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殺害決定!  作者: 明智 烏兎
第二話 鈴音の夜に舞い忍ぶ影
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怨鬼、襲来

 強から受けた猥褻、もとい親切行為が原因で放心状態となった真は、放課後になってようやく意識を取り戻した。

 入相の薄暗い道を真と歩くのは、水乃、リリー、フェリシアの美少女三人。強はというと、一足先にバイトに向かった。彼は一人暮らしで、生活費捻出のために放課後はいつも忙しいのだ。

 ちなみに黄泉はいつも暇なのだが、今日は珍しく用事があるらしい。いつもの公園に着いたところで立ち止まった真は、ふと頭に浮かんだ疑問を死神二人に投げ掛ける。


「そういやアンタら、どこで寝泊りしてんだ?」

「幻影馬車『アリアンロッド』」

「私達が乗ってきた馬車、覚えてるでしょ。あれは死神にとって移動手段であり、住まいでもあるの。小さい馬が“ガリ”、大きい馬が“デク”よ」


 ほ~、と頷く真に、今度はフェリシアが質問する。


「この街、『怨鬼』の気配がほとんど無い。どうして?」

「それはこの土地が“蒼眼の黒兎”、通称“黒ちゃん”の庇護下にあるからです。水乃も黒ちゃんを祀る宇佐美の巫女として、微力ながら『怨鬼』懲伏に尽くしております」


 真に代わって答える水乃は少しだけ誇らしげに見える。そんな彼女に興味を持ったのか、リリーが次なる質問をぶつけた。


「日本の退魔師は恐ろしく強いって聞くわ。数が少ない上に偽者が多いとも聞くけどね。宇佐美はどんな方術を使うのかしら?」

「宇佐美は古神道を源流として派生した独自の方術を操す一門です。『宇佐美流柔氣術うさみりゅうじゅうきじゅつ』と『玉兎瞳術ぎょくとどうじゅつ』を融合した『蒼黒式跳梁術そうこくしきちょうりょうじゅつ玉兎神楽ぎょくとかぐら』を主体に戦います。採り物は“杵”ですが、さすがに携帯できませんので、水乃は扇を愛用しています」


 水乃はそう言って懐から扇を取り出し、軽く振るって開いてみせる。それは昨日、熱中症で倒れた(事にされた)真をあおぐのに使った白扇だった。

 漆黒に塗られた十本の骨にはそれぞれ月やウサギを模った蒔絵が施され、青く輝く宝石のような要が打ち込まれている。

 しかし特筆すべきは取り出した場所にある。昨日もそうだったが、やはり思った通り……、

 胸の谷間に扇を挟んで持ち歩いてるよこの子! ちっくしょ~、僕もあおがれてみた……ゲフンゲフン!


「ふ~ん……何か良く分かんねぇけど、水乃がバケモノ退治をしてくれてるお陰でオレ達住民は安心して暮らせると、そういうワケだろ。偉いぞ水乃」

「そんな……これも宇佐美の務めなれば。えへへ……」


 殊勝な事を言いながらも、真に褒められたのが嬉しいのだろう。水乃は真っ赤になった自分の顔を忙しなく扇であおいだ。


「な、何よ……死神だって『怨鬼』退治に毎晩精を出してるんだからね。私達の事もちょっとくらい……ほ、褒めた方がいいんじゃない?」


 傲然と腕組みしながらも、視線を逸らして自己主張するリリー。フェリシアも眉を上げてコクコクと頷いてみせる。


「死神って人殺しメインじゃねぇの?」

「人聞きの悪い事言わないでよ! あなた死神を何だと思ってるワケ!?」

「わ、悪かったよ。じゃあ死神って普段何してんの?」

「そうね……メインは『怨鬼』退治、あとは『幽鬼』の保護ね。《業報者》の殺害なんて稀な仕事よ」

「ワタシは《業報者》を護るのが仕事」

「んん~偉いぞシア、いい子いい子」


 なでなで。


「くっ……何ナノヨ、モウ」


 悔しさを紛らわすように髑髏の面を被ったリリーは、仮面越しに見たフェリシアの顔に思わず息を呑んだ。


(嘘……先輩のあんな嬉しそうな表情……初めて見た……)


 真に頭を撫でられるフェリシアは、頬を薄く染め、瞳を潤ませて為すがままにされていた。いつもの無表情とはうって変わって、何とも夢見心地な表情だ。

 おのれ真め、人様の妹に気安く触れるな! ……と言いたいところだけど、フェリシアのあんな表情は僕も初めて見たよ。兄として複雑だけど、ここは礼を言っておこうじゃないか。


