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姫ぎみと『鏡の中に棲む男』  作者: 寄賀あける


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2/14

 日暮れ前には泉水のある広場で(いち)が立つと聞いて、少し早い時刻からフィルは広場に行った。


 今日は一日、街を見て回ったがどこも結局同じだ。ただ、この街はさすがに王都らしく、貴族、つまり金持ちが多い。だがその分、貧富の差が大きく、取り締まりもきつい。


 金持ちはいつまでも金持ちだが、貧乏人はいつまでたっても貧乏だ。パン一つ買えなくて、小さな子どもが怖い思いをしながら走り抜け、やっと一つ手に入れる。逃げきれなければ役人に引き渡され、死ぬより辛い思いをするかもしれない。もし成功しても、盗んだパンを一人で食べられればいいほうだ。


(あの子に、弟や妹はいるのだろうか?)

フィルが物思いに(ふけ)っていると、だんだん人が集まって広場の端に屋台が並び、ぐるりと泉水を囲んでいく。


 フィルのすぐ近く、泉水の縁の(れん)()積みにフィルと同じように腰を掛け、何やら始めた男がいた。


 フードのついた黒く(すそ)の長いマントを着ている。いや、よく見ると深い青だ。その男が荷物を降ろし、中からゴソゴソと取り出したのは竪琴だった。


()った装飾、材も高級、相当な逸品)

フィルが一瞬で竪琴の値をはじき出す。

(この男、どうやら吟遊詩人だ。商売道具を失くせば明日から食い(そび)れる)


 着ている服はそれなりに上等なものだ。が、吟遊詩人が裕福なはずもない。客を呼ぶために見栄を張ってる。きっとこの竪琴も、無理して手に入れたか何かだ。動き出しそうな食指を、フィルが宥める。


「病気の母ちゃんに食べさせてあげたいの」

雑踏の中の少女の声が、不意にフィルの耳に飛び込んだ。(かご)にリンゴやミカンを乗せて売り歩いている女に話しかけている。


「今日は昨日より少し給金が良かった。お屋敷でメイドをしていたころに食べた桃っていう果物を、もう一度だけでも食べたいって母ちゃんが言ってる。どうにかならない?」


 年の頃なら十を少し過ぎたくらいか。母親が病気だなんて手口はよくあるが、どうもそんなわけではなさそうだ。売り子の女が気の毒そうな顔で、『薬はまだあるかい?』と少女に訊いている。顔見知りなのだろう。


 (てのひら)(かね)を乗せて売り子に見せている。売り子はどうにも困り顔だ。売ってやりたくても少女の給金ではどんなに頑張っても買えるものではないし、今は桃の季節じゃない。少女はきっと、桃を見たこともない。


「これだけあ……パン……して」


 周囲に人が増え、売り子の声は途切れ途切れにしか聞こえなくなった。少女にパンを買って帰れと言っているのだろう。売り子の女が少女の頭を撫でて、慰めている。


 あたりが薄暗くなり始め、『そろそろ日没か』とフィルが思うころ、マントの男が立ち上がった。おもむろにマントを脱ぐと、サッと裏返し、また羽織る。フードはかぶっていない。


(コイツ……)

男を見て、フィルが唸る。


 マントの裏側は朝陽のように燃える赤で、それだけでも目立つのに、真っ直ぐなブロンドを腰まで伸ばしている。フードで見えなかった顔は彫像のように美しい。


(まるで、(あけぼの)が舞い降りたようだ……)


 ブロンドの髪は朝日、マントはそれを取り巻く朝焼け。それをイメージして、男はあのマントを着ているのかもしれない。そうだ、裏だか表だか判らないが、濃い青だった。それは夜の空だ、そうフィルは感じた。


 行き交う人たちが思わず男に見入っている。


(吟遊詩人で男娼?)

そう思うが、そうではないともフィルは思う。

(男娼の(いや)しさを感じない)


 男は竪琴を手にすると、弦を弾き始めた。

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