死神弁当の隠し味
──キーンコーンカーンコーン。
さぁ、チャイムが鳴ったよ。といっても、これは一時限目開始のチャイムではなく昼休みを告げるチャイムだけどね。
またいきなり昼かよ、と思っているそこの君! そう君だよ、君。まぁ、こっちへ来なさい。
今日は午前中に体育の授業があったんだけど、外は生憎の天気だろう? 雨天時はプールにするから水着忘れるなよ! という体育教師の宣言通り、授業は男女合同、屋内プールで水遊びだったのさ。
いやぁ、お陰で思わぬ眼福にあずかってしまったよ。お見せできなくて悪いね、諸君。
「さてさて、全員揃ったかね? では、いただきまーす!」
寄せ合った机に座る面々を見渡して、黄泉が元気良く音頭を取る。水乃謹製の重箱弁当を囲むのはいつもの四人組に死神二人を加えた計六名。
ちなみに火柩は除外している。彼女は死神と違って顕在化できないため、霊力の弱い一般人には見えないし、そもそも摂食の必要が無いからね。
「真、もう口の中は治ったのか? もしまだならまた俺が口移しを」
「く、口の中は完治した! 口より心の方に深い傷を負ったけどな……」
「そうか。ならいい」
強は優しい男だが、実直過ぎるのが玉に瑕だな。
「真様、今日のお弁当はいかがでしょうか?」
「美味い! 美味過ぎる! もうガッチリ胃を掴まれてるよ、オレは」
真の素直なコメントを受け、照れ臭そうに笑う水乃。そんな二人のやり取りに歯噛みするリリーは、机の中に仕舞ってある包みを奥に引っ込めた。
「悔しい……でも本当に美味しいわ。これじゃ私のなんて……」
「およ? 何じゃリリちゃん、机の中に何を隠しているのかね? ひょっとして……」
「ひっ!? あわわ、あっ、外! 外見てみんな! 綺麗だよ!」
話題を逸らそうとしたリリーが苦し紛れに指差したのは空だった。
厚い雲の隙間から光が射し込み、照らし出された世界には大きな虹が弧を描いている。雨は、いつしか止んでいた。
「確かに、これは見事だな……こんなに幻想的な光景、そうそう見られるものじゃない」
強の言葉に頷き、その場の誰もが感嘆の息を漏らして空に見入っていた。
「のう諸君、明日の休みは山に行かんか? いや、もう決定じゃ! 明日はみんなで山に行くのじゃ!」
「はぁ!? そんな急に言われても、何の準備もしてないっすよ?」
「そ、そうですよ! それに水乃は、『玉兎夜祭』に向けて巫女神楽の練習が……」
「準備なぞ適当で良い良い。練習も後回しじゃ。ん~、明日が楽しみじゃのぅ!」
真と水乃の反論をばっさりと切り捨てて、黄泉は無理矢理計画を推し進める。
今に始まった事じゃないけど、相変わらず強引な性格してるよこの人は。
「シン。実はオマエに、お弁当を作ってきた」
話の切れ間を待って、フェリシアが再び話題を弁当の方へと繰り戻した。
「おっ、マジか? どういう風の吹き回しだよ」
「昨日ヨミが言っていた。手料理は心に染みると。だからワタシも手料理でシンを魅了し、悩殺する」
なるほど、フェリシアは昨日の昼食時にこの作戦を思い付いていたのか。しかしこうなってはリリーも黙ってはいないだろう。
「ま、待ってよ先輩! ほら霧崎……私も……作ってきたの、お弁当」
案の定、机の中から可愛らしい包みを取り出し、控えめに差し出すリリー。
この様子だと出来栄えには期待できそうも無いけどね。
「う~ん……わりぃけど、リリーのは遠慮しとこうかな。弁当一つで落ちるとは思わねぇけど、悩殺されちゃ敵わねぇし」
「何じゃシンちゃん。美少女の厚意を無下にするとは、いくらナノちゃんの手前とはいえ男じゃないのぅ」
「い、いや、気遣ってるのは水乃の面目というよりは自分の身の安全なんすけどね」
「身の安全? 何を言うかシンちゃん! 愛情弁当に危険は付き物じゃぞ。のぅ二人とも、たっぷり注ぎ込んだ愛情を、シンちゃんに食して欲しいじゃろ?」
するとフェリシアは小首を傾げて、
「アイジョウなんて入れてない。どこに売ってるの?」
と呟いた。
「あ~はいはい、どうせそんな事だろうと思ったよ……よぉし分かった! それじゃリリーの方から先にいただこうかな」
──ぱかっ!
