悪霊女
廃屋の中に一歩入ると外の暑さが嘘のように感じるほど寒い。これが霊気と言うやつか。
「いるいるぅ。絶対すごい奴がいるのが判るー」
気配は感じるんだ。ちゃんと修行なりすれば良い霊能者になれるのになぁ。
「だーからー。やーなのよぅ。お経上げたり、滝に打たれたり。めんどいし、疲れるし、つらいー」
いまどきの子は……。
「まだ奥ねー。2階かな?」
福は歩を進め、入り口から続く中央の廊下を通り抜け、2階に続く階段にさしかかった。横の壁にひびの入った鏡が付けられている。ところどころ白い汚れが浮かび、とても本来の使用目的を全うできそうも無い。
その前を福が横切った瞬間、鏡の隅に妙なものが映りこんだ。
「あれ? 確か今白い服を着た女の人が……」
あわてて鏡を見直す福。
「なにもないなぁ。反対側にも見間違えるようなものは無いし……」
繰り返して言うが彼女は見えて話せて触れるだけの人だ。日常的に霊を見ているので、このぐらいで怖がったりはしないのだろう。
「でも、おっかしーなー。普通ならはっきり見えるのに」
2階に続く階段を上がる。広いフロアになっている。あたりには以前使われていたものか長いす、机、用途不明な台などが散乱している。
「これだけ気配がするのになぁ……。あのー。だれかいませんかぁ?」
うっすらとほこりが舞うフロアを奥まで行き、しばらくあたりを見回す。3階に続く階段はこの先だ。
割れた窓から外を見ると、ほとんど地平線に沈みかけた夕日が見て取れた。このままでは、あたりはまもなく闇に包まれるだろう。
「夜になっちゃうと帰りが面倒だなぁ。一応、ライトは持っているけど……。3階はまたにしよう」
そう言って、ため息を一つ付くと、福はあきらめたように元来た方へ振り返った。その時、足元になにかが……。
「あれぇ?」
長い髪の毛の塊。いや、髪の毛だけではない。そこには、リノリュームの床に左半分が埋もれた女の顔があった。白目に血管の浮き出た右の眼球がクルッと動き福をにらみつける。
「ひっ!」
さすがに見慣れているとは言えこれは怖かったらしい。短い悲鳴と共に一歩後ずさる福。女の口が吊りあがり、くぐもった声が漏れ始めた。
「う……う。う、うううふふふふ……」
埋もれた女が笑い出した。
(やっば~い)
と福は思った。やばいのか?
(これはやばいよぉ~。いままで体の一部が壁や床からはみ出した人なんか居なかったもん。)
「あ……あのー」
もう一歩後ずさる。両手のひらを前に突き出し、相手をなだめるように。
「落ち着いて下さいね。あたし、そのー。ちょっと写真を……」
さらに一歩下がる。相手を刺激しないように。
「撮らしてもらっちゃおうかな~、なんて……」
しかし、
「ぎゃあぁああぁぁぁ~」
急に女が悲鳴を上げた。埋もれた首をガクガクと痙攣させながら、叫び声を上げ続ける。
「うわー!」
たまらず、福は女と反対方向に逃げ出した。しかし、彼女の先には3階に続く階段しかない。
「しかたない!」
いまはあの女から少しでも遠ざかるほうが先決だ。しかし、先ほどのように蹴り飛ばせばよいではないか?
「やだ! 怖いー!」
おお、巨乳の他には初めて見せた女らしさだ。
「ぎゃははははは。ぎゃーあああぁぁはははは」
悲鳴とも笑いともつかない狂気の声が背後から迫ってくる。あの女が追いかけてきているのだ。2段飛ばしで一気に階段を駆け上がると、そこは、いくつものパーティションで区切られた事務所になっていた。