「しかしまぁ、何だかんだで結構大変そうだな、悪霊退治もさ。なぁ、今夜は何か出そうなのか? もし良かったらオレにも手伝わせてくれよ」

「い、いけません真様! 『怨鬼』は霊力の強い人間の魂を好んで狙います。《業報者》である真様が戦場に出るなんて危険です!」

「ミナノの言う通り。シンは家で待ってて」


 危険な仕事だからこそ、ただ待っているだけというのは辛いもの。歯痒そうに俯く真を見たリリーは仮面を外して慰めの言葉をかける。


「戦いは女の仕事! 男ならくよくよしないでドーンと構えてなさい!」

「女の仕事って……そういえば、男の死神は居ねぇのか?」

「いない。死神は女だけ」

「肉体の強さは男に分があるけど、魂の強さなら女が上よ。霊力がモノを言う死後の世界じゃ男の出る幕は無いわ。ちなみに……『グリムトゥース』最強である《ケナイン》の称号を持つ先輩は『幽鬼ランクS指定』よ!」


 フェリシアを裏切り者呼ばわりしてる癖に、随分誇らしげに話すんだな。


「S指定よ! と言われてもなぁ……そう言うお前はランクいくつなんだ?」

「わ、私!? 私は、そのぉ……ぁぅ……ランク……えぇぇっと……」


 言い辛そうに言葉を濁すリリーを見兼ねて、フェリシアが後を継ぐ。


「リリーはランクR指定」

「わああダメェッ! あぁぁ……言っちゃった……」

「何で? R指定はすごい事。胸を張っていい」


 いやまぁ、そうだけども。そうだとしてもちょっと恥ずかしい……でしょう。


「あ、R指定……ですか。お下がり下さい真様、悩殺の危険があります」

「ちょっと宇佐美ぃ! そんな露骨に引かないでよ!」

「シッ! 静かにして」


 フェリシアが短く鋭く息を吐く。そんなフェリシアに遅れる事数秒、リリーと水乃も息を殺して身構える。


「な、何だ? どうした?」


 状況を掴めないながらも、小声で三人に呼びかける真。しかしそう呼びかける間にも周囲の闇が色を深め、気温が体感的に分かるほど低下していく。

 そう、この感覚を忘れるな。もう三度目になるこれが──『死の悪寒』だ。


 ──ぐちゃ……ぎぎ……めき……。


 グニャリと歪んだ公園の板石は、地獄の門へと成り果てる。

 皮膚がこそげる音、肉が千切れる音、骨が軋む音、血が滴る音……目を覆い、耳を塞いでもまだ足りない、蟻走感すら覚える空気の振動と死臭が脳を突き刺す。

 奈落より這い出たのは、腕。骨と皮だけで作られたかのように細く長い、粘土が如き死色の腕だ。爪の無い、ひび割れた指先を地面に打ち込み、己が体を引きずり出そうともがいている。

 人の形であるが故、まず頭……毛髪ごと皮膚が剥がれ落ちた歪な頭がゆっくりと覗く。

 次いで機能を失った空ろな眼窩が餌食を求め、下顎の欠けた口蓋が声にならない呪詛を垂れ流す。蛆の巣と化した肋骨からは腐食した臓物が泥となって骨盤を汚し、脚は──無い。


「ぁ……ひ……化けもっ、ばけ、も」


 腰を抜かして尻餅をつく真は、恐怖で塞がった喉から悲鳴のような声を漏らす。


「真様っ、水乃の後ろへ! ……吐普加身依身多女とふかみえみため、祓い玉い清めたたっ、ひゃうぅっ!?」

「駄目だ水乃! に、逃げよう、勝てっこねぇよあんなの……死んじまうって!」


 『怨鬼』に臆する事なく立ち向かおうとする水乃の脚に、みっともなく縋り付いて喚く真。困り顔の水乃は死神達に視線を投げる。


「お手並み拝見……は無理みたいね」

「イイ。シンハワタシガ護ル」


 髑髏の面を装着し、闇を集めて鎌と成す。最強の死神、フェリシア・クロフォードは言葉少なに気炎万丈、やる気は十分だ。だが──。


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」


 どこからともなく舌足らずな少女の口上が舞い、ヒュンと風切り音を従えた無数の光が飛翔する。それは鋼の煌めき……月影に閃く刹那の刃が深々と、『怨鬼』の肩に突き刺さった。


「驕れる者久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。猛き人も遂には滅びぬ」


 夜空を泳ぐ歌声を辿ると、一つの街灯に至る。その上に立つ人影は、佩いた得物に手を掛けた。

 抜き放たれるは紅蓮の太刀。焼けた鉄のように熱く赤く燃え滾る錬鉄だった。


「偏に……風の前の塵に同じ」


 街灯から飛び降りた少女は、一刀のもとに『怨鬼』を断つ。標的は音も無く灰燼と化し、夜風に散った。


「だ、誰だアンタ……」


 目の前に降り立った謎の少女に、真は恐る恐る問う。すると少女は身に付けた三度笠と縞合羽を脱ぎ捨てて、声高に名乗りを上げた。


「拙者、“火柩ひつぎ”と申しまする! 霧崎真殿……以後、お見知り置きを」

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