回想・アブナイ山登り①
──ブロロロ……。
鈍重な排気音と排ガスを残して、バスが停留所を後にする。
真、水乃、黄泉、強、フェリシア、リリー、火柩の六人(火柩は『幽鬼』だからノーカウント)は、当初の予定通り隣町の“瑠天山”へとやって来た。
いい加減な黄泉の事だからもっとこう、人跡未踏の秘境探索みたいな冒険になるかと思っていたんだけど、割と普通の夏山登山になりそうだ。
「皆の者、ここが瑠天山だぞよ。千五百メートルにも満たない山なんだけどね、頂上からの眺めは結構すごいのよ」
腕組みをして言う黄泉の口振りからして、彼女はこの山を登頂済みらしい。
「もうちょい待って紅葉した頃に登るのが良かったんじゃ……」
真の呟きを、黄泉の地獄耳が逃さず拾う。
「ほっほ~う? シンちゃん最近、生意気になったんじゃな~いの? どれ、ここらで少し引き締めておこうかのぅ」
水を差されて機嫌を損ねたのだろう。黄泉は自分の荷物を真の胸元へ押し付け、もっともらしくそう言った。
「な、何のマネっすか?」
「荷物持ちに決まっておろう。それナノちゃん、シアちゃんにリリちゃんも荷物は全部シンちゃんに預けて、わしら乙女は身軽に行こうではないか」
黄泉は女性陣の荷物を全て取り上げ、次々と真の身体に引っ掛けていく。
「ひぎぃっ! シアのリュックが死ぬほど重い! 一体何が入ってんだ!?」
「ガリとデクの頭蓋骨。二人も山に」
フェリシアの言葉を聞き終えるより早く、真はリュックの中から二つの頭を取り出して登山口に並べた。
「よし、行くぞ!」
「こんな場所にこんな物があったら、後から登る人が尻込みしそうね……」
「な、なぜリュックから馬の頭蓋骨が……?」
苦笑するリリーに、目を丸くして頷く強。ガリとデクに見送られ、一同は瑠天山へと入っていくのだった。
階段状に整備された山道をテンポ良く進んでいく。
「真様、荷物をこちらへ。黄泉さんももう許してくれると思います」
はぁ……こういう時、水乃の優しさが際立つなぁ。
「いいって。黄泉さんに言われるまでもなく、こういう荷物持ちなんかはオレが率先して引き受けるべきなんだ」
「へぇ、そういう殊勝な事も言えるのね」
リリーの嫌みを鼻であしらうと、荷物を背負い直して真が言う。
「恩を売るのが趣味なんだ。リリーも困った時はオレに言えよ」
「馬鹿を一人、悩殺しなきゃならなくて困ってるのよね。どうにかしてくれない?」
思わぬ相談に渋い顔で歩を進める真。
なるほど。死神にしてみれば切実な悩みだよね。
「その馬鹿も命が懸かってるからな……悩殺したけりゃソイツに好かれるように振る舞うのが早道だと思うぜ? お前真面目だし可愛いから、後は切っ掛けだな」
「そっ!? そう……」
一瞬驚いた顔をして、リリーは恥ずかしそうに視線を逸らす。明け透けにものを言う真に、彼女はすっかり毒気を抜かれた様子だ。
「ね、ねぇ霧崎。荷物……こっちに渡しなさいよ」
そっぽを向いたまま手を差し出すリリーに苦笑を返し、
「早速実践かよ。その手にゃ乗らねぇぞ」
真はさっさと階段を上っていく。
「……ただの親切よ、馬鹿」
所在無く彷徨わせた手を下ろすと、リリーは寂しげに呟くのだった。
登山開始から二十分ほど登ったところで、少し開けた場所に出た。
小さな展望場の下には湖が広がり、反射する陽の光がとても綺麗だ。
一行は足を止め、各自水筒を取り出して一息入れようとしたところ、ある事に気付く。
「ありゃ、水筒がまだ到着してなかったか」
そう言う黄泉の遥か後方、登山道を這うように進む真の姿が哀れでならない。
「上様、もう一息にござりまする」
浮遊霊のようにふわふわと浮かぶ背後霊、火柩の声援にも応える余裕は無く、真は息を切らして階段をよじ登る。ようやく追いついた真に、リリーが再び手を差し伸べて言った。
「変な意地張るからよ。ほら、手」
「お疲れ様です真様。少し座って休憩しましょう」
リリーの横から強引に割り込んできた水乃の肩を借りて、岩に腰を下ろす真。
ふう、と息を吐き出してから、手を差し出したまま硬直しているリリーに気付き、真はその手に水筒を握らせた。
「お待ち遠さん」
「……ありがとう」
ぷい、と不機嫌そうに顔を背けるリリーに疑問符を浮かべ、真はフェリシアのリュックを弄る。しかし中身に目当ての物、水筒は見当たらない。
「シア、お前水筒持ってこなかったのか!?」
「うん」
夏山に水筒を持たずに来るとは恐れ入った。
「しゃあねぇ、オレのを飲みな」
自分のリュックから大きめの水筒を取り出し、フェリシアに投げて渡す。受け取ったフェリシアは蓋を外すと、躊躇いも無く注ぎ口に口を付けた。
「アッー! 何してんのお前、蓋がコップになってんのに」
「何?」
「い、いや……何でもねぇよ」
何でもあるだろバカヤロウ! ウチの妹と間接キス確定じゃないか!
フェリシアから返還された水筒の注ぎ口を見つめると、真は水筒のキャップにスポーツドリンクを注ぐ。
「…………ごくり」
おもむろに口を近付け、
──ゴクッ、ゴクッ。
渇いた身体を潤す命の水が、真の喉を上下させる。
「これが間接キス」
「ぶっっふぅううーーっ!? てめ、やっぱ分かってて口付けたのかよ!」
妹よ、少し見ない間に大人になったな。……いや、子供染みたとも言うか。
フェリシアの様子を見るに、恋愛感情というものがあるようには思えない。
真の事を気に入ってはいるようだが、う~む……我が妹ながら良く分からないな。
「よーし皆の者、登山再開じゃ!」
「マジっすか? オレまだ少ししか休んでないっすよ」
「仕方無いのぅ……キョウちゃん! 荷物を持ってやんなさい」
「分かった」
強は嫌な顔一つせず、首を縦に振って応える。顔は怖いけど相変わらず優しい男だ。
「強……サンキュぉわぁっ!? な、何すんだバカっ! 降ろせよ!」
強の逞しい腕に背中と膝裏を抱かれ、真っ赤になって喚く真。
こ、これは……いわゆる一つの、お姫様抱っこというヤツだね。
「比良坂の命令だ。荷物は俺に持たせてもらうぞ」
「荷物って……オレのことかーーーっ!!」
ほう? 強がこういう冗談を言うのは珍しいな。
しかし、“比良坂の命令”を強調する言い方には何かが引っ掛かる。
昔から黄泉に頭が上がらない真はいいとして、強は今まで別段支配されるような事は無かったんだけど……何か弱みでも握られたのかな?
まぁ、どうせ大した事じゃないか。