たたかう少女達
「がぼっ!? ちょっわぶ、やめ、たすけぶはっ! し、死ぬぼごぼごご」
「シン、ちゃんと飲んで」
プールサイドに正座させられた真は、後頭部を押さえ付けられ抵抗不能。水中に顔を沈められ、この場所は今まさに殺害現場の体をなそうとしていた。
「やると思ったわよ、この馬鹿ッ!」
──スパーンッ!
ようやく追い付いたリリーが問答無用で先輩の頭を叩き、その隙に水乃が大慌てで真を引き上げる。しかし……時すでに遅し。
「霧崎っ、助けに来たわよ! だいじょう……霧崎? や、やだ……嘘、でしょ……?」
「そ、そんな……真様が……真様の息が……」
呼吸停止──真の命はもはや風前の灯だ。よもや真の前途にこんな終焉が待っていようとは……人生って難しい。
「くっ……胃洗浄が間に合わなかったの? リリーが邪魔をするから」
「先輩が窒息させたんでしょ!」
「責任転嫁はやめて。そもそもリリーが手作り弁当なんて作らなければ、ワタシも対抗してこんなミスをする事は無かったのに」
あぁ……責任転嫁って醜いな。
「お三方、そんな寸劇に興じている場合ではござりませぬ! 一刻も早く救命処置を!」
そう思うなら火柩が止めてくれれば良かったのに!
「そ、そうね。でも……」
プールサイドに仰向けで眠る真を見て、リリーは言葉を詰まらせる。見渡せば、その場に居合わせる三人ともが一様に顔を赤らめ、視線を泳がせていた。
呼吸停止の救命処置と来れば、それ即ち人工呼吸なり。そして人工呼吸とは……後はもう、言わなくても分かるよね?
「ワタシは、シンを護る義務がある。ワタシが、やる」
「し、真様は水乃がお護りします! ここは水乃にお任せを!」
「霧崎は私が悩殺する……それ以外の死に方なんて認めないんだから! どきなさい!」
恥ずかしがってなどいられない。真の唇争奪戦、その幕が今、切って落とされた!
「……ぅ……んっ……何、だ……?」
女達の金切り声を耳にして、微かだが真の意識が蘇る。
「人工呼吸、やってみたい!」
「興味本位で行動するから先輩はいつも失敗するのよ! ここは私が!」
「駄目ぇ! 真様の唇は死神なんかに渡しませーんっ!」
女達の美しき死闘は熾烈を極め、ついには殴り合いにまで発展していく。
「駄目だ、子猫ちゃん達……オレの唇は……みんなで仲良く……ガクリ」
こうして一次救命処置の為されぬまま、刻一刻と時が進むのだった。
「……あ、れ? ……ここ、保健室……か?」
西日の射し込む保健室。目覚めた真が最初に見たのは、茜色に染まる見慣れた天井だった。
「確かオレ、シアに殺されかけて……そうだみんなは!? オレの唇を勝ち取ったヒロインは誰なんだ!?」
飛び起きた真は、ベッドを仕切る白いカーテンを開け放つ。するとそこには、顔や腕に打ち身や引っ掻き傷、歯形などを残した美少女が三人、静かに眠っていた。
「おっ、ヌシさん! さすがにお若くありんすなぁ、もう元気になりんしたか?」
真が振り向くと、養護教諭の“稲荷ふぐり”、通称“タマちん”がキャスター付きの回転椅子に座ったままコロコロと近寄って来た。
ふぐりは年齢不詳だが学生と変らないくらい若々しく、野に咲く花のように可憐で、明るく優しい人柄から男女を問わず慕われている。
真も入学以来保健室に担ぎ込まれるのが日課になっているため、よく面倒を見て貰っているのだ。
ちなみに、あだ名の由来を本人は知らない。諸君、もし分かっても彼女には秘密にしておいてくれたまえ。
「タマちん、三人の怪我は?」
「心配ありんせん。それにしても災難でおざんしたなぁヌシさん、女の闘いに巻き込まれて溺れたそうじゃありんせんか」
「うん、まぁ……ところで、人工呼吸は誰が?」
するとふぐりは自分の唇に人差し指を当て、にっこりと笑う。
「わはは! どなただと思いんす? 当ててみてくんなまし」
「えぇ? う~ん……はっ! もしかして……タマちんがオレのヒロイン!?」
「違いんす。では軽く手掛かりを出しんしょう。ヌシさんを運んで来たのは鬼君でありんす。その時すでに、女子は三人とも気を失っておりんした……これで分かったかや?」
意味深な笑みを浮かべて、白衣の袖で口元を隠すふぐり。
「は、ははっ、まさか……え、マジ……いいぃぃやああぁぁぁ~~ッッ!!」
強は優しい男だが、実直過ぎるのがたまにメチャクチャ厄介だなぁ。
三人の美女が眠りから目覚め、真が危険なナニかに目覚め掛かってきた頃──下校時刻は宵を越して、夜となっていた。
「ミナノ、この町は黒兎が護ってるんじゃなかったの?」
大鎌を手に、やや呆れたような口振りで言うフェリシア。状況と苦情の双方に困惑する水乃は、白扇を両手に構えたまま小さく唸る。
「うぅ……変ですね……こんな事は今まで一度も無かったのに」
水乃と背中合わせに立つリリーもまた、死神の象徴を携えて鋭い視線を周囲に走らせる。
「霧崎、ここでじっとしてなさい。絶対に死なせないから」
「ご安心召されませ。上様のお側には拙者が付いております故」
リリーと火柩、二人の頼もしい言葉に勇気付けられるも、真は蒼い顔で頷きを返すのみ。
戦いの舞台は鈴音中央公園。登校時には活気に満ちていたこの場所も、今は殺気で埋め尽くされている。
視界には『怨鬼』の群れ。昨日見たような人型から四つ足の獣、巨大な蟲や空飛ぶ大蛇、果てはたとえようもない肉塊まで、魑魅魍魎の展覧会かと思うほど雑多に蠢いている。
「殺害──開始」
フェリシアの口から淡々と紡がれる言葉には、殺気というものがまるでない。
死神は死を尊び、死を受け入れ、死を超越する者。
殺しを生業とする彼女達は、自らの行動に善悪の意味を問う事などない。それが正しい死神の在り方なのである。