勇気その二九 ~ 勇気その三五
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勇気その二九 『思ってました』
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ヴァルキュリアさんとナーガさんが罵りあうのを我関せずといった具合で僕ら――アゲハちゃん、ブルさん、僕――はお茶をすすって和やかに話していた。
なんだかんだで話してみると面白い人たちで僕の緊張も徐々に解けつつある。
「ところで、あれからもう三〇分近く経ちますけどユーティさん遅いですね。厨房ってそんなに遠い位置にあるんですか?」
僕の問いに二人は眼をぱちくりとさせた。
まるで『何を言ってるんだ』とばかりの表情に僕は怪訝になって眉をひそめる。
「あ、あれ? 僕、何かおかしなこと言いましたかね……」
僕はぽりぽりと頬を掻いた。
すると二人は声を揃えて僕にこう言った。
「「むしろ帰ってくると思ってたの?」」
えぇー…………帰ってこないの? あの人、帰ってこないの?
厨房にレモンティーの粉をとりにいっただけで行方不明になるの……?
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勇気その三〇 『あの人は今』
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「今頃、ユーティはどこで何をしてるのかなぁ~」
まるで遥か遠くの知人に思いを馳せるように眼を細めるアゲハちゃん。
「面白そうだからちょっとコールしてみましょうかぁ」
ブルさんが机の上に小さな端末を置いた。それは遠く離れたプレイヤーと会話ができるアイテムだった。その端末からぴょこんとホログラム画面が飛び出して『コール中・・・』という文字が流れる。
数秒後、回線が繋がって画面にユーティさんの上半身が映った。
『ブル……にアゲハか。どうした。私は忙しいんだが』
「あらぁん、ごめんねぇ。もしかしてまだレモンティーの粉を探している最中だったかしらぁん?」
ブルさんの問いにユーティさんは、はてな、という顔をした。
『レモンティー……の粉? 一体、何の話だ。かける相手を間違えてるんじゃないか?』
すごすぎるぅう!! この人、本当にすっかり忘れてるよぉおお!!
「あはは、ごめんごめん。アゲハたちが勘違いしてたみたい~。今のは忘れて~……って言わなくても忘れちゃうんだろうけど……」
最後の方をぼそりとアゲハちゃんが、あらぬ方を見て呟く。
『まったく……。やれやれだな。勘違いでコールしてくるとは……。誰と何の話をしたかぐらいしっかり覚えておくんだな』
お前が言うなあぁああああ!! 世界で一番その台詞を言っちゃいけない人だよ!?
無言だったがブルさんとアゲハちゃんも心の中で同じくそう叫んだに違いない。
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勇気その三一 『少女ユーティ』
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「それで、それで! ユーティは今、どこで何してるの~?」
興味深げにアゲハちゃんがユーティさんに尋ねる。
『私か。私は今、“魔王城”の隣山にいるぞ』
「あらぁ? なんでまたそんな所にいるのかしらぁん?」
僕の頭に浮かんだ疑問をブルさんが彼女に問うた。
『ふっふっふ。聞いて驚け……! 実はな、“魔王城”の厨房にある窓からアースドラゴンがこの山に飛んでいくのが見えてな……!』
そう言って眼を輝かせるユーティさん。
あ……一応、厨房までは行ったんですね、ユーティさん。
そこでドラゴンが見えたもんだからテンション高くなっちゃってドラゴンを隣山まで追っかけた、と……。
あなたは蝶々を追いかける幼女と同じ精神年齢なんですか……。
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勇気その三二 『いつの間に?』
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不意にユーティさんを映し出すホログラム画面から『シャゲゴォォォ!!』という恐ろしい雄叫びが聞こえた。
『む!! 見つけたぞっ……!! いざ尋常にっ……!!』
ユーティさんが足幅を広げ深く構えたところで、ぷちんっ、と回線が切断された。
ってアースドラゴンと戦うの!? 一人で!?
