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セカンドライフ  作者: 玉兎
2/4

2話

 “世界の果て”というものを聞いたことはあるだろうか。

 目の前に広がる大地が、かつては呼ばれていた。

 ーーそう。“かつて”は。


 *****


 フィレス大陸、中立地帯(ちゅうりつちたい)

 山間(やまあい)に隠される様に置かれた水車(すいしゃ)に引かれ、流れる小川が通った集落(しゅうらく)は大きいとは言えないが、総勢(そうぜい)300名以上もの人々が(ひしめ)き合って暮らす村だった。

 大国二つに(はさ)まれながらもどちらにも属さない上、誰にも(かえり)みられることのない不毛(ふもう)の地。

 ーーしかし今は見渡す限り和やかな風景が広がっている。

 田畑に果樹園(かじゅえん)、干しものが吊るされた軒下(のきした)。どれも依然(いぜん)には無かったものだ。

 人口的に舗装(ほそう)された道には誰かしらが通り、井戸の前では時折(ときおり)、女性達の笑い声が(ひび)く。

 そこはほんの一年前からは想像もつかない程、平和でのどかな風情(ふぜい)の村だった。

 “ミシマ村”という、半年前にキヨが自身の(せい)をそのまま付けた村は、山も海も手を伸ばせば届きそうな近さにある。まさに中立地帯(ちゅうりつちたい)と呼ぶに相応(ふさわ)しい土地だった。

 キヨは前世で89才で寿命(じゅみょう)を迎え、その記憶を持ったまま生まれ変わった、いわゆる“転生者(てんせいしゃ)”だ。

 現世(げんせい)では5才児だが、小さい身と(あなど)るなかれ。幼児ではあり得ない存在感と貫禄(かんろく)を持ち、確たる実績(じっせき)を前に村人に認められた実力者である。

 彼女は転生後すぐに、産みの親を殺された。隣接する大国ティグマーレンによる焼き討ちの被害者だ。

 赤子だった彼女を引き取り育ててくれた娘ミラも、他の村民達も皆、同時に親兄弟を亡くした。当時村は廃墟(はいきょ)同然で、ここまで持ち直したのは奇跡(きせき)と言っていいだろう。

 キヨがそんな回想に(ひた)りながら村の小道(こみち)を歩いていると、二人の子供に話し掛けられた。

「村長〜!」

「こんにちは、村長」

 見れば、進行方向からドレイク家の長女と三男が姿を見せた。

「おぉ、ラディにシーリーン。どうしたえ?」

 彼らは一家で仕事を手伝っている。女伊達(おんなだて)らに漁業を(にな)う、サーシャ・ドレイクの末の子供達である。


挿絵(By みてみん)


 シーリーンは今年15才。母親に性格がそっくりな女子(めのこ)で、ラディは10才になる、子供らしく生意気な男子(おのこ)だ。

「なぁ、何で髪真っ白なんだ?」

「こらっ、失礼じゃない」

 言われた通り、キヨの髪は真っ白だった。

 キヨをこの世に産み出してくれた母はくすんだ金髪で、父は茶交じりの金色をしていた。眼はどちらも薄青(うすあお)かったと記憶している。

 しかしキヨは何故か新雪(しんせつ)の様な白髪で、瞳は神秘(しんぴ)掛かった瑠璃(ラピスラズリ)色だった。隔世遺伝(かくせいいでん)では無いかと思われる。だが、文明の違うフィレスでは遺伝について理解がないらしく、(ひとえ)異端(いたん)とされていた。

