1.国
1.国
僕たちは山をいくつかの山を越え、小さな王国にたどり着いた。
何度、地図を見てもそこには王国があるなんて、記載されていなかった。
それでも、久しぶりにゆっくりとベッドで寝ることができると、ほっとした気持ちで入国した。
「この国の名前はなんと言うの?」
スリィが、入国手続きの担当者に聞いた。
「……ユードラ王国といいます……。」
担当者は下を向き、小さく弱弱しい声でそう応えた。
「ユードラ……。」
パスポートを受け取りながら、ナーレスが国の名前を復唱し、パスポートの入国印を見ていた。
僕も自分のパスポートを見る。
入国印は女性の顔だった。少し…いや大分不気味である。
「やっかいなところに来たな。」
ナーレスのキレイな苦笑いに、僕とスリィは顔を見合わせたのだった。
僕たちは適当なところに宿をとった。
当然だけど、スリィは一人部屋である。
時々ナーレスが夜這いに行くが(笑)、毎回門前払いにあっている。
きっと本気を出せば、スリィなんて片手間で襲っちゃえるのだろうが(笑)、それをしないところがナーレスの紳士なところだと思う。
ナーレスとの熱いじゃんけん大会に惨敗し、僕が床に毛布を敷き始めたとき、ベッドの上のナーレスがこんな話を始めた。
「昔々、山間に小さな王国がありました。
国を囲む山々の中の一番高い山の上に、雲に隠れるようにして立派なお城が建っていました。
そこに済んでいた王様はとてもわがままで、自分のお城を大きくすることが大好きでした。
国民の生活なんて気にせずに、どんどんお城を大きくしました。
国民はみんな心の中で王様を呪っていました。」
ナーレスはベッドの横にある窓から、外を見ている。
僕に視線を向けることなく、話を続けた。
「そんなある日、まるで国民の願いが届いたかのように、王様が突然亡くなりました。
立派なお城と7人の女王を残して……。」
ナーレスがベッドから立ち上がった。
するとユードラを囲む山の一つに、雲に隠れるようにして、不気味で立派なお城がはっきりと見ることが出来た。
「その王国の名前はユードラ。つまり今、俺たちが滞在している国だよ。」
僕はお城から目を離すことができなかった。
いくつもの塔からなるそのお城はとても構造が複雑そうに見えた。
月の光に鉄の無機質な光が反射し、とても不気味で幻想的なお城だった。
「今も7人の女王はあのお城に?」
「いいや、大昔の話。とっくにみんな死んでいるはずだ。
それに俺の記憶が正しければ、女王全員子供に恵まれず、王家は途絶え、国は村に成り下がったと聞いていたんだけどな。」
そういって、ナーレスがもう一度窓に近づいた。
「王家は途絶え、誰もお城にいないはずなのに、明かりともっている。
人々は皆、何かに怯えたように震えながら生活をしている。
何かないわけないだろ?」
ナーレスの少し困ったような笑顔を見た後、僕はとても邪悪な気配を感じた。
僕は窓の外を見渡す。
ナーレスも同様の気配を感じ取ったらしく、魔法の呪文を唱え、左手を床にかざした。
床に黒い魔法陣が現れ、光を発したと思うと次の瞬間、魔法陣の上にスリィの姿があった。
「どうしたの?」
突然の状況に、少しとまどいつつ、スリィが立ち上がりナーレス後ろに身を潜めた。
彼女もただならぬ気配を感じているようだ。
「くるよ、くるよ。」
ナーレスが不適な笑みを浮かべながら、左手に魔法陣を出現させる。
悪魔は、左手に魔力を込めて、魔法陣を作り出し、そこから魔法や魔物を召喚する。
僕も自分の武器である、白銀の柄の長いアックスを、呼び出し、手に持った。
勢いよく、部屋の扉が開いたかと思うと、ナーレスが左手を扉のほうにむけ、魔法を放った。
そして、入ってこようとしたものに命中し、人間の声ではないような不気味な断末魔を上げ、倒れた。
やってきたのは一人ではなく、不気味にうごめくそれは部屋にぞろぞろと侵入してきた。
「何あれ?何あれ?何なのよ〜あれ?」
スリィが嫌悪感むき出しの顔で、ナーレスの後ろに隠れる。
ナーレスの魔法攻撃に加えて、僕も向かって行きたいところだが、狭い部屋のため、下手に僕が前に出るとナーレスの魔法に巻き込まれそうだ。
ナーレスが何度も魔法を繰り出すが、相手はいくら倒しても沸き出てくる。
宿のことも考えると、そろそろ限界である。
「ナーレス、ここは一端引こう。宿が壊れるよ!!」
僕は窓に足をかけて、ナーレスの後ろで小さくなっているスリィの襟首をつかんだ。
そして、窓からスリィごと飛び降りた。
突然のことで、少しの間スリィの首を絞めることになったが、これはこれで仕方ない。
「ぐえっ」
と、いういかにもなスリィの声が聞こえたが、僕は白い羽を広げ、空中で改めて、スリィを脇から抱えなおした。
「殺す気?」
スリィの殺気だった睨みを苦笑いでごまかして、ナーレスを待った。
ナーレスもやがて窓から飛び降り、僕とは対照的な漆黒の翼を広げた。
僕よりも、大きくて立派な翼だ。
何度見ても本当にきれいで、飛ぶ姿は天使よりも美しいと思った。
「大丈夫?」
「もちろん。しつこい奴らだったな。」
「これからどうする?」
「残念ながら、あの宿には戻れないだろう。とりあえず、朝まではどこかに身を潜めるしかないね。幸いなことに、この国は山々に囲まれている。」
「え〜、また野営するの〜?」
スリィが深い深いため息をつく。
せっかく長旅でベッドにありつけたのに、ととても残念そうなスリィの気持ちは僕にも通ずるものが多々あった。
そんなスリィに苦笑いを向けながら、僕たちは山の中に身をひそめるため、宿を後にした。
暗くて見えないけれど、宿の窓から奴らがこちらをじっと見ているような気がした。