勇気その一 ~ 勇気その七
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勇気その一 『はじめまして』
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僕のプレイヤー名は〈ブレイブ〉。特に秀でた能力も無い、しがない一般プレイヤーだ。
今、一番人が集まっているという『Cosmo Fantasy Online』というCSNゲームで活動している。
おそらくプレイヤーのランクでは下の上、いや、下の中……くらいだろうか。闘技場の試合じゃあ勝率は一割そこそこ。勝つほうが珍しい。
これは決して僕が自分の能力を低く見積もっているだとか、隠しているだとか、実は特化した何かがあったりだとか、そんなことはない。僕が弱いというのは単なる事実であり、真実だ。
そして、僕から皆さんに、もう一つ事実と真実を提示したい。
それは――
「くっくっく。おらおら、どうした? 早く換金率の高いアイテムをよこせよ、おい」
「死にたくはないよな? 死にたくないよなぁ~~?」
街へ向かう道中でこれ以上ないくらいに陳腐な野盗たちに絡まれているということだ。
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勇気その二 『出会い』
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僕はすでに白旗をあげている。
しかし彼ら――総勢一〇名ほどの野盗たち――は僕が降参しただけでは許してくれそうにない。
僕が換金率の高いアイテムを持っていないことを正直に話したらどうなるだろうか。
言うまでもない。殺されるだろう。
僕は彼らのレベルアップの糧となるわけだ。
ああ……ついてない。
口からため息が零れたまさにその時だった。
どんっ、と誰かが僕の背中にぶつかった。
何事だろうと振り返ってみると、そこには全身をこげ茶色のローブに包まれた少女……だろう人が立っていた。フードを目深まで被っているせいで顔は見えないのだが、その細い輪郭と瑞々しい唇から容易に少女だと想像ができた。
「あぁ? なんだ、お前? 戦るわけ? 戦るわけ戦るわけぇ?」
少女は俯いたまま無言でじーっと突っ立っている。
僕はそこで気づいた。少女のすっと通った鼻筋、そこから鼻ちょうちんが膨らんでいることに……。
って、えええぇぇっ!? なにこの人、寝たまま歩いてたのぉ!?
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勇気その三 『美少女なのに』
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静かな寝息をたてながらこっくりこっくり、と船をこいでいる背後の少女。
前には挑発的な視線で絡んできている一〇名の野盗。
僕は逃げだすにも逃げだせずただ両手をあげて降参し続けていた。
「おい、コラァ! 訊いてんのか、おぉ!?」
野盗の一人が少女のフードを乱暴に引っつかみ、ひっぺ剥がす。
現れたのは絶世の美女いや美少女だった。
一〇〇人に問えば一〇〇人が『美少女だ』と答えるだろう。
「…………む」
さすがに彼女も起きたらしい。指で虚ろな眼をこすりこすり、左右を見渡している。
おそらく見覚えのない風景だったのだろう。彼女は不思議そうな眼をぱちくりとさせた。
「……どこだ、ここは。まだ着いてないじゃないか……」
彼女は夢遊病のスペシャリストか何かなのだろうか。寝ながら歩いて目的地に着けるわけがないと僕は思った。そもそも寝ながら歩くなんて高等技術は真似できないけど。
「おい、そこの」
彼女に呼ばれ僕は「な、なんですか?」と阿呆みたいに応える。
「……着いたら起こしてくれ。私は寝る」
言ったそばから彼女はくかー、と寝息をたてて鼻ちょうちんを膨らませた。
「あっ、はい。……って、はあっ!?」
行き先も知らないのにどうしろと!?
