♯001
目を開けると、そこは見知らぬ森であった。
それまで、何をしていたか。
自分は誰なのか。
どこの人間なのか。
それらすべての記憶は、まるで元より存在していなかったかのように、頭から抜け落ちていた。
ただ、まるで突然そこに産み落とされたかのように、自分は森の中に倒れていたのだ。
「あ……い……」
声は出る。
どこも不調はみられない。
ただ、服を着用していない。
やたらと筋肉質なその身体は、長年の努力の成果が見て取れた。
少なくとも、産まれてすぐの人間の身体ではない。
――とりあえず、歩いてみようか。
身体に異常はないのだ。
もしかしたら自分を知っている者がいるかもしれないし、こうして寝ているだけでは何も変わらない。
遥か蒼天を舞う一羽の鳶を目で追いながら、青年は立ち上がった。
○
その日の紅葉の調子は、どうもおかしかった。
全てがうまくいかないのだ。
数年前から剣術を習っている師匠からは今世紀最大の大目玉をくらい、その師匠の機嫌を直す為に山から里に下りて師匠のお気に入りの団子を買おうとしたら、既に売り切れ。
――ああ、戻ったらまた怒られちゃうんだろうなぁ。
そんな事を考えて少々鬱になりながらも、紅葉は山道を歩いて行った。
紅葉の住み込んでいる道場は人里からかなり離れた山奥にあるため、道は途中から、獣道へと変貌する。
普段紅葉しか歩くことのないその道を見て、紅葉は脚を止めた。
――何かが、違う。
長年歩き続けてきた彼女にしかわからない、僅かな違い。
匂いだ。
新しい弟子だろうか。
普段師匠は道場から出ることがない為、それくらいしか考えられない。
――もしくは。
「道場破り……?」
そう考えると、自然と彼女の脚に力が籠った。
右手で背に負う竹刀の柄を握り、まだ見えぬ道場を睨み付ける。
「……なぁ、そこの」
もしかしたら、集団で来ているかもしれない。
そうなれば、流石の師匠も一人ではキツい筈だ。
「おい、聞いているのか?」
しかし、自分が行ったところで役に立てるのだろうか。
自分はまだ15歳の子供。弟子入りしたばかりで剣の腕も未熟。
――おもいっきり足を引っ張りそうだ。
「なぁ、聞いてくれって」
これは、誰か呼んだ方が……。
そう思い振り向いたところで、彼女のすべてが停止した。
目に飛び込んできたのは、小麦色の胸筋。
「お、ようやく気付いてくれたか」
ニカッと白い歯を見せる、目の前に立つ全裸の青年。
神楽は一度その全身像を見渡した後、全身の力を声帯に込め、叫んだ。
「変態だァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」