1 1-A(前編)
「栞さんのことがずっと好きでした。出会ったときから好きでした。優しくて、頑張る姿が素敵で、とにかく可愛いところが好きです。良かったら放課後、理科準備室に来てください…」
私こと栞は、朝学校に登校してきたところだった。下駄箱の奥の方に薄黄色の封筒が入っているのに気が付いた。ピンク色のハート形の封がしてあり中には紙が一枚入っていた。
「え、何ソレ? もしかしてラブレターでも入ってたの?」
一緒に登校してきた友達が、靴を履きながら聞いてきた。
私はごく一般的な中学生であって恋愛には興味が多少あるが、好きな人も、対しては気になる人もいない。
「…」
私が返答に困っていると、会心の一撃を決めてきた。
「やっぱラブレターだよね? とうとう栞も恋する次元に入ったか?」
この、彩葉というこれもまた一般的な女子中学生は中学生乍らに相当陰では男子の人気を買っている。自分のことを優れていると思っているのか、上から目線が地味にうざい。
「本当にそう…なのかな」
曖昧な返事をしてみた。自分は堂々としているタイプではないし、あまり人と話さない。陰キャだコミュ障だと言われても何と返せないだろう。
「絶対にそうだよ! ほれほれ見せてみー!」
彩葉に手に持っていた手紙が奪われた。あまりに一瞬だったから反応することが出来なかった。
「えー誰から!? あれ、これ名前どこに書いているの?」
「は? いいからさっさと返せ…」
多少というかかなりキレながら奪い返した。もう一度手紙と封筒を確認した。彩葉が言った名前を確認するために。しかし本当に見つからなかった。
「ホントだ…。どこにも書いて…ない」
名前が書いてなければラブレターとして意味がない。――めっちゃ気になる。放課後に準備室に行くことをほぼ確にさせられた。
「誰なんだろうね。気になるー! ねえ私も付いていっていい?」
「流石に嫌。恥をかかされる羽目になる」
「えー嘘ー!? まあ告られるところに勝手に行くのは良くないか。じゃあ頑張って、栞の初体験」
どの意味で言っているのか、おちょくってるのか、テレビで言ったら放送終了になるくらい怖い発言だ。女子中学生が言うワードではない。普段からそういう事しか考えていないのか。そしたら友達を辞めるが。
「まあ……ありがとう」
六限目の数学が終わるチャイムが鳴り、幸福感でいっぱいなところに彩葉が歩み寄ってきた。
「本当に行くの?その待ち合わせ場所。どこだっけ?」
「え、ああ……」
如何にもゲームでLoading画面が出てきそうな程空白の時間が流れた。彩葉に言われてやっと思い出した。朝の出来事を。普段なら忘れないのだが、五六限目が数学というとんでもない時程で、勉強に着いていくのに手一杯だったからだ。
驚いた表情をできるだけ隠して言う。
「確か、理科準備室――」
「栞、忘れてたの!? あんなことがあったのに? もしかしたらあんなことやこんなことをする絶好の機会だというのに? もしかしたら秘密の関係になるのかもしれないっていうのに?」
彩葉に返答したのに、その途中で間入りされてしまった。しかも自分の隠した表情も読み取られてしまう始末。それにやっぱり彩葉は言葉選びを考えたほうが良い。周りから聞かれていたら誤解される言葉ランキング3~5位(栞調べ)をぶち込まれた。
そんなことを考えていたら、思わず心の内の声が出てしまった。
「彩葉は少し言葉遣いに気を付けたほうがいいよ」
話を完全に断線させるほど言いたかったのだろうか。
「あー! もしかして栞ってそういうこと考えてたの!? いやーえっち!」
その台詞を言いたいのはこっちだし、さっきから矢鱈に会話に!と?が多く、情緒が不安定になりそうだ。
「そんなことない! こっちの台詞だわ!」
冷静になろうとしたけど、どうにもならなかった。
「ほらー感情荒れてるよー」
煽ってこられてより腹が立った。ーが多く緩く喋ってる感じで喜怒哀楽が怒単品になりそうだ。
「そういうの、いいから。結局、なんなの? 付いてこないでよ」
「いや、付いて行かないけど待ち合わせどこだったか聞きたかったから」
「だから、理科準備室って言ったでしょ? 人の話ちゃんと聞いててよ」
「ごめんごめん。そうなんだ。へー。準備室って鍵いるんじゃない? 普段開いてないよね?」
本当に話を聞いていないのか、彼女の将来が少し不安だが、確かに準備室は鍵がいる。それに普通生徒が行く場所ではないし行けるのかが不安である。
「まあ、誰からかは分からないけど向こうからの誘いなんだからそこは配慮してあるんじゃない?」
「そうかな? ほら、栞って意外と可愛いじゃん?」
意外って言い方がこれもまた腹が立つ。女子に言って良い言葉じゃないよね? 体重聞くぐらいデリカシーないよ?
「だから栞は気付いてないかもしれないけどいろんな人が気になってるらしいよ?」
そうなのか?彩葉が言うからより信憑性が怪しい。
「そんな奴らがそんな気の利いたことするかね?」
口調が女子中学生ではない。相当老いてから使うような言葉だが。まあそんなこと言ったら日本人全般を敵に回してしまうので言わない。やはり彩葉の台詞はツッコミどころが多くて疲れる。お笑いの過剰摂取で今にも死にそうだ。
「まあ、確かに私と親しい男子なんてそう多くは思い浮かばない」
自分で言ってて悲しくなってきた。別に自分は独りでもいいのだが、多少世間からの目が痛い。
「じゃあ――」
「だからといって、そこまでろくでなしじゃないと思う」
多少、というかかなり声を張り上げて言った。自分でもこんなに声が出たことに驚いた。割り入って言ったのに少しも罪悪感が無い。彩葉だからだろう。
「だから、大丈夫。私一人でいい」
焦って喋る自分に不安が混じる。そういえば、何故私はこんなに期待してるんだろう。どうせ振る。今後会うことも話すこともない。なのになんで告白されるだろうことにこんなにもドキドキしてるのだろう。鼓動が煩い。
気付けば彩葉を置いて一人でトイレに籠っていた。
「はあ。本当に行かないといけないのかな」
ほんの小さい声で言った。何故か声からも分かるくらい自分は落ち込んでいた。
今まで告白されることなんて普通一度もなかったし、することの方も、まず好きになることが無かった。皆んながカッコいいとか可愛いとか、強いては好きとか言うのがどうにも理解できなかった。
だからか、現実を受け止められない。理解もできない。思い当たる節がない。自分のことなんか誰が好きになるのか、分からない。
この世には私の分からない事ばかりだ。だからこそ分からない事が怖い。
この後一人で行くのが、その姿を想像するだけで緊張してくる。
「ねえ、やっぱり付いてきてくれない?」
気が付けば、彩葉にそんなことを言っていた。
自分が矛盾していることは分かっていたが、時間が無くなっていくにつれ必要に迫られた。
「え? どういうこと? 私はいいけど、付いてこないでって言ったの栞じゃ……」
彩葉は戸惑いながら返した。
「その、何と言うか、自分に自信が無くなっちゃって、一人で行くのが怖くなっちゃって」
半分涙目になっていた自分に疑問になる。なんでこんなことになったのだろう。
彩葉は落ち着いて、
「まぁ、私の親の友ですから、仰せのままに」
と応えた。