 村の大人達は初めは何か言いたそうにするものの、重役(じゅうやく)であるキヨの色彩について触れることはない。

 ミシマ村自体、異種(いしゅ)同士という事もあるだろうが、ミラに(いた)ってはそれを自慢にさえしている。

 きっと深い考えは無かったろう、ラディの様子に嫌味は無く、彼の質問に悪意が無いことは分かったが、シーリーンが慌てて(いさ)めた。

 キヨは笑いながら返す。

「さあのぅ。して、ラディ。お前さんは何故赤い髪なんじゃ?」

 これは(たん)なる言葉遊びではない。

 ラディに考えさせる為。教育の一環(いっかん)だ。

「えっ、オレ?……うんと、……母ちゃんが赤いから?」

 確かに、ドレイク一家は(そろ)って赤髪。肌もシーリーンを(のぞ)いては全員が浅黒(あさぐろ)かった。

「では何故、ラディという名前なんじゃ?」

「え、それは……、親が付けたから……」

「そうじゃな、私も同じじゃ。親の色を受け()ぎ、名を貰った。それが何故かと()かれてもちと困るの」

 考え込んだラディの頭を小突きながら、シーリーンが頭を下げる。

「すみません、村長」

 まるで保護者の様なしっかりとした対応だ。

 しかし、謝罪相手が見た目5才児なので、おままごとにしか見えない。

「よいよい。ラディはまだ“十才(とお)”じゃ。これから学ぶじゃろ。……そういえば、わしに何か用かえ?」

 キヨが冷静な声で続けると、シーリーンがあっ、と声をあげて、ラディが早口にまくし立てた。

「母ちゃんが村長を迎えに行けって!今日、家来るんだろ?」

「ラディ!……今日は視察(しさつ)の日だと母から聞いています」

 律儀(りちぎ)に言い直す少女を微笑"ほほえ)ましく思いつつ、キヨは(うなず)く。

「そうかそうか。私の迎えじゃったか。すまんのぅ」

 今日は、漁業の状況(じょうきょう)を見る為に海沿(うみぞ)いに住むドレイク一家を(たず)ねることになっていて、先程(さきほど)ミラに見送られて出て来たところだったのだ。

「では、案内してくれるかの?」

 キヨがそう言うとシーリーンがおずおずと手を差し出してくる。それを素直に取ると、彼女ははにかんだ。

 やはり傍目(はため)には“村長と使者”では無く、おててを(つな)いだ“少女と幼児”の図にしか見えないが、シーリーンが嬉しそうなので良しとしよう。

 何やら後ろから視線を感じたので振り返ると、ラディがこちらを(うらや)ましそうに見ていた。

「ラディも手を(つな)ぐか?」

 ()いている片手をヒラヒラ振りながら問うと、少年は顔を真っ赤にして憤慨(ふんがい)した。

「ふざけんな!誰がつなぐかっ、バーカ‼︎」

「ラディッ‼︎」

「おやおや、嫌われてしまったかの」

 照れ隠しだと分かってはいたが、冗談交(じょうだんま)じりに言うと、そっぽを向くラディを()(ぱた)きながら、シーリーンが本気で弁明(べんめい)を始めた。

 その余りの剣幕(けんまく)に、流石(さすが)のキヨも一瞬たじろいでしまった。

(何だか、可哀想(かわいそう)な事をしたかの……)

