朝チュンギシアン事件
「いいですか火柩さん。真様に、え、エッチな事をしたら、許しませんからねっ!」
結局あの後、真と死神二人の説得によって火柩は宇佐美家への立ち入りを許可された。
しかも居候という形で、なんと真の部屋に置いてもいいらしい。これもひとえに、水乃の寛容なる人柄の為せる業である。
「サンキュな、水乃」
「水乃は真様を信じています。真様ならば間違いを起こしたりません。きっと……きっと……ううぅうぅ~~……」
ハンカチを噛み締めて涙ぐむ水乃。
あはは、断腸の思いだったに違いない。期待を裏切ってくれるなよ、真。
「では真様、水乃はこれで失礼します……あ、あのっ! やっぱり水乃もこの部屋に留まり、真様を警護したいです。警護しては……いけませんでしょうか?」
「大丈夫だよ水乃、ありがとな。でも水乃と一緒の部屋で寝るなんて事になったら、明日はきっと寝不足になっちまうからさ」
「寝不足……? ハッ!? い、いえそんな、いくら水乃でも一晩中求めたりはしませんよ!?」
何に思い当たったのか、真っ赤になってうろたえる水乃。
緊張して眠れなくなるから寝不足になる。真はそういう意味で言ったと思うんだけど……全く、最近の若者はけしからんなぁ。
「で、では何かありましたら大声でお呼び下さい。おやすみなさいませ」
水乃は脱兎の如く部屋を後にした。真は溜め息を吐きベッドに腰掛けると、床に転がる火柩を見下ろす。火柩は声も上げず、身動きもせず、ただ悲しそうに真を見つめ返した。
「痛くねぇか?」
「らんろほれひき」
真の問い掛けに首を縦に振って応じる火柩だが、今一つ良く分からない。
「はぁ……しゃあねぇ、解いてやるよ」
──しゅるしゅる。
「ぷはっ、真殿なりませぬ! 水乃殿の言いつけを破るような事があれば、真殿もただでは済みますまい」
「縄なんか無くても、火柩は言いつけを守れるだろ?」
じっとしてろ、と新たに言いつけて縛りを全て解く真。解放された火柩は正座のまま真を見つめると、頬を染めて囁く。
「真殿はお人が好い。そのようでは戦国乱世を生き延びる事叶いませぬな」
「バーカ。今の日本は天下太平だぜ?」
「否、真殿はお命を狙われておりまする。死神を背にして太平とは、いささか安穏が過ぎましょう。……こほんっ!」
そこで火柩は、わざとらしく咳払いをして間を置く。
「し、真殿! 拙者、ご貴殿にお仕えしとうござりまする! 手前勝手な言い分、ご無礼は百も承知。ですが……真殿の事を……上様と、お呼びしても?」
「はぁ!? な、何で……」
上目遣いで訴える火柩。不安と緊張からか、ぎゅっと握った拳に道着の裾が巻き込まれ、白い太股が一層露になる。
その部分を直視できず視線を上に動かす真だったが、そこには道着から零れそうなほど豊かに実った膨らみが二つ。
目のやり場に困るとはこういう事か。よし行け、もうちょい……おっと失礼。
「か、勝手にしろ。どうせお前も、暇だろうしな」
「かたじけのうござりまする! 拙者、一命を賭して玉体をお守り奉りまするっ!」
嬉しさのあまり飛びついてはしゃぐ火柩。ベッドに押し倒される形になった真は、火が出そうなほど真っ赤になって顔を背けた。
「一命なんてとっくにねぇだろ! とっ、とにかく離れろ!」
「いいえ離れませぬ~。拙者、大名や将軍様に召し抱えて頂くのが先前からの夢にござりました故。ささっ上様! 如何様な任務でも何なりとお申しつけくださりませ」
火柩は更に体重を乗せ、真に身体を預けてくる。豊満な胸の感触に戸惑い目を回す真は煩悩に抗えず、ついに火柩の肩に手を添えて言った。
