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殺害決定!  作者: 明智 烏兎
第四話 ジャック・ザ・リッパー
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タイドアップ!

「よっしゃあ火柩っ、いいところに! 今すぐオレと一つになれぇ!」


 これ以上無いタイミングで現れた火柩に向かって、手の平を突き上げる真。その意図を瞬時に汲み取った火柩は、真に向かって飛翔する。


「承知!」


 ──バサッ!


 着地と同時に、どこからともなく取り出した布団を広げて毛布に包まる火柩。薄く朱に染まった顔を背けるように背中を向け、毛布を捲りながら流し目で訴える。


「上様……しょ、初交ゆえ、手柔らかにお頼み申し上げまする……」

「何を承知したんだ何を! ったく……一つになるっつったら、こういう事だっ!」


 真は火柩の道着を引っ掴んで布団から引きずり出す。そのまま宙吊りにして気合を込めると、真の足元から紅蓮の火柱が立ち上った。


「いたたたっ!? う、上様、何をなさりまする~!? それに、熱ッ! い、如何でか存じませぬが、身体が熱く……あ、あああぁぁーーっ!!」


 じたばたともがく火柩の身体に、炎が飛び火して燃え上がる。


「タイドアップ……“幽餓刀ゆうがとう諫火いさりび”」


 鎮火したそこに火柩の姿は無かった。

 消えた火柩に換わって真の手元を占拠していたのは、一振りの日本刀。

 艶消しの施された黒石目鞘くろいしめざやに真紅の下緒が結ばれ、柄巻きにも同じ真紅が使われたその太刀は、幽玄にして冷厳な気配を纏っている。

 気付いたかい諸君。そう、これは火柩がいつも佩いているあの刀と同じ物だ。といっても、その威力は桁違いだけどね。

 何せこの刀は、火柩の魂そのものが変化しているんだから。


 真は右手を柄に重ね、左の親指で鯉口を切る。その刹那、大太刀はそれまで纏っていた明鏡のような霊気を一変させた。

 赤熱する刃が火の粉を噴いて鳴き、その高温に周囲の空気が踊るように揺らめく。その間、鞘走りの響きは皆無。

 陽炎に揺らぐ刀身をゆっくりと抜き放った真は、地を舐めるかのように大きく前傾した直後、掻き消える。


「悪く思うなよ」


 残像を残して四散する影が、飛沫を蹴立てて駆け抜ける。


「なに、ただちょっと魔が差した──」


 翻る太刀影が、河原を焦がす燎原の火となって穢れを焼き尽くす。

 蹴立てた飛沫が落ちるより早く残像が一つに戻った時、


「──それだけだ」


 『怨鬼』の群れは、荼毘だびに付されていた。


「すごい……これが《業報者》の……霧崎の、力……」


 赫焉かくえんたる刃は血糊や腐肉を全て燃やし、血振りを行わずとも清浄を保っている。

 斬り足りぬと言わんばかりに猛る炎刀を黒鞘に封じ、鍔鳴りを以て幕を下ろす。周囲の熱は急速に冷め、火柩が少女の姿を取り戻して担ぎ手を賛美した。


「さすが上様、見事な手並みにござりました!」

「火柩が力を貸してくれたお陰だ、ありがとな。リリーも……あ、そうか。女の子がいつまでもボロボロの格好じゃまずいよな。びしょ濡れだし、肝心な部分に穴も開いてるけど、とりあえずオレのシャツでも着てくれ」


 リリーは自分の怪我を『霊術』で治癒していたようで、傷はすっかり治っていた。だが着衣の修復まではできなかったらしく、直視するのがはばかられる格好は相変わらずだ。

 真は身体にぴったり張り付いた半袖のシャツを苦労して脱ぐと、それをリリーに差し出す。


「ほれ」

「え……何かやだ……」

「うぐ、そうやって露骨に嫌がられるとグサッとくるな。確かにちょっと気持ち悪ぃかもしれねぇけど我慢してくれよ」


 後退るリリーとの距離を埋めようと、一歩踏み出して説得する真。

 真よ、拒否はされたがちょっと違うぞ。よく見てみろ、リリーのはにかんだようなこの表情を。今の彼女はデレている。うん、間違いない。


「ち、違う、別に気持ち悪いとかじゃなくて、その……だって、きゃあっ!?」

「リリー!」


 ──ドサッ!


「いったぁ……石に乗っちゃった……ひぁっ!? き、きりさ、き……」

「っつぅ……間に合ったか。ったく気を付け、ッ……ろよ……」


 丸い石に足を取られて、リリーは仰向けにひっくり返る。その拍子に頭を打ち付けないよう、身体に覆い被さるようにして手で支える真だったが、その結果二人は至近距離で見つめ合う体勢に。


「ゃ……見ない、で……」


 潤んだ瞳で哀願するリリーは、身をよじると羞恥に頬を染めて目を逸らす。唇を噛み、肌が露出した部分を弱々しく腕で押さえるその姿は、堪らなくいじらしい。


(……え、何? リリーってこんなに可愛かったっけ……? まずいだろコレ……オレ今悩殺され掛かってねぇか? やば……誰かっ、誰か来てくれぇ……!)


「真様! 良かった、お怪我はありませんか?」

「『怨鬼』の気配が消えてる。もう大丈夫」


 山道から河原へと飛び出してきたのは、水乃とフェリシアの二人だった。先程まで発生していた『死の悪寒』を辿り、この場所まで降りてきたのだろう。


「真、無事だったんだな」

「ぜぇ、ぜぇ、ふひぃ~……だから言ったじゃろ? 川に落ちたくらいでどうにかなるほど、わしのシンちゃんは柔じゃないわい」


 やや遅れて河原に到着した強と黄泉も、安堵の溜め息とともに真の元へと駆け寄った。


「水乃、シア! へへっ、一足遅かったな。もう全部終わった後だぜ?」


 悩殺寸前だった真は、水乃達の登場に内心で胸を撫で下ろし、強がって見せる。


「そ、そんな……真様、信じていたのに……」

「……事後?」


 落涙して震える水乃と、頬を赤く染めて目を見張るフェリシア。

 あぁ真よ。それが衣服の乱れた女の子を半裸で押し倒したまま言う台詞かい?


「シンちゃんの人でなし! 鬼畜っ!」

「見損なったぞ……真」


 真とリリーは、そこでようやく理解する。互いが置かれた、最低の状況を。

 みるみるうちに真っ赤になった二人は、声を合わせて同じ言葉を叫ぶ。


「誤解だあぁああぁぁーーーッッ!!」


 絶叫は、山彦となって空へと吸い込まれる。

 まぁ、こんな事があった後だから当然だけど、大事を取った一行はその後の登頂を諦め、早々に帰宅しましたとさ──。

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