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勇気その四 『ピンチ』
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「なんだこのアマァ!? 俺たち《十字に輝く鮮血の黒騎士団》をナメてんのかぁ!?」
野盗さんたちはビビるどころか緊張感の無い彼女にお怒りだった。
それにしてもひどいサイバーセルズ名だ。一体、どんな感性をしていたらこんな恥ずかしくなる名前が出てくるのやら。まあ、そんな人たちにさえ抗えないのが僕の現状なんだけれども。
これ以上《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんたちを怒らせてはいけない。
今この瞬間、マッハで僕の寿命が縮まっているのだから。
「ちょ、ちょっとキミ!? 頼むから起きてくれない!?」
僕は《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんたちにガクガク怯えながら、天を仰いで眠りこける彼女の肩を揺さぶった。
すると、ぱちっと彼女は眼を開けた。
「………………はっ」
そして僕の顔を見、《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんたちの顔を見、辺りを見回す。
「…………。…………着いていない」
なぜか睨まれた。
しかも声に怒気がこもっていた。
逆ギレもいいところだと僕は思った。
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勇気その五 『遅刻』
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「…………今、何時だ?」
僕の焦燥感など知ったこっちゃないってな風に、マイペースな彼女は時間なんぞを尋ねてきた。
「な、何時だとかそんな事は今はどうでもいいのっ! 頼むから話を訊いて!? これ以上、彼らを怒らせるような事しないで!」
僕は彼女の両肩を掴んだまま眼を潤ませて懇願した。
「くっくっく。三時三七分……この二つの針が差す運命が、お前らの絶命刻だ……!」
《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんの一人が勝手に盛り上がって高笑いしていたが僕はそれどころじゃなかった。同じく彼女も《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんの言ったことは聞き流したらしく、ローブの懐に手を入れ懐中時計を取り出した。
「…………三時、三七分……。お前らのせいで二時間三七分も遅刻しただろう。どうしてくれるんだ」
「とんでもない大遅刻だね、キミ!? そんな時間も遅刻できる人はなかなかいないよ!? そんな状況でよく僕らのせいにできるね!?」
僕は彼女の何が何でも自分は悪くないという考え方に度肝を抜かれるしかなかった。
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勇気その六 『あのセルズ』
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「……ところで……。……お前たちは誰だ。ナーガが迎えをよこしたのか?」
心底、僕たちを訝しがるような表情で尋ねてくるローブの彼女。
「今頃!? 今までそれを訊くタイミングはいくらでもあったんじゃないかな!? 今まで気にさえしてなかったの!? 僕らはモブ扱いなの!? ってかナーガって誰!?」
心底、彼女の他人に流されないマイペースっぷりに驚愕し、声を荒げる僕。
と、そこで《十字に輝く鮮血の黒騎士団》さんの一人が彼女が持っている懐中時計を震える指で差した。
「お、おい……。お前、それ……その……エンブレムは――」
言われて他の《十字に輝く鮮血略》さんたちと僕は彼女が握る懐中時計、その上蓋に刻まれたサイバーセルズのエンブレムを見る。
見て、僕の顎は外れそうになった。
眼が飛び出そうになった。
なぜならばそのエンブレムはCSNゲーム界で最も有名なサイバーセルズのものだったからだ。
誰もが無言になっている中、彼女は不思議そうに懐中時計の上蓋へと眼を落とす。
「…………む、ああ。ああ」
何か納得いったらしく、頷く。
そして誇らしげに口を笑みにし、彼女はまるで印籠をかざす水戸黄門さんのように僕たちに見せた。
「自分が所属するサイバーセルズのエンブレムは所持アイテムや装備に彫れるんだぞ」
「「「誰もそんなことには驚いてないっ!!」」」
その場の全員が同時にそう叫んだ。
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勇気その七 『最強のセルズ』
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CSNゲーム界ではあまりにも、あまりにも、あまりにもあまりにも有名なそのエンブレム。
全CSNゲームを意味し、彫られた地球。
その地球は『×』を描くように四方から鎖で繋がれていた。
さらに、地球を上から下に貫通する黒くいびつな剣。
そのエンブレムは、かの有名な――
「ディ、《ディカイオシュネ》だッ!! こいつ、《ディカイオシュネ》だあああぁッ!!」
《十字に輝く略》さんたちが一斉に武器を抜いて戦闘態勢に入った。
《ディカイオシュネ》――『七つの未攻略クエスト』を完遂し、生ける伝説となっているサイバーセルズの名前だ。
メンバー一人一人が大会優勝経験者やセルズのリーダーをやれるようなカリスマ性を持つと云われている史上最強のサイバーセルズ。
と、いうことは――彼女も一騎当千の力を――!
僕の中に眠る何かが燃え上がり、思わず拳に力が入る。
強さへの渇望、欲望。男ならきっと誰でも持っているものだ。
無論、僕とて例外じゃあない。
最強の代名詞でもあるサイバーセルズに属する彼女は一体、どんな戦いを繰り広げてくれるのか……!
《十字に略》さんたちから彼女の方へと熱い期待の眼差しを送ると――
「……くかー」
彼女は口を大きく開けたまま涎を垂らして眠っていた。
「あぁんっ! 僕でも倒せそうなほどに隙だらけっ!」
唐突に日常系4コマを書きたくなった