「な、ならさ……ちょっと、付き合ってもらいたい事があんだけどよ……」
「は! して、どんな頼み事にござりまする?」
「決まってんだろ……夜伽だよ」
おはよう諸君。今日は生憎の天気だけど、元気を出して行ってみよう。
「はぁ、真様はご無事でしょうか……やはり無理にでもご一緒した方が良かったのでは……」
早足で真の部屋を目指す水乃。階段を上り、部屋の前に辿り着くと深呼吸を一つ。扉をノックしようと手を伸ばした、その時──。
〈はぁっ、はぁっ、行くぞ……火柩〉
〈う、上様ぁ……すでに百回戦は超えておりまする。拙者、もう……〉
〈駄目だ。真面目な水乃にはこんな事頼めねぇからな、この機会に火柩でたっぷり楽しませてもらおうじゃねぇか〉
「…………え……何……この声……?」
あちゃ~……あの二人、朝までやってたのか。血の雨が降らなきゃいいけど。
〈よっしゃ行くぜ……ぉし入った! オラオラオラァッ!〉
──ぎし……ぎしっ。
ベッドの軋む音が水乃の耳を通過する。
〈あぁっ上様! またそのような事をされては、こちらの術が掛けられませぬ!〉
〈それが狙いなんだよバーカ! どうよ、オレ様の超絶テクは!?〉
〈お許しを! どうかお慈悲を! このままでは、死んでしまいまするぅ~!〉
ノックしようとしたまま硬直していた水乃は、ゆっくりと手を下ろして踵を返すと覚束無い足取りで階段を下りていった。
その後、朝食の味噌汁は、いつもよりちょっとだけ塩辛かったそうな……。
通学の道すがら。
朝食時からずっと続いている重苦しい沈黙にいよいよ耐え切れなくなった真は、恐る恐る隣の水乃に声を掛けた。
「な、なぁ……どうした水乃? 今日は何か、ご機嫌斜めだな?」
「…………」
傘を差しているため、水乃がどんな顔をしているのかまでは分からない。分かる事は一つ、無視されたという事実のみ。
今まで、どんなに痴漢行為を働かれても決して怒らなかった彼女が、今日は取り付く島もない。ここまで突き放されるのは初めてではなかろうか。
「あのさ、オレが勝手に火柩の封印を解いてたから怒ってんだろ? ごめんって、ホント悪かったよ。でもさ、別に封印を解いたから火柩に何かされたとか、そういうのは全然ねぇから。もし、その……如何わしい行為があったとしたらさ、今頃火柩は昇天してるはずだろ?」
「それは、ちょ、超絶テクで彼女の技を封じ込んでいたから……こほんっ! で、ではお伺いしますけど、お二人は今朝方、何を楽しそうになさっていたのですか?」
「えっ!? あ、何だよ水乃、声聞いてたのか? んっふっふ、楽しそうに聞こえたのか?」
「そ、そう……ですね。とても生き生きとしているように感じました」
「ほう、そう聞こえたかね! これはこれは……もしや水乃も、そっち方面に興味を持っちゃったかな?」
満面の笑みと怪しい口調で水乃の肩を叩く真。水乃は慌てて距離を取り、訴える。
「ちちち、違いますっ! 興味なんて、そんな。み、水乃はただ、真様が火柩さんと楽しそうにしているのが、うらやま、あぅ……えぇっと……」
「上様! 拙者、一案浮かび申してござりまする! 今宵は水乃殿も交えて、三人でするというのは如何にござりましょう?」
真の背後に浮かぶ火柩から提案が飛び、嬉々として賛同する真。
「3Pか! いいねぇ、今夜が楽しみだぜ!」
「こっ、今夜!? さんぴぃ……はぅぅ……」
ほぉ~……これはひょっとすると、諸君の期待通りになりそうかもね! えっ、余計なお世話だって? まぁそういう事にしておくよ、むふふ……。