「……ね?」
なぜか誇らしげにアゲハちゃんが僕に笑いかける。
なるほど、ユーティさんが理解の範疇を超えている人だというのはよく分かった。
「あんな自由人を《ディカイオシュネ》の歯車として活用するとか、作戦の駒として扱えるわけがないよねぇ~。そう思わない? 黒甲冑さーん」
アゲハちゃんがそう言って僕の隣へと視線をやる。
なのでアゲハちゃんの視線の先――僕の隣を見やると、いつの間にこっちへやってきたのか、黒甲冑さんが背筋をしゃんと伸ばして椅子に座っていた。
「ぶふぅうぅぅぅうううッ!!」
僕はまたも盛大に口から飲み物を吹き出してしまった。
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勇気その三三 『黒甲冑の中身』
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黒甲冑――“魔王”さんはアゲハちゃんに話を振られてコクコクと頷いている。
えええぇぇ!? いつからそこにいたの“魔王”さん!?
もう置物のフリはいいの!? 飽きたの!? ねえ、飽きちゃったの!?
「黒甲冑さん、黒甲冑さん。“魔王”様知らない?」
ふるふる、と首を振る黒甲冑の中の人。
えぇー……バレバレなのにまだ続けるんだ、この人……。
僕がじっと黒甲冑さんを見つめていると、視線に気づいたのか彼もこちらを見やった。
そして、挨拶するようにしゅばっと右手をあげると、どっから出しているんだと言いたくなるキンキンとした裏声をだす。
「やぁ、ボク黒甲冑っ! 一緒にアソボウっ! ハハッ!」
ちょっとぉ! 中身はネズミなの!? 赤いズボンのあのネズミなの!?
“魔王”さん! そのネタは版権的に極めてデンジャーゾーンですってぇ!
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勇気その三四 『黒甲冑ハッピーセット(グッズつき)』
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「ボクも飲み物もらっていいかな、ハハッ! けっこう、裏声キツいんだァ!」
ならそのキャラやめればいいと思いますよ、“魔王”さん……。
「はぁい、どうぞぉん」
ブルさんがとくとくとティーポットから紅茶をカップに注いで黒甲冑さんの前に置いた。
白い湯気と心地の良いダージリンの香りが漂い、僕は少し落ち着きを取り戻す。
だがそれも数秒の間だけだった。
黒甲冑さんがいきなり胸の前で両腕を交差させ、その後、手の平を合わせ、両手を上にあげるというどこかで見た三テンポで、
「フル・メタ・ルー!」と言いだしたのだ。
だからぁっ! なんでいちいちそんな際どいネタばっかりブッコンでくるんですか、この人はぁっ! というかもしかして全身甲冑だからフルメタルに言い換えてみたの!?
「黒甲冑は嬉しいと、つい、やっちゃうんだっ! みんなも一緒にやってみようよ! フル・メタ・ルー!」
「「フル・メタ・ルー!」」
アゲハちゃんとブルさんが楽しそうに黒甲冑さんの真似をする。
これが……《ディカイオシュネ》……ッ!!
僕はこれまでにないほど《ディカイオシュネ》というセルズに恐怖した。
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勇気その三五 『う、うん……無謀でしたね……』
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黒甲冑さんはとってを摘んで口をつけようとする。
だがカップとフルフェイスになっている鉄仮面兜が音をたててぶつかり、その手が止まった。
どうやって飲む気だろう、と僕ら三人が黒甲冑さんの次の行動に注目していると……。
あろうことか黒甲冑さんは真上を向いて鉄仮面の隙間から紅茶を流し込む。
ゴポゴポゴポ……。
当然、うまくいくはずもなく、黒甲冑さんは頭から紅茶をかぶる形となり、じゅうう、と黒甲冑さんの兜の中から白い湯気が出てくる。
「げふっ! ごふごふっ!! あっづッ!! あづっ、あづぅうう!!」
裏声設定などお構いなしに地声で叫んでのたうち回る黒甲冑さん。
この人、本当にあの“魔王”さんなの!?
噂や想像とあまりにもかけ離れたお馬鹿さんなんですがぁ!?
*『ユーティ』という名は愛称であってプレイヤー名ではありません