9.出国
9.出国
セシルを倒すとまるで魔法が解けたかのように、人々は明るく普通どおりの生活を取り戻した。
僕はスリィに怪我の手当てをしてもらいながら、そんな人々の様子を城の窓から見下ろしていた。
「にしても、今回はサニー、流血が多かったわね。天使じゃなかったら、死んでるわよ。」
「あははは、まったくです。」
ふと、僕は視線を感じて周りを見渡した。
すると端っこの方にちょこんと座っているステアと目が合った。
「ステア、どうしたの?」
「え?あ、すいません。天使を見るのは初めてなんで、見つめてしまいました。」
それを聞いたナーレスが、僕とステアの間に割って入った。
「魔族は?」
「あ、それも初めてですすみません。」
「じゃあ、よく見ておいてね。」
「は、はい。」
ナーレスを前にどこかたじたじな感じのステアが可愛くて、僕とスリィは思わずくすっと笑ってしまった。
「そういえばそろそろ君の正体も話してもらおうか。ステア改めエストリアくん☆」
「!」
ナーレスの言葉にステアが驚いて2,3歩後ずさった。
僕とスリィも意味がわからずに「え」という顔で顔を見合わせた。
「何で、それを知っているのですか?」
ナーレスは答えずにニッとちょっと悪そうな笑みを浮かべただけだった。
ステアはそんなナーレスと訳がわからずぽかんとしている僕とスリィを交互に見て、小さなため息をつくと、ぽつりぽつりと話を始めた。
ナーレスさんの言うとおり、私はユードラの五人目の女王エストリアです。
女王とは名ばかりで、その正体は人間の言葉をしゃべるおかしなウサギなのです。
しかもオス(笑
私はもともと見世物小屋にいたのですが、ユードラの王様に気に入られ買い取られました。
そして、庭師として王様にはずいぶん可愛がっていただきました。
王様が殺される前夜、私はスリィと出会った部屋を与えられました。
その部屋は時間の流れを止め、悪意あるものは扉を開けることは出来ない魔法の部屋だと。
私はその部屋で今までの長い時間を眠って過ごしました。
スリィが開けてくれなかったら、私はこのお城が壊されるまで一生あのまま眠り続けるところでした。
「王様が一番可愛がっていた女王の正体がウサギさんだったとはね。」
ナーレスが感心したように言った。
「そういえば、ナーレスは何かこの国についていろいろ知っているみたいだけど、あたし達にも教えてよ。」
「あ〜、そういえば二人は知らないんだったね。」
そう言って、ナーレスは僕とスリィにいつの間にか聞いていたユードラの昔話を聞かせてくれた。
エストリアは黙って聞いていたが時折、目に涙を浮かべているようだった。
僕とスリィがようやくことの次第を理解すると、ナーレスは手で涙をぬぐっているエストリアに再度視線を向けた。
「で、エストリア。君はこれからどうするの?」
「え?」
ナーレスの突然の言葉にエストリアが固まった。
「ええっと……考えなかったんですが、このお城に残るのも寂しいですし、でも、世間的に見れば人間の言葉をしゃべるウサギなんておかしいですから、きっとまた見世物小屋に逆戻りかと……。」
エストリアの声が小さくなった。
彼の居場所はもう、ないのだ。
僕は居たたまれなくて、ナーレスの方を見る。
「ナーレス、僕たちと一緒に……。」
「それはダメだよ。」
ナーレスの言葉に僕は肩を落とした。じゃあ、やっぱりエストリアは……。
僕がそんなことを考えていると、ナーレスはため息をついてエストリアを抱き上げた。
「一緒に旅はできない。俺たちの旅は危険だらけだからね。
俺の知り合いに庭師を探している奴がいるんだけど、もう庭仕事はしたくないかい?」
「したいです!!その人のもとで働かせてください!!」
エストリアがナーレスの首に抱きついた。
ナーレスは彼の背に優しく手を添える。
「じゃあ、そいつのところまで一緒に行こう。それでいいだろ?」
ナーレスの言葉に僕はうなずいた。
エストリアが鼻をすんすん言わせながら、泣いているようだった。
ナーレスはエストリアを地面に降ろすと、僕たちを見渡してこう言った。
「それじゃあ、早速出発するか。エストリアはこの国を出るまではスリィのぬいぐるみのフリをしてろよ。」
「はい!」
「よし、じゃあ行くぞ。」
ナーレスの声とともに、僕たちはこの不気味なお城を出た。
しばらく歩くと、入国手続きをした小さな小屋に着いた。
そこではあの担当者がいそいそと片づけをしていた。
「すいません、出国手続きをしたいのですが…。」
「ここは国ではなく村だ。そんなものはいらないよ。」
担当者は来たときとは打って変わって笑顔でそう答えてくれた。
僕たちは顔を見合わせた。
やがて担当者はゴミをまとめると小屋に鍵をかけ、どこかへ言ってしまった。
そのまとめられたゴミの中に入国印と出国印が入っていたので、僕たちは自分でそれをパスポートに押した。
出国印は男性の顔…セシルの顔をしていた。
それから察するにきっと入国印の女性はジェシカだったんだろう。
セシルの描いていたユードラ王国は、数日のうちに夢と消えてしまった。
セシルの気持ちを考えると、少しかわいそうで悲しいと僕は思った。
お城のほうを振り返ると今も雲の隙間からその姿を見ることが出来た。
やはり不気味で何かありそうな雰囲気は、もしかしたらまたセシルは復活して同じことを繰り返すのではないか、という考えを僕に起こさせた。
「まぁ、そのときは俺たちはあんまり関わりたくないよね。」
ナーレスが僕の肩を叩き、苦笑いを浮かべた。
「そうだね。」
こうして、僕たちはユードラ国を後にしたのだった。
最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。
2話もよろしくお願いします。