日常的な非日常
「おぉぉ……うっ」
「か……可愛い……」
男子女子、そのどちらからも感嘆の溜め息が漏れ出す。
あぁなるほど、転入生はこの二人か。道理で突然過ぎるはずだ。
「……ワタシの名前はフェリシア・クロフォード。よろしく」
「リリー・ハミルトンです。よろしくお願いします」
先に自己紹介をしたのは白髪赤眼の少女。
鈴音高校の制服に身を包み、髑髏の面を横にずらして素顔を晒す彼女はご存じ、僕の妹にして真を護るためにやって来た第一の死神、フェリシア・クロフォードだ。
そしてリリー・ハミルトン。
彼女の素顔は僕も真も、そして諸君も初めてな訳だが、正直これには驚いた。
死神装束の時は気付かなかったがその実態は明眸皓歯、長く美しいブロンドを頭の両端で纏めた最強ブランド、いわゆる金髪ツインテールを有し、更には凛と澄んだ青緑の目を持つ美少女だった。
こんなのに悩殺されたら男なんかひとたまりもないじゃないか……とはいえ、かなりスレンダーな体型で、胸のふくらみもほとんど確認出来ない。
もちろん欠点ではないが、悩殺というには武器がいまひとつ貧弱だ。……え、むしろ破壊力抜群だって? それは失敬。
「救済処置キタァァァーーーッ!!」
「霧崎ざまぁ! 宇佐美と末永くお幸せに~!」
美少女二人の出現という願ってもない幸運に歓喜する男達。
分かる。その気持ちは実に良く分かるけど……ちょっと見苦しいなぁ。
机の上に飛び乗って踊り狂う男達を余所に、教子先生はフェリシアとリリーに着席するよう指示を出す。馬鹿騒ぎの中を歩く転入生二人は、真の席──窓際の最後尾──へとやって来た。
「ハァ……マジかよアンタら、どうやって転入してきやがった」
「『霊術』で」
しれっと簡潔に答えるフェリシア。
内気な妹に代わってこの僕が説明しよう。『霊術』とは、魂から生み出される神秘のエネルギー・霊力を消費する事で様々な奇跡を起こす、とても都合のいい魔法である。
「何で普通の奴らにまで姿が見えるようになってんだ?」
「霊術で顕在化した」
「そうかよ……とにかくここは学校だ、妙なマネしねぇで大人しく席に着けよ」
「今座る」
フェリシアは真の後ろを指差す。そこには真新しい机と椅子が二人分用意されていた。
「嘘ッ!? さっきまでこんなの無かったのに! オレが一番後ろの席だったはずだ!」
「霊術で出した」
「その霊術ってのはどこまで出来るんだ?」
「良心の許す限り」
「何でもアリか……リリーもこんなトコまで押し掛けて、ご苦労なこったな」
「そ、それはあなたをのうさ、く……任務なんだから、仕方ないじゃない」
ごにょごにょと言葉を濁すリリー。
うんうん、衆人環視の中で悩殺なんて口に出来ないよね。
「リリーは昨夜の契約に従い、オマエを悩殺しようとしている。でも心配ない、シンはワタシが必ず悩殺する」
水を打ったように静まり返る教室。次の瞬間、割れんばかりの怒声が教室を埋め尽くす。
フェリシアよ、正直なのはいい事だがもう少しオブラートに包もうな。
「またお前か霧崎いぃぃぃ……何で二人と知り合いなんだよ!」
「昨夜の契約? 悩殺? こんの鬼畜野郎……フルボッコにしてやんよゴラアァァッ!!」
シュバババッ! ドカッ、バキィッ、ズガッ、ゴスッ、ボゴォッ!!