 (よわい)94の記憶を持ってしても、(うま)くいかないものもある。

 ーーキヨは(あらた)めてそう感じたのであった。


 *****


「おー、村長!待ってたよ!」

 海の近く、さざ波が聴こえる場所に出ると、威勢(いせい)の良い声に出迎えられた。

 ドレイク家・家長(かちょう)のサーシャだ。

 彼女は赤い髪に小麦色の肌をした、男勝(おとこまさ)りの美形(びけい)丁度(ちょうど)、ラディを大きくした様な女性だった。

 サーシャは5年前の戦火(せんか)で夫を亡くしていて、女手一(おんなでひと)つで4人もの子を養っている。キヨの前世に通じるものがあった。

「おぅ。調子はどうじゃね?」

「まぁまぁかね。……あぁ、礼のワカメ、出来上がったから後で男らに引き取らせに来てよ」

 礼の、と表現したのは、乾燥(かんそう)させたもののことだ。

 この近海(きんかい)はワカメの宝庫(ほうこ)だった。キヨはワカメ産業を推奨(すいしょう)し、食卓を(うるお)わせると共に商業の足掛(あしが)かりにしたのである。

 そのまま食べることも出来るが乾燥させることで保存可能で、水さえあればいつでも食べられると教えたときには村で話題になったものだ。

 この数ヶ月で、毎日の食卓に乗るくらい、村に馴染(なじ)んでいる。

「まったく、ワカメばっかり採れてしょうがないよ」

「食料庫が空になるよりマシじゃろうて」

 食料庫とは、村人全員の為に乾物(かんぶつ)や保存食を備蓄(びちく)した倉庫のことだ。これにより餓死者(がししゃ)がゼロになった。

「 もうちっとデカい船がありゃ、魚もいっぱい()れるだろうよ」

「ふむ。……ならば、追い込みをしてみてはどうじゃ?」

 船体(せんたい)を大きくするには、資材も技術者も足りない。しかし船に数があれば別の方法で間に合わせることが出来る。

「追い込み?何だいそりゃ?」

(おとり)の船を使って(はさ)み込んで……」

 サーシャに追い込み漁を簡単にレクチャーすると、彼女も思う所があったのか、真剣な表情で考え込んだ。

 その後、追い込みや囲い込みがイルカなどの哺乳類(ほにゅうるい)の狩りを真似(まね)た事や、海の生物と漁業の関係などを講釈(こうしゃく)しているうちに()はすっかり(かたむ)いて、そろそろ暇乞(いとまご)いの時間になってしまった。

