プロローグ
「変だな……夜十時って、こんなに静かなモンだっけか?」
こんばんは。今こっちは夜だから、とりあえずこんばんはで統一させて欲しい。
そしてはじめまして。彼の名前は“霧崎真”、この物語の主人公だ。
身長は百七十四センチ、体型はそこそこ鍛えてる標準、言うまでもなく性別は男、鈴音高校に通う至って普通の高校一年生さ。
他に言っておく事があるとすれば、本日──八月三十一日を以て、彼もとうとう十六歳になったって事くらいかな。そう誕生日、おめでとう真。
さて、彼の紹介はこれくらいにして少し状況を説明しようか。
え、「お前は誰だ」だって? あはは、それはもっともな質問だね。でも大丈夫、焦らなくてもそのうち分かるよ。
「普段夜中に出歩かねぇから分かんねぇけど、幹線道路を車が一台も走ってねぇってのはいくらなんでもおかしくねぇか……?」
そうだね。しかも、それだけじゃない。車の音もしないどころか、いつの間にか虫の声も消えているじゃないか。
真は今、夜の公園……鈴音中央公園を一人で歩いている。
公園といってもすべり台やブランコがあるような公園ではなく、板石の敷き詰められた場所に噴水やらベンチやらが配置されただけの、シックな広場と言った風情だ。
なぜ夜の公園を歩いているのかって?
それは今夜、彼の友人達による誕生祝い兼、夏休みの最後を締めくくるささやかな花火パーティーが催されたからさ。今はその帰り道という訳だね。
他の友人達は先に帰った。おっと勘違いしないでくれ、それは決して友人達が揃いも揃って薄情者だったという訳じゃないよ?
花火をした河原のあちこちに飛んでいったロケット花火を律儀に拾おうとした真が、「遅くなるから」と、先に帰るよう促したからだ。──ところで、
人は死んだらどうなると思う?
ごめん、さすがにいきなり過ぎたね。
何が言いたいかというと、魂の有無について、ひいては超常の真偽について語りたいと思ったからなんだ。
たとえばさ、死者の魂は天に召されるとか、地獄に落ちるとか、輪廻転生して蘇るだとか……宗教的なもの云々は抜きにしても、一般的にはこんな感じで言われてるんじゃないかな。
でも彼、霧崎真はこう思っている。
人は死んだら、それで終わり。
後はなんにも無い。死後の世界? ねぇよそんなモン! だって魂がまず無いじゃん。人間なんて所詮はただの肉の塊。身体も心も、脳味噌からの信号かなんかで制御されてるんだろ、どうせ。
今までだって幽霊の類とは一度も会った事無いし? いるんなら出て来いってんだよ、マジで。
幽霊だけじゃなくて神様とか悪魔とか妖怪とかもみ~んな嘘っぱちなワケだ。いやしねぇって。
神に祈る犬を見た事あるか? 夜の墓地を怖がる猫を見た事あるか? ねぇだろ。結局そういうオカルト的なモノってさ、生きてくうちに誰かしらに聞かされるなりして身に付いた知識でしかねぇんだよ!
……と、そう思っていた。
──ほんの、数秒前までは。
「な、何だ……空間がひび割れて、おわあああぁあぁぁっ!?」
がっっしゃあああぁぁぁんっ!! ずががががっ、ゴキッ! ドスン、がらがらがら……ガチャ、カツン、カツン、じゃり……。
今の音、お分かりいただけただろうか。
何が起きたかよく分からないって? 奇遇だね、彼もさ。
じゃあ順を追って整理しよう。いいかい、ありのまま今起こったことを話すよ。
まず空間が割れた。ガラスが割れるみたいな音を立てて、ってちょ、そんな哀れみの目で僕を見ないでくれ、事実なんだ。ここは公園内にあるちょっと大きめの広場なんだけど、その広場の空間が本当に割れちゃったんだよ。
お次は何だと思う? 馬だよ、馬。それも骸骨の馬だ。割れた空間の隙間から、バケモノみたいに大きな馬が飛び出してきたのさ。
その馬は馬車を牽いていた。豪奢な造りの箱馬車を一頭の馬が……と思ったら、大きな馬の脇にもう一頭、小さな骸骨の馬が走っていた……いや、正確には引きずられていた。
二頭の馬は走る速度も歩幅も全然違うし、しかも大きな馬が小さな馬のハーネスを咥えているから、小さな馬が引きずられてしまうのは自明の理だ。
それなら小さな馬は何のためにいるんだ? と疑問に思っていると、大きな馬が突然ハーネスを放した。
当然ながら小さな馬はそのまま車輪の下敷きになってしまう訳だが、これによって馬車は一気に速度を落とし、停車……って、小さな馬はブレーキ要員かよ! 哀れ過ぎるだろ!
骸骨馬をドスンと乗り越え、慣性を終える車輪。
すると二頭立て(今は一頭)の箱馬車の扉が開き、その中から黒い影が降り立った。一歩、二歩、馬車の階段を踏む音。そして、今、真の前に──、
「《業報者》、キリサキ・シン」
──死神が、現れた。
「だ、誰だよアンタ、何でオレの名前を知ってる!?」
「ワタシハ死神……“フェリシア・クロフォード・アンクウ”。ソシテ……」
周囲の空気が、急速に冷えていく。夏だというのに吐息が白く染まるほどに。
「……オマエハ、我々死神ニ殺サレル運命」
赤黒い襤褸を頭からすっぽりと被り、顔には青白い髑髏の面。その姿は、彼の知る死神のイメージそのものだった。
「死神だと……? ざけんなよ畜生、そんなモン、い、いるワケねぇ……」
真の身体が小刻みに震え出す。寒さからではない。今の彼を支配するのは、恐怖のみ。
相手の身長は目測にして百四十前後。かなり小柄だが、それがかえって不気味さを演出していた。
襤褸の隙間から骨のように白い手袋をはめた腕が覗いた刹那、夜の闇が濃度を増し、手元には鎌が形作られる。その辺の雑草を刈るためのチンケな鎌とは訳が違う、“鈴音神社”の御神木さえも容易く両断できそうな大鎌だ。
「《グリムトゥース・ケナイン》ノ名ニオイテ、キリサキ・シン──」
男女の声が複数重なったような声……地獄の底から響くようなおぞましい声で、黒い死神はこう言った。
「オマエヲ──護ル」
「…………なんでやねん」