「おお、上手にできてるな。これは……夏休みの工作か?」
弁当箱の中身は、お世辞にも料理とは言えない謎の物体が詰め込まれていた。
「下手くそで悪かったわね! 一応、ご飯と卵焼きなんだけど……べ、別に無理して食べなくてもいいんだからね!」
「悩殺を諦めて一服盛ってる可能性は?」
「見くびらないで欲しいわね。悩殺以外では絶対に殺さないわ。……人にお弁当作るのなんて初めてだから上手くできなかったけど……多分死なないと思う。愛情はたっぷ、たったたたたった少しだけ! い、入れたような入れなかったような」
《グリムトゥース・インサイザー》……勇猛にして冷酷無情な切り込み役として知られる死神だけど、何でかな。リリーはそれだけじゃない温かさを持っているように思える。
「ふぅん……んじゃ、いただきます。あむ、むぐむぐ……」
──がりっ、ごりっ。
随分と歯ごたえのある音だな。本当にご飯と卵焼きなのか疑わしいぞ。
真は涙目になって顔を顰めながらも、何とかそれを飲み込んだ。
「……美味い! 夏休みの工作とか言って悪かったな、リリー」
「霧崎……あなた……」
(美味しいはず無い。私だってちゃんと味見したから分かる。焼き過ぎて炭になった、殻入りの卵焼き……芯の残った炊けてない白米……はっきり言って失敗作。それなのに、何で霧崎はこんな事言ってくれるんだろう)
「ごっそさん、また作ってくれよな!」
「う、うん……」
屈託無く笑い掛ける真に戸惑いつつ、リリーは頷きを返す。
彼女の上気したように火照る顔、宙を彷徨う視線を見て、水乃は人知れず唇を尖らせた。
ふ、真の奴め。愛情入りと分かった途端真顔になってたな。結構可愛い一面もあるじゃないか。
「ワタシのも食べて」
「ん、どれどれ……おぉっ! 上手に出来てるじゃねぇか。彩りもいいし、ほぉ~……大したモンだ」
フェリシアの弁当は、リリーの物とは比較にならないほど洗練された内容だった。ご飯もしっかり炊けてるし、卵焼きも綺麗な色をしている。ウインナーもタコの形に飾り切りを施し、サラダにデザートまで付いている。
ふっふっふ……さすが僕の妹、何をさせてもセンスがいい。
「いただきまーっす……あむ、むぐむぐ……んッ!? な、何これ」
「初めてだけど、頑張った」
「そっ、そうか……いやぁ美味い、ふっぐ、うぇ……う、胃が掴まれてるみてぇだ……はは……は……」
あれ? 言葉とは裏腹、真は何やら嘔吐感を露にしているように見える。
見る間に顔面蒼白となった真は、フェリシアに疑問をぶつけた。
「あのさ……こ、これ、何か変なモノ入ってないか?」
「ん……隠し味にヘルシーなモノは入れた。チャーミーレモンとかママグリーンとか、ファミリージョイ。柑橘系の爽やかな香りがして、お肌もスベスベになるって」
「洗剤じゃねぇかそれ!」
吠え立てる真の口から、ふわふわとシャボン玉が浮かぶ。
「う、宇佐美、洗剤を誤飲した場合の対処はどうしたらいい?」
いつも冷静な強が、やや語調を強めて問いただした。
「えっと……水か牛乳をたくさん飲んで薄めるのがいい、と聞いた事が」
「だ、大丈夫霧崎? ちょっと先輩、彼を毒殺する気ですか!? 何とかして下さい!」
そうだぞフェリシア、護るどころか逆に殺そうとするなんてあんまりじゃないか。
「くっ……シンは死なせない。ワタシが護る。水を飲ませればいいなら、アソコがいい」
ぐい、と真の胸倉を引っ掴み、飛ぶように走り出すフェリシア。
「おわっ! どっ、どこに連れて行く気だよっ!?」
「プール」
悪い予感しかしないな。