人 形
通りを歩いていると、ふと気まぐれに雑貨屋に入った。
私は中を見て回った。ひとつ目に目がついた。髪の綺麗な人形。
私は何かに惹かれて購入した。
その夜、その子をそばに置いて寝た。
次の日、会社でストレスの溜まる出来事があった。
次長が私にミスの責任を押しつけてきたのだ。
私は家に帰り、そのことを人形に話した。
名前を「さくら」とした。昔の友達の名前。
さくらは、当たり前だが黙って聞いていた。
それが、なんだか本当の友達に話すよりもずっと話しやすく、心が穏やかで、すっきりした。
私はその日から、嫌なこと、嬉しかったこと、楽しかったことを、寝る前にさくらに報告するようになった。
時にはさくらを机に置いて夜ご飯を食べたり、外に連れ出したりした。
毎日の生活が少し楽しくなった。
そんなある日、会社でのストレスを愚痴っていたとき、
人形から声が聞こえた。
「大変だったね」
私はとうとう幻聴が聞こえ出したか、と感じた。
共に過ごしすぎて、さくらに慰めてもらいたい私の心が、さくらを喋らせたのだと。
でも、それが幻聴でないと分かることになる。
私の知らないことも、さくらは喋るのだ。
近くの美味しいランチや上司の秘密など、私が知り得ないことを話していた。
もしかしたら本当に、さくらが喋るようになった?
私は嬉しかった。
いつまでも私ばかり喋っていたので、内心うんざりされていたらどうしようか不安だったのだ。
でもさくらは、私の話を聞き、私を励まし、ともに悲しみ、喜んでくれた。
そして今日も話していると、さくらが言った。
「ねえ、なんで私の名前はさくらなの?」
「それはね、昔の友達の名前なの」
そう答えると、さくらは少し間を置いて言った。
「さくらとは遊ばないの?」
つい、目をそらしてしまった。
さくら──かつての友人は、もうこの世にいない。
昔、さくらと私は一緒に自害をしようとしていた。
二人で手をつないで、電車に飛び込もうとしたのだ。
しかし、なぜか私は足が止まってしまい、その子だけが死んだ。
そう話すと、さくらは何も言わなかった。
次の日、なぜか人形は、かつての友人と瓜二つの見た目になっていた。
短い茶髪に褐色の肌、そして死んだときの服装に変わっていた。
私は聞いた。なぜか確信していた。
「ねえ、あなた……さくらでしょ?
昔の、私が裏切ったさくらでしょ?」
人形は答える。
「うん、そうだよ」
私は覚悟した。
あの世から、さくらが私を殺しにやってきたのだと、そう思った。
「さくら、ごめんね。あのとき、裏切ってごめんね。一緒に行けなくて、ごめんね」
私はそう言った。
さくらは、黙って聞いていた。
次の日、私は目を覚ました。
眠ってしまったらしい。
さくらを見ると、なぜか買ったときの姿に戻っていた。
さくらは喋らなかった。
私を恨んでいるだろうか。
早くこちらへ来いと思っているだろうか。
――いや、もういい。
さくらの所へ行こう。
昔、躊躇ってしまったあの世界へ、行ってしまおう。
私は駅に向かって歩く。
電車が来る。
もう、躊躇わない。
飛び込んで、さくらに謝りに行こう。
そして飛び込もうとした。
しかし、誰かに腕を掴まれて、引っ張られた。
電車が通り過ぎて、私は生きていた。
周りを見ても、誰もいない。
私は引っ張られた腕を見た。
そこには――さくらの花びらが、くっついていた。
満開の桜の季節。
私が体験した、奇妙な話。




