prologue
世の中が、黒く染まった。
俺の眼球が捉え、脳がそう解釈した訳ではない。俺の感情――いや、心の色の話だ。
つい昨日までは、地球に広がる青空のように晴れやかな色模様だった俺の心も、目の前にぞろぞろといる親戚関係の服のように黒く濁っていた。
それは喪服という服で、スーツとはまた違った葬式に着る黒い服だ。
今日は、俺の家族の通夜が行われている。俺と妹を除く二人の葬式。
いつも俺の進路ばかりを気にしていた父さん。
それを宥め、いつも俺に味方してくれていた母さん。
なんだかんだ言って仲の良かった両親を、神様は昨日一斉に奪っていったのだ。
「知樹くんも希海ちゃんも、まだ若いのに……。これからどうするの?」
式場の端で下を向いたまま固まっていた俺たちに、親戚のおばさんが話しかけてきた。何度かあった事があるが、どういった人だったかあまり覚えていない。
「……何も、考えていません」
俺はそう答えるしかなかった。昨日両親が死んで、その先の事をどうするかなんて考えるほど、俺の頭に余裕はない。
「……お兄ちゃん」
妹の希海が、震える手で俺の袖を掴んでくる。その目は赤く染まり、まだ目には涙が浮かんでいた。無理もない。俺は中学二年生で、それなりに考える頭くらいは持っている。だが、希海はまだ小学六年だ。もし俺が小六の時に両親が死んだら、何が何だか分からないまま泣いていた事だろう。
「大丈夫だ希海。兄ちゃんがついてる」
今の俺には、そんな安っぽい慰めしか言えなかった。だが、妹は自分で涙を拭きとり、無理やり作った笑顔で俺に頷き返す。もしかしたら、俺より希海のほうが強いのかもしれないな。
「お父さんの会社とか、色々とゴタゴタするでしょうけど、何かあったらおばさんを頼ってきて構わないんだからね?」
「はい。ありがとうございます」
このおばさんだって他人事だ。どうせいざとなったらあまり助けてくれないに決まっている。
その後も、喪服姿の親戚や父さんの仕事関係の人などに声をかけられたが、右から左に流れていく状態で、何を言われたのか覚えていなかった。
葬式自体は親類関係ですべて執り行ってくれたおかげで、俺たちの負担は最小限に抑えられた。だが、式が終わった途端に家や親権の話を始める親類に嫌気がさし、希海を寝かせた後、俺は町の高台に逃げ込んでいた。
ここは以前から俺の秘密の場所で、何かあるとここで空を見上げていた。晴れの日は雲の形を観察したり、夜になれば星を眺めて気持ちを軽くしていた。そして今も立ったまま空を見上げていた。
俺の気持ちとは裏腹に、今日の天気は快晴。このグチャグチャな心をどうにかしたくて、俺は空を見上げた。そこには町の光よりも多くの星が輝いていた。いつもは心が晴れていくのに、今日は涙が溢れてきた。妹の前では泣くまいと誓った。だからって俺もまだ十四だ。潤む涙腺を我慢するのに必死だったんだ。
「くっ……なんで、なんで父さんと母さんが……っ……死ななきゃなんねんだよ……」
嗚咽と共に言葉が漏れる。そんな事を言ったところで、誰かが教えてくれる訳じゃない事くらい分かっている。それでも、悔しくて、悲しくて、寂しいんだ……。
「……なぁ神様。本当にいるってんなら……こんな不幸せ、帳消しにしてくれよ!」
空に向けて叫ぶ。それが、輝く星々に届こうが、その向こうにいる神様に届こうが、そんな事はどうでもよかった。ただ、心に溜まったいろんな物をただ出したかっただけだった。
その時、一つの星が強く輝い気がした。その光がまるで俺に向かってくるかのように、また強く、大きくなる。
「え?」
そんな間抜けた声が出た時には、俺の目の前にその大きな光が降り立っていた。
頭では分かっている。
空に輝く星は、この地球と同じような大きな塊が色々な過程を経て輝き、地上からは星となって見えている。だから、俺より少し大きめの星なんてありえないのだ。
だが、目の前にある光の固まりは、一言で表すと『星』以外の何者でもなく、一瞬UFOの類かと思った俺の考えも、すぐに一蹴される事となった。
その光は、地上に降りると徐々に光を弱めていき、人間のような形に収まっていった。
俺は声も発せず、その過程をただ見ている事しかできなっか。
そして、その光は完全に人の形になると、俺を見てこう言った。
「一つだけ、お願いごとを叶えてあげるです」