今朝(けさ)()れたばかりの魚、持ってって」

「おおっ!いつもすまんな」

「なぁに。村長のお陰で皆おまんまが食えるんだ。こんくらいどうってことないさ」

 サーシャの気前の良い言葉に、魚介類(ぎょかいるい)が大好物なキヨは、遠慮(えんりょ)なく土産に(いただ)いて帰る事にした。

 そんな時だったーー。

「おい、村長!緊急事態(きんきゅうじたい)だ!」

 ドレイク家に()け込んで来たのは(すえ)っ子のラディ。彼はシーリーンと共に兄達の所に行った筈だった。

「ちょっとラディ!(まぎ)らわしい言い方するんじゃないわよ」

 少年に追い付いたシーリーンが、彼の頭を小気味(こきみ)良く(たた)いて訂正(ていせい)する。

「ーー村長。ミラさんからですけど、急いで戻って欲しいって」

「子供が行き倒れてたんだってよ!」

「なに、行き倒れじゃと?」

 それは緊急事態(きんきゅうじたい)だ。

 キヨが(まゆ)を寄せると、シーリーンはまたもや弟の頭を叩く。

「お前は黙れ。ーー違うんです。何でも迷子みたいで、村の子じゃないらしくて。村長の指示が欲しいそうです」

 ラディの言い回しに、彼女は母に良く似た低い声を出して黙らせ、補足(ほそく)を入れた。

 彼女が言うには、見知らぬ子供が村の外から単身でやって来たという。ミラが保護したが、扱いについては村長であるキヨの意見が欲しいと、伝言を寄越(よこ)したそうだ。

 因みに、手紙のやり取りには伝書鳩(でんしょばと)ならぬ伝書烏(でんしょがらす)(つか)っている。

成程(なるほど)のぅ。……あい、分かった。直ぐに帰宅(きたく)すると伝えておいで」

 キヨの言葉に、()ぐ様シーリーンが動く。

 ワクワクした様子で自分も見に行きたいと(まと)わり付いてくるラディに、一連のやり取りを黙って(なが)めていたサーシャがGOサインを出した。

「あんた荷物持ちね。村長、悪いけど連れてってやって」

「うむ。構わんよ」

 返事をしたためて戻ったシーリーンが、キヨについて行くことになったラディに土産の魚を(たく)し、二人がドレイク家を出発したのは、夕焼けの頃だった。


 *****


 キヨとミラは二人で住んでいる。表向(おもてむ)き、ミラは保護者(ほごしゃ)という事になっているからだ。

 キヨが村の村長だということは、村の古株(ふるかぶ)の住人しか知らない。ーーというよりは、信じない。

 それで特に不都合(ふつごう)は無いし、()らぬ面倒を()ける為にも、新しく村に入った者たちには取り()えず()せて置く方針(ほうしん)になっていた。

「ーーということじゃ。ラディ、客人の前では名前で呼ぶのじゃぞ」

 子供にも分かりやすい様に()(くだ)いて説明し、キヨは村長宅(そんちょうたく)である建物の扉を叩いたのだった。

 言うまでもないことだが、5才児の身長では洋式のノブに手が届かない。いつもミラに中から開けてもらうのだ。

『はいは〜い。ちょっと待ってね〜』

 中から女性の声が聞こえてくる。

 やや間があって、中から扉が開けられると、淡い金髪の娘がキヨ達を(むか)え入れた。ーーミラだ。

「お帰りなさい……、あら。ラディもいらっしゃい。まあまあっ!サーシャさんから?ありがとう〜」

 ミラがラディから魚の(たば)を受け取り、顔を(ほころ)ばせる。

「ミラ、迷子のことじゃがーー、」

「ああ!そうだったわ。取り敢えず中に入って!」

 ミラの先導で二人は客間に向かった。

 客間と言っても、普段は茶の間として使っている小さな部屋だが。

 軽くノックをしてミラが入り、キヨ、ラディと続くと、この世界では嗜好品(しこうひん)の紅茶の香りが鼻を突いた。

「あ……、お邪魔(じゃま)してます」

 ()こえてきたのは、耳に優しいボーイソプラノ。そこにいたのは、見るからに育ちの良い、蜂蜜色(はちちついろ)の髪をもつ少年だった。

 (おおよ)そ10才前後か。

 ラディと同じくらいの背丈(せたけ)だが、着ている服の仕立ての良さや、理知的(りちてき)な水色の瞳、(さら)には所作(しょさ)から貴族階級の子息と見受けられた。

「一人にしてごめんなさいね。この子はキヨって言うの。仲良くしてあげてね」

 ミラも馴れたものだ。キヨの保護者という(おもて)の顔は、完璧(かんぺき)なものだった。

「キヨちゃん?僕はテオって言います。よろしくね」

 にっこりと微笑(ほほえ)む少年はかなり(ととの)った顔立ちで、天使もかくやといった美しさだった。常人(じょうじん)ならコロリとやられるところだろう。

