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異世界探偵は神を追う  作者: 瑠衣 美豚
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第5話 砕けない硝子

瑠衣 美豚です。

前回の続きになります。

楽しく読んでいただけますと幸いです。

【ミッシュ視点】


キィン!と甲高い金属音がダンスホールの喧騒を切り裂いた。黒騎士の戦斧とわたしの剣が激しく火花を散らす。


「……っ!」


わたしは歯を食いしばってその一撃を押し返した。

重い。だが問題はその重さではない。

この黒騎士の一撃一撃には人間が持つ特有の「癖」や「呼吸」が一切ない。

ただ冷たい鉄の塊が最も効率的な軌道で、最短距離を寸分の狂いもなく振るわれているだけ。


それは――生き物ではなく、無慈悲な自然災害と戦っている感覚だった。


ダンスホールはすでにパニック状態に陥っていた。人々は悲鳴を上げながら出口へと殺到している。

その混乱の中セオは冷静にわたしに指示を飛ばした。


「ミッシュ、そいつをここで食い止めろ! 使徒本体はすでにあの少女を連れてここから移動しているはずだ!」


「わかってる!」


わたしは黒騎士と再び斬り結ぶ。

この人形はただの足止め。でもこれを突破しない限り使徒を追うことはできない。


黒騎士は言葉を発しない。ただその兜の奥の暗闇だけが冷たい殺意を放ちながらわたしを捉えている。その動きは機械的で一切の無駄がない。


(こいつ、ただのゴーレムじゃない……! 魔法で動きを強化されてる!)


戦斧の振りがだんだん速くなっていく。

まずい、このままじゃ押し切られる……!

わたしは後ずさりながら近くにあったテーブルを蹴り倒し障害物を作る。だが黒騎士はそのテーブルを戦斧の一撃で薪のように粉砕した。力が違いすぎる……!


「ミッシュ、上だ!シャンデリアの鎖を使え!」


セオの指示に反応し、柱を駆け上がって天井の鎖へ飛び移