詰められていた。
──その時。
「丸腰一人に大勢で集る……毛才六が、恥を知れ!!」
そう一喝したのは、どこからともなく現れた天を衝く大男。
「何だぁオッサン、テメェもブッ殺しちゃうよ?」
高校生達にオッサンと呼ばれたその大男は、真と同じ鈴音中学の制服を着ているように見える。
大男は怯む事無く歩み出ると、警棒の少年に並んだ。アニキと呼ばれるこの男も相当な巨漢だが、それを上回る位置から見下ろす大男の迫力は尋常ではない。
「やってみろ。尤も、賽の河原の石積みだがな」
「イミフなんだよボケが!」
──ドンッ!
凄まじい衝撃音を伴って吹き飛んだのは、先に警棒を振るったアニキの方だった。数メートル吹き飛んで二度三度と転がる様は宛ら人身事故のようだ。
「アニキ! てっ、てめぇ、何しやが」
──ボゴンッ!
それは拳骨だった。
ジャブでもフックでもなく、ましてや正拳でも裏拳でもない。ただ純粋なる暴力、純然たる破壊の力。相手を薙ぎ倒すだけの、鉄拳だった。
「ぅ……あ……何モンだ、てめぇ……」
恐怖に掠れる声で問う少年らに対し、
「鈴音中、一年──鬼強」
鬼強は、臆する事無く名乗りを上げた。
「鬼強……そういえば聞いたことがある。その昔、齢五歳にして各地の武術道場やジムの名立たる格闘家を総嘗めにした幼児が居たと。確かその幼児の名前が……ま、まさか!?」
「仲間を連れて失せろ。鬼一口に遭う前にな」
鬼を欺く眼光で射られた少年らは、倒れた仲間を引きずって一目散に逃げ出した。
「虫けらめ……。おい、手酷くやられたな。立てるか?」
「さ、サンキュ……ふぅ。にしてもアンタ、すげぇ強ぇのな。同中にこんな野郎が居たなんて全然知らなかったぜ」
強の手を借りて立ち上がった真は、目を細めて強を見上げる。
「ほう、お前も鈴音中だったのか。ここで何があった? かつあげか?」
強の質問に口元の血を拭い、首を横に振る真。
「あいつらが捨てたゴミを拾ったら絡まれたんだ。ったく、冗談じゃねぇぜ」
「それは災難だったな。もう分かったと思うが、あの手合いは箍が外れていて危険だ。今後は何を見ても近付くな」
「そうは行かねぇよ。一日百善を達成するには、ああいうどっからどう見ても迷惑な奴らを付け回すのが一番だからな」
胸の前でパシンと拳を鳴らして息巻く真に、強は目を丸くして言う。
「一日、百善? ふ、おかしな奴だ……だが、悪くない。どうだろう。その活動、俺にも手伝わせてくれないか?」
突然の申し出に、目を丸くするのは真の番。
「あ、ありがてぇけど……何でだ?」
「危険を顧みず世直しに没頭する、お前の男気に惚れただけだ」
そう言って差し出される大きな手を、真は躊躇いつつ握る。
「霧崎真だ。よく分かんねぇけど、よろしくな」
真の掌を隙間無く包み込む強の手は、予想に反してとても柔らかかった──。