 ーーしかしキヨは90年以上人の表情を見てきた玄人だ。作り込まれた笑顔だと一眼(ひとめ)で分かった。なので、あくまで冷静に返す。

「キヨ、と呼び()てて良い。一人で来たのかえ?」

 すると、貴族の少年ーーテオは、困った表情(ひょうじょう)を浮かべた。

「うん、そうなんだ。キヨちゃ、……キヨはここの家の子?隣の子は、お友達かな」

「ちげーぞ。こいつは、」

「ーーそうじゃ。ミラと暮らしておる。彼はラディという。漁師(りょうし)の子じゃ」

 余計(よけい)なことを言われる前に、キヨは言葉を(かぶ)せた。嘘は()いていない。

「……そう。ラディ君ね」

「おうっ、俺も呼び捨てでいーぞ。よろしくな!」

 ラディが元気良く手を差し出すと、一瞬目を見張(みは)ってから、握手(あくしゅ)に応えるテオ。

「よろしく、ラディ」

 ーーこうして、キヨは運命の(?)出会いを果たしたのであった。


 *****


 キヨは魚介類(ぎょかいるい)が大好物だ。

 その中でも特に刺身(さしみ)が好きで、冷蔵庫(れいぞうこ)発明(はつめい)されていないこの世界で、魚を(なま)で食べられるのは海の近いこの村ならではだろう。

 夕食の手伝いと(しょう)してミラについてきたキヨは、まな板の上の銀色に輝く新鮮(しんせん)な魚に()を奪われながら、ミラに事の経緯(けいい)の説明を受けていた。

「つまり、跡目争(あとめあらそ)いから(のが)れて来たということじゃな?」

 テオは、キヨハル村に隣接(りんせつ)するアクゼリュオン大国某貴族の嫡子(ちゃくし)で、後継(こうけい)争いで兄達に命を狙われているという。

「しばらく(かくま)ってあげられないかしら?」

 彼は、ほとぼりが冷めるまで身を隠していなければならないようだ。ならば、ここで保護したいとミラは言った。

「そういうことなら構わぬが、村の運営(うんえい)やわしのことは様子を見てからじゃな……」

 今は情報を制限(せいげん)しなければならないだろう。勿論(もちろん)、村民達とテオの両方にだ。

「分かったわ。皆にもそう伝えましょう」

「うむ。……して、この魚。ちと味見してもーー、」

「いけません」

 にっこりと一蹴(いっしゅう)され、キヨは項垂(うなだ)れた。


 *****


 この世界の文明(ぶんめい)は地球に比べて大分(だいぶ)遅れている。ヨーロッパで言うならば、16世紀くらいだろうか。

 丸みを帯びた大地。フィレス大陸は、アクゼリュオン大国、ティグマーレン大国、砂漠のマハトラからなり、ミシマ村がある此処(ここ)は、そのどれにも属さない中立地帯(ちゅうりつちたい)だった。

 一見(いっけん)狙われ安そうな立地(りっち)だが、アクゼリュオンとティグマーレンが互いに(にら)み合っている中、誰も()せた村を(かえり)みることはなかった。精々(せいぜい)が戦時の中継(ちゅうけい)(つか)われるだけの不毛(ふもう)の土地とされていた。

 ーーほんの一年前までは。

 今では自給自足が成り立ち、村で生産されたものをアクゼリュオンの町に売りに行ったりして、かなりの潤いを見せている。

 その代わりに人手が足りなくなり、それを補う様に流民を受け入れている昨今だった。

 総勢(そうぜい)300人を超える集落は最早(もはや)、村ではなく町と言えるだろう。

 たかだか数年でここまで発展(はってん)した場所は他に無い。(ひとえ)にキヨがもつ、前世の知識の賜物(たまもの)だった。

「おはよう、テオ」

 ミシマ村の村長宅に昨日から泊まっている少年に、キヨは朝の挨拶(あいさつ)をした。

 昨夜の夕食後、ラディが帰った後に、ミラが打ち合わせ通りに彼を迎える提案(ていあん)を伝えた。それを本人が是非(ぜひ)も無いと受け入れ、一晩(ひとばん)を越えた。

「おはよう。良い朝だね」

 テオは朝早くにも関わらず、一糸(いっし)乱れぬ()で立ちで、爽さわ)やかな笑顔を浮かべていた。

 ーーこれぞ目の保養(ほよう)。キヨは前世の概念からそう思い、上機嫌(じょうきげん)に笑みを返した。

「良かったらお話ししない?この村の事とか」

「構わぬが。ーー良ければ村を案内しようか」

「ぜひ、お願いするよ」

 村の各要所(かくようしょ)には昨夜のうちに連絡を取り、隠せるものは隠してある。ーーすでに見られている可能性のあるもの以外は、だが。

 余所(よそ)には極力凡庸(きょくりょくぼんよう)田舎(いなか)で通している。ただ、どうしてもボロが出てしまいそうな部分もある。(たと)えば、5才児に一室(いっしつ)が与えられるなど、平民では普通ないが、そういった常識外(じょうしきがい)のことは全て“ミシマ村”ならではだと説明する。

