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姫ぎみと『鏡の中に棲む男』  作者: 寄賀あける


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 ノックしてみたが(いら)えがない。まだ寝るには早い時刻だ。


「詩人さん、ちょっと一緒に()もうよ。シャンパーニュを持ってきた」

フィルが部屋の中に話しかける。やはり反応がない。


「おい、勝手に入るぞ」

どうせ()かないだろうと思ったが、ドアノブに手を掛ける。すると、予想に反して開いてしまった。

「ありゃ……」


 部屋の中では詩人が竪琴を(みが)いているところだった。


「鍵くらいしておかないと物騒だぞ」

と言うフィルに

「壊れている。お陰でおまえは入ることができた。良かったな」

事も無げに詩人が言う。


「いや、さ。勝手に入って済まない。少し話がしたくて……ほら、一人旅で、たまに人恋しくなるんだ」

チラリと詩人がフィルを見る。


「嘘を()くのも商売の内か。だが、その商売で夕刻には助けられた。礼を言っておこう」

「夕刻?」


「あの貴族の巾着を切って、わたしが逃げる時間を作ってくれた。その栗色の髪、身のこなし、間違いない」

クッとフィルの口元が締まる。コイツ、やっぱりただの詩人じゃない……


「何を言っているんだか判らないが、とりあえず飲もうよ。さっき飲んでいた酒だ、嫌いじゃないだろう?」

()いている椅子に勝手に座り、グラスを二つテーブルに置く。


「ほんと、ボロ宿だなぁ。この椅子、ガタガタしてらぁ」

そう言いながらグラスに酒を注ぐ。薄い琥珀色の液体から細かな泡が立ち、芳香が部屋に広がった。


「俺はフィリア、みんなフィルって呼ぶ。あんたは?」

まぁ、飲みなよ、とフィルが詩人に酒を勧める。詩人はチラリとフィルを見たが、フィルが自分のグラスを傾けているのを確認してからグラスを取った。


「わたしはアートロス、西へと向かい旅をする者」

「へえ、西に何かあるのかい?」


「人を探している。追っている」

「えっと……アートッスさんだっけ?」


「アートロス」

「アート……それじゃ、アースでいいか?」


「勝手にしろ。どうせいやだと言ってもそう呼ばれそうだ」

「いやなら考えるよ」

フィルが(むく)れると、クスリとアースが笑った。

「別にいやではない。好きに呼んで構わない」


 へぇ、笑うんだ、とフィルは少しばかり驚いた。アースからは生気を感じないと言うか、感情というものが似合わないような気がしていた。


「それで? おまえの旅の目的は?」

アースから質問されたのもフィルを驚かせた。こちらに関心を持つはずもない、と思っていた。


「生まれた街から逃げてきたのさ。チョイとばかり()(くじ)ってね。で、居られなくなって街を出て、それからはずっと旅の空さ。当てなんかあるもんか」

すると、アースがフィルをじっくりと見詰め、それから目を離し、

「そうは見えないが?」

と言う。


「へぇ、詩人さん、見ただけで判るんだ?」

フィルにすれば馬鹿にされた気分だった。さっき会ったばかりの男に見透かされたようなことを言われた。


「それじゃ、俺の旅の目的、言い当てて貰おうか?」

そう言ってフィルがニヤリと笑う。どうせ当てられっこない。


 再びアースがフィルをチラリと見て言った。

「生まれた街……国から逃げてきたのは本当のこと。そして追手が掛かっている。だがそれは、おまえが盗賊だからではない。今のところ、悪事がバレるようなヘマはしたことがない」


 がたりと大きな音を立て、フィルが座っていた椅子が倒れる。フィルがいきなり立ち上がったのだ。ガタついていた足が衝撃でとうとう取れた。


「ダガーから手を離せ。わたしはおまえの追手ではない」

アースがフィルを見もせず静かに言う。

「それに……おまえがダガーを投げるより早く、わたしはおまえの腕を斬り落とせる。首でもいいぞ?」


 (しばら)くフィルはアースを(にら)み付けていたが力を抜いて、ダガーを握りしめていた手を(ふところ)から出した。もちろんダガーは懐にある。


「俺の腕だか首だかを斬り落とすと言うが、どうやって?」

「こうやって」

言い終わる前にフィルの首すれすれに切っ先を向け、アースは剣を構えている。しかも椅子に腰かけたままだ。どこから出したんだ? それすらフィルには判らなかった。


「判った、判った! 判ったから剣を降ろしてくれ」

ふっと笑ってアースが剣を(さや)に納め、そして一振りした。


「……どこに?」

一振りする間に剣は消えていた。


 それに答えず、アースは再び竪琴を手にし、サックに収める。そして

「まぁ、おまえに危害を加える気はないから安心していい」

と言う。そうは言われても、どこで虎の尾を踏むか判らない。


 おっかなびっくりフィルがアースに問う。

「ねぇ、アース、いつまでこの街にいる予定だい?」


「用が済むまでだ」

「どんな用事?」


「それは竪琴に聞いてみないと判らない」

「その竪琴、喋るんだ?」


「喋る竪琴など聞いた事がない」

アースが鼻で笑う。


「お、俺だって!」

でも、剣を消したヤツが持っている竪琴なら、ひょっとしてと思った。そう言いたかったがフィルは黙っていた。言えばさらに馬鹿にされそうだ。


「フィル」

「は、はい?」

「そろそろ寝ようと思う。出て行ってくれないかな?」

「それはいいけど、ドアのカギ、壊れてるんだよね、直さなくちゃ」

「ドアのところにベッドを運んで塞ぐからいい。内開きだから、それで開けられないだろう」

「運ぶの、手伝おうか?」

それにはアースが笑顔を見せた。


「いや、わたし一人で充分。だいたいベッドを運んだあと、おまえはどうやって部屋から出る?」

「そうか、そうだな。ドアが開かなくなるな」

これ以上何か言っても、馬鹿にされるだけな気がする。今日のところは撤退だ。

「それじゃあ、オヤスミ」


 ボロ宿のベッドなんか軽いものだろうが、何しろ床も傷んでいる。たぶん滑らない。どうするつもりなんだろうと思いながら、フィルがドアを開け、一歩踏み出した時だった。


「そういえば……」

とアースが言った。


「金持ちから金を盗み、貧しい者に(ほどこ)しをする盗賊がいると噂で聞いた。知っているか?」

と、フィルに顔を向けて訊いてくる。


「さあね」

フィルはアースから顔を背け、

「そんな話は聞かないな」

とドアを閉めた。

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