「もうやめて! とっくにシンちゃんのライフはゼロよっ!」
すかさず黄泉が止めに入るも、狂戦士達の魂は一時限目開始のチャイムが鳴るまで静まる事はなかった──。
──キーンコーンカーンコーン。
さぁチャイムが鳴ったよ。といっても、これは一時限目開始のチャイムではなく昼休みを告げるチャイムだけどね。
……え、何でいきなり昼なのかって? そんなの決まってる。授業風景なんてツマラナイものを長々と逐一説明する気が起きないからさ。
大体さぁ、僕みたいなお化けにゃ学校も試験も何にもないんだって。運動会はあるらしいけど、まぁどうでもいいか。
「真様、昼食にしましょう」
「おー……もぅふぃるかぁ(もう昼かぁ)。いききがこぎれこぎれで(意識が途切れ途切れで)……まんかふぁやかっぱまぁ(何か早かったなぁ)」
顔が醜く腫れ上がった真は上手く呂律が回らないようだ。
「真、口の中が切れてるんじゃないか? 飯、食えそうか?」
心配そうに顔を覗き込む強に、真はコクリと頷いて応えた。
「真様、今日はサンドイッチですからゆっくりいただきましょう」
四人分の机をくっつけて、中央に四人分のサンドイッチがきっしり詰まった重箱を置く。
持参したプラスチック製のコップに、手際良く水筒の麦茶を注ぎ準備完了。コップの数も勿論四つ。真と水乃、黄泉と強の四人分だ。
というか弁当を作って来たのも水乃なら、準備するのも水乃ですかい。しっかり者がしっかりし過ぎてるとやっぱり周りが駄目になるんだなぁ。
「さあさあ皆の者、いただくとしようか。いや~購買組を尻目に送る優雅な一時、この優越感は格別だのぅ」
いつもの四人が着席したところで、いただきます。死神コンビの視線を感じつつも、真は努めていつも通りを装った。
「おいしそうなランチね。いつも四人で食べてるのかしら?」
真の背後まで歩み出たリリーが、誰にともなく声を掛ける。
ま、死神が教室にいる時点でいつも通りのランチタイムになる道理はないか。
「うむ、わしらは仲良し四人組なのじゃ。弁当はいつもナノちゃん特製の愛情弁当、味はこのわしが太鼓判を捺すぞい。リリちゃんもお弁当持参組なら一緒にどうかね?」
リリーの立ち位置を気にして表情を険しくする水乃。彼女の心情とは裏腹、リリーの正体と目的を知らない黄泉は気軽に言葉を交わす。
「わ、私は食べなくても平気だから……」
「どういう事だ? ダイエット……という訳ではなさそうだが」
「もうっキョウちゃんのエッチ! そんな上から下まで舐めるように見ちゃってさ」
咳き込む強から視線を逸らした黄泉は、真の後ろの席に座ったまま動こうとしないフェリシアに声を掛ける。
「何じゃシアちゃん、お主も飯抜きか? 最近の女子は食が細くていかんのぅ……よし、ナノちゃん! 明日からは二人分追加で了解してくれんか?」
「は、はい! 了解します」
死神は食事を摂らなくても特に問題ないのだが、顕在化して肉体を持つ以上腹は減る。リリーは内心で小躍りし……、
……いや、表面上もニッコニコ顔だな。
「今日のところはリリちゃんのために皆で分け合って……ほれほれシアちゃん! お主ももそっと近う寄れぃ。お主は特にちっちゃいからのぅ、わしの分を分けてしんぜよう」
「いいっすよ黄泉さん。シア、オレのを分けてやる。口ん中痛くて食い切らにゃぶッ!?」
腫れが引いたと思った瞬間、黄泉に顔面を殴打される真。
「おほっ、このたまごサンドは絶品じゃな! シンちゃんも食してみ」
黄泉は有無を言わさず真の口にサンドイッチを押し込む。
「っ……染みる……」
「そーかそーか、ナノちゃんの愛情手料理が心に染みるか」
未来の奥さんの愛情手料理を目の前で他の女に食わすな阿呆──とは、黄泉の弁。
細かいようだけど、確かに無神経な行動だったかもしれないね。
「愛情手料理は心に染みる……? ふーん、その手があったか」
真と黄泉のやり取りから何かを閃いたらしく、リリーはニヤリと不敵に笑う。しかしフェリシアもまた、その意味深な笑みを見逃さなかった。
「心もそうだけど今は口の中が染みるんだってば。痛くて噛めねぇよ」
「ほれナノちゃんや、出番じゃぞ」
「え?」
「旦那様が噛めないと申しておる。こうなったら口移ししかあるまいて。しっかり噛んで柔らかくなった物を、思い切りシンちゃんの口内に注ぎ込んでやるのじゃ!」
「なななな何ですかそれッ!? でっ、出来ませんそんな事っ!」
「ナノちゃんがやらんのなら、わしがしてあ・げ・るっ! さぁシンちゃん、どのフレーバーがお好みかのぅ」
「ちょ、何言ってんすか!? おい強っ、何とかしてくれぇ!」
「お、俺か? わ……分かった。野菜サンドでいいよな」
「は? お前何言って……おいやめッ!? やめろおおぉぉぉぉッ!!」
おおっと、これ以上は見せられないよ!
しかしまぁ、死神なんていう非日常の存在なんか居なくても、この四人は十分おかしいってのが良く分かったよ……。