 雑談(ざつだん)を交えながら村を案内していると、テオは時折(ときおり)驚いた様子を見せていた。

 正午(しょうご)になり家に帰ると、手が届かないキヨの代わりに彼がさっと扉を開けてくれる。

 流石(さすが)貴族階級。子供ながらに紳士(しんし)の意識付けが完璧だ。

 これからは彼に扉を開けてもらおう。

 キヨはこっそりそう考えた。

「ごめんなさいね、お昼まだなの。出来上がるまでお茶を()んでいてくれる?」

「私も手伝おうか」

「僕も」

「うふふ、大丈夫よ。二人は待ってなさい」

 ミラは笑みながら、しかし断固(だんこ)とした意思のみえる口調で言う。

 調理場(ちょうりば)は彼女の領分だ。彼女に任せよう。

 キヨはテオを(ともな)って客間へと向かった。

 (ほど)無くして、ミラがティーセットを持ってきた。キヨが()れた所作(しょさ)茶器(ちゃき)を並べ、ミラが後は任せたとばかりに退出する。

 部屋にはキヨとテオの二人だけになった。

「……不思議な色だね」

「うん?緑茶は初めかえ?」

 今日は紅茶の気分ではなく、長年(ながねん)親しんだ味の茶を選んだ。この世界にないものの一つだった。

「りょくちゃ?」

「うむ。緑色をしているが、茶葉自体は紅茶と同じじゃよ。香りと風味は違うがな」

「ーーえ?紅茶と同じ?」

「そうじゃ。工程(こうてい)が違うだけで、元は同じものじゃ」

 テオは関心した様に(うなず)く。しかし、やはり見慣(みな)れないものは口にしたくないのか、()もうとする気配がなかった。

「どうしたえ?」

「……ああ、うん。何でも」

毒見(どくみ)が必要かえ」

 キヨが何気無(なにげな)く言った言葉に、テオは(きょ)を突かれた様な顔をした。きっと5才児にそんな気遣(きづか)いをされるとは思いも寄らなかったのだろう。

「大丈夫、ちょっと猫舌なだけだから」

 テオは笑うが、キヨにはその笑顔がどうにも胡散臭(うさんくさ)く見えて、何とも歯がゆくなった。

 だからつい、お節介心なことを言ってしまう。

「無理に笑わんでよい。普通にしておれ」

「え……?」

「お前さんが楽しくて笑っているのでない限り、私の前で笑わんでよいよ」

 キヨはズバリ言い切って見せた。()()った発言だとは分かっていたが、これから(しばらく)の間は共に()らすことになるのだ。自然体の方が、お互い気を(つか)わなくて済む。

 そう思って言ってやったのだが、テオは面食(めんく)らったのか目を見張(みは)った後、キヨの顔をまじまじと(のぞ)き込んだ。

「キヨは小さいのに、すごく(かしこ)いんだね。ーーそれもミラさんの影響(えいきょう)?」

「それはどうかの……」

 キヨの影響がミラに、ならばあるが。

 キヨはぼそりと(つぶや)いた。

「そう言えば、キヨの髪はとても綺麗だよね。ミラさんとは色が違うけど、魔力(まりょく)持ちだったりする?」

 今度はキヨが目を見張(みは)る番だった。

 ーー魔力(まりょく)?なんじゃそれは。

 テオがもう少し大きかったら、所謂(いわゆる)中二(ちゅうに)と呼んでしまうところだが。

 キヨは喉元(のどもと)まで出掛かった言葉を(かろ)うじて呑み込んだ。

「どういう意味かえ……?」

 冷めかけた紅茶を(たく)に戻しながら、キヨは恐る恐ると言った風に、テオに向き合った。


 *****


 ーーそしてこの後、キヨはそれまでの常識を(くつがえ)すような、びっくり仰天な発言を耳にすることになるのであった。

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