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殺害決定!  作者: 明智 烏兎
第四話 ジャック・ザ・リッパー
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黄泉路に立つ者

 ──その日の夜。


「ほいキョウちゃん。この紙に守護の魔法陣を描いておいたから、儀式は必ずこの上に立って行う事じゃ。後は上手くやんなさい」

「ありがとう比良坂。こんな茶番に時間を取らせて、すまないな」


 ここは安アパート“曼珠沙華”。親元を離れて暮らす強と黄泉は、中学時代からこのアパートで暮らしている隣人同士の間柄である。

 強の部屋の前でコソコソと怪しげなやり取りをする二人は、黄泉から強へ何かを受け渡す事で決着がついたようだ。


「良い良い。その代わりわしの命令には絶対服従、それを忘れるでないぞ~? んっふふ」


 ──バタン。


「……“こんな茶番”、か……我ながら正気を疑う。だが、もう一度だけその声が聞けるなら……俺は悪魔に魂を売ってもいい」


 六畳間。お世辞にも広いとはいえなかったこの部屋が、今は途方もなく広い。

 飾る物の一切を排した部屋にただ一つだけ残ったモノは、制服。強達の通う、鈴音高校の女子学生服だ。

 黄泉から授かった魔法陣を部屋の中央に敷き、その上に立って目を閉じる。窓から射し込む月影が、明かりの消えた部屋を青く儚く照らしていた。


「冥府に座する閻王よ、俺の声に耳をそばだて……そして叶えろ」


 秋の夜に歌う虫の音が、湿った風に乗って流れる。


「我が妹──“鬼萌きさらぎもえ”の魂を、今一度彼岸より還したまえ……!」


 虫の音が消え、月には叢雲。闇に閉ざされた無音の世界に響いたのは──、


「のぉっ! 扇風機が臨終しとる!? おのれ、今夜はわしを寝かさぬ気じゃな?」


 薄い壁を隔てた先の隣人が発する、間の抜けた悲鳴だけだった。


「……ふ、分かっていたさ。比良坂が面白半分に考えた降霊術なんかで……いや、たとえどんな手段を用いたとしても、やはり死者の魂を呼び戻すなど最初から不可能だったんだ」


 肩を落とし、自嘲気味に口元を歪めて言う強は、魔法陣を折り畳んで部屋の隅に置く。


〈──お兄ちゃん〉


 その時、部屋の中に声が響いた。強を兄と呼ぶこの可憐な声の主こそ、


「萌っ!? 萌なのか!?」


 半年前、高校進学を目前にしてこの世を去った、


〈うん。ただいま……で、いいのかな〉


 強の双子の妹──鬼萌だった。


「あぁ、勿論だ! 良く帰ってきてくれた。どこにいるんだ? 姿を見せてくれ」


 部屋の中央に正座して辺りを見回す強を、上品な笑い声がくすぐる。


〈ふふ、やだお兄ちゃん。わたし目の前に居るのに、おかしいんだぁ〉


 冷たい空気が左頬を撫で、強はそれが萌の手だと直感的に理解した。


「すまない。声は聞こえるが姿は見えないらしい」

〈そうなんだ? 良かったぁ、わたし今裸だから、ちょっと安心しちゃった〉


 強は苦笑して半袖の腕を擦りながら、見えざる妹に声を掛ける。


「萌、俺な……生きているうちに、お前に何もしてやれなかった。親父とお袋が死んで、金も無くてさ。叔父貴に甘えるのも違うと思って一人暮らしを始めた俺に、お前は付いて来てくれた。俺、強くなって……早く一人前になってお前を支えてやりたかった。なのに……お前は先に逝ってしまった」


 過去を悔いる言葉の数々が、褪せた畳に吸い込まれていく。


「萌。もう一度お前に会えたら、聞きたい事があったんだ」

〈何、お兄ちゃん〉

「お前、ちゃんと幸せだったか?」

〈…………うん。幸せだったよ〉


 返答までに時間を要した。その事実を重く受け止めた強は、萌の本心を聞き出そうとさらに質問を投げ掛ける。


「何か、未練があるんだな? 言ってみろ、萌の頼みなら何でも聞こう」

〈……本当に? 本当に何でも聞いてくれる?〉

「あぁ、何でもだ」


 そう答えた瞬間、葉擦れの音を伴って吹く風が暗雲を取り払う。上弦の薄明かりが照らす部屋に、愛しの妹の姿が朧々と浮かび上がった。


「も、萌……お前、その姿……!!」

〈あはっ! 兄妹でもここまで見せた事、無かったよね。うふふ、ちょっと刺激が強すぎちゃったかな? あっははははははははははははははははははははははは!〉


 狂気に満ちた笑い声を上げる萌の肢体は、雪のように白かった。

 絶句する強の目に映ったのは、全裸の妹。そう、包み隠すモノが何一つ無い──白骨死体が、そこにいた。


「ひ……そん、な……萌が……」


 いつしか吐息は白く染まり、強の白い歯がガチガチと音を鳴らす。


〈ね、オ兄ちゃン。わタし、お兄ちャンが欲しいナ。オ兄チャンの、身体ガ欲シいノ。あはハハッ! ソウスレバネ、真君ニ逢イニ行ケルモノ〉


 眼前に迫った白骨に怖けて後退る強の手に、守護の魔法陣を描いた紙が触れる。


「真、だと……? 真に会って、どうする気だ……?」


 萌に気取られぬよう紙を捲る強の手に、細く冷たい指が重なる。


〈ナ・イ・ショ〉


 刹那、萌の肋骨が観音開きに裂け、


「ぐああぁぁああああああぁぁぁぁぁーーーッ!!」


 強の身体を、飲み込んだ──。

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