不吉の足音
フェリシアの合図を受けて、三人が一斉に走り出す。
先陣を切ったのは《ケナイン》の異名を取るフェリシア・クロフォード。
微塵の迷いも無く敵中に身を投げ込む様は勇敢以前に狂気の沙汰。恐れる事を知らない死者の思考の為せる業だ。
自らの性能に自らの心を殺された哀れな殺戮人形は、自らの存在意義を賭けて鎌を振るう。短小な体躯に釣り合わない長大な得物を、肩や腰、時に脚までも支点に使って豪快に振り回す彼女は、返り血に濡れる事無く純白を保っている。巻き起こる旋風が汚物を吹き飛ばし、一切の接触を許さないからだ。
「はっ!」
次いで接敵を果たしたリリー・ハミルトンが、短い息吹とともに鎌を薙ぐ。無策で敵陣に飛び込んでいく規格外の先輩には先んじられたものの、リリーは電光石火の鎌捌きで『怨鬼』の魂の緒を刈り取っていく。
『グリムトゥース』最速の名で知られる《インサイザー》の面目躍如と言ったところか。
「吐普加身依身多女、祓い玉い清め給う……“蒼玉・月華星彩”」
凛と響く水乃の祝詞が、凍て付く夜気を切り裂いた。『怨鬼』の一群へと跳梁するは、黒兎の懐剣にして宇佐美の利剣。蒼く輝く双眸が線を引き、夜天を舞って弧を描く。
ムーンサルトで敵の頭上を飛び越えた水乃は、着地と同時に護符を地面に貼り付け結界を展開。神気を込めた別の護符を無数に取り出し、上空に投擲する。
「種種の罪事、本打ち切り末打ち断ちて神掃え!」
胸の前で刀印を作り、四方八方に切る水乃。夜空に散り敷く星となって瞬く護符が『怨鬼』を次々と掃討していく様は、宛ら流星雨のようだ。
「……すげぇ……けど……」
強い。三人の強さは圧倒的と言えるだろう。大抵の『怨鬼』は一打ち、それが無理でも返す刃で事足りる。
しかし、その余分な一振りがあまりにも致命的だった。
『怨鬼』達は、《業報者》である真を優先して狙っている。それは昨夜水乃が言った通りだ。
彼女達が討ち漏らして戦禍を逃れた『怨鬼』は、すぐさま真に向かって突進しようとする。それを阻止するために追い討ちをかけるから相対する敵への対処が疎かになり、
「あぐッ!」
「きゃあっ!?」
こうして後ろ傷を負う事になるのだ。
歴然たる力の差がありながらも苦戦を強いられる理由、それは霧崎真という名の枷があるからに他ならない。
戦う少女達の後ろ、火柩に護られながら震える少年の存在が彼女達の邪魔になっているのは明白だった。
とはいえ、その程度の障害で力の差が埋まるほど三人も未熟ではない。真が自分の不甲斐無さに牙を鳴らしている内に、フェリシアによる最後の一撃が振り下ろされていた。
「お見事! これにて一件落着にござりまする」
「ふぅ……真様、お怪我はありませんか?」
駆け寄る水乃は制服の端々に血を滲ませ、真の身体を優しく気遣う。
「馬鹿! オレなんかより自分の心配しろよ!」
ポケットティッシュを取り出して、赤く線の浮かぶ水乃の肩を押さえる真。
「し、真様……えへへ……」
「あ~あ、私も焼きが回ったかしら。ヤツらの攻撃を背中に貰っちゃったみたい」
「何! 見せてみろ! あぁ……制服が破れて、少し腫れてるな。痛むか?」
やけに大仰なアピールをした割に、リリーの傷は浅かった。
「シン、ワタシもやられた」
「お前の怪我は元からだろ」
プールサイドの喧嘩で出来たタンコブを指で小突くと、フェリシアは痛みを和らげるように何度も脳天を擦った。
──からん。
その時、独特の乾いた音が一つ、公園に鳴いた。良く響く音なのに、それは不思議と自然の中に溶け込み、馴染んでいく。
他にたとえようもなく世界でただ一つ、日本情緒あふれるその音の正体は、下駄の鳴き声。
──ころん。
幽玄なる響きは誰の耳にも届く事なく、夜の闇へと沈んで消えた──。
そして夜も更け、真の部屋。
そこには水乃、火柩、リリー、フェリシアの四人が集い、床に敷いた座布団に正座していた。緊張からか、四人とも表情を強張らせている。
さぁ諸君、お待ちかねの時間がやって来ましたよ。ここから先は皆様のご要望にお応えしてノーカットでお送りすると致しましょう。
「お、男の子の部屋に入ったのって初めて……先輩はどうですか?」
「…………」
リリーの問いに、フェリシアは無言で髑髏を正面に回す。
「わりぃな水乃。予定より人数が増えちまった」
言いながらテレビ台の下を探る真に、水乃は視線を彷徨わせながら尋ねる。
「あ……あの……ご、5Pというのも、アリなんでしょうか……?」
「いや、残念ながら四人までだ。……よし、火柩! みんな初めてだからまずは二人で手本を見せてやるぞ!」
「承知! 手柔らかにお頼み申しまする!」
真が定位置であるベッドの上に腰掛け、準備完了。チャランッ! と電子音が鳴り響く中、
〈3、2、1、GO!〉
「速攻で決めてやんよ! うぉら入ったぁ! オラオラオラァ!」
──ぎしっ、ぎしっ。
「あぁっ上様、またハメ技を! これでは勝負になりませぬ!」
「るせぇ! ハメ技っていうけど、これは誰にでもできる簡単なテクじゃねぇんだよ。そっちだって使っていいんだぜ? 使えるもんならな!」
コントローラーを手にテレビに向かう真と火柩。画面に映し出されるキャラクター同士が効果音とともに激しくぶつかり合う!
〈大は小を兼ねる、勉強になったでしょ?〉
真の使用キャラクターが勝ち台詞をクールに決める。
「あの、真様? もしかして今朝、火柩さんと一緒にやっていたのって……」
「ああ、もちろんこの対戦アクションゲーム『超乱戦スラッシュブラジャーズ』だ! 安心しろ、他の三人は初めてだからオレの持ちキャラ、“スイカ姫”は封印してやるよ」
そう言いつつ、三つ目のコントローラーを水乃に投げて渡す。それを慌ててキャッチした水乃は、安堵の溜め息とともに呟いた。
「良かった……水乃はてっきり……」
てっきり……何だと思ったのかな。
ところで諸君はこの状況を理解できたかい? そう、今朝方の真と火柩のやり取りはズバリ、対戦ゲームで遊ぶ様子だったのでした!
うっかり釣られてしまったかな? それとも予想通りだったかな? どっちでも僕は大満足さ。
〈3、2、1、GO!〉
暑く熱い、晩夏の夜。『死の悪寒』すら吹き飛ばす笑い声が真の部屋を満たす。
願わくは、この笑い声がいつまでも続く事を──。
あ、でも明日の休みは山登りじゃなかったっけ。真は二徹で大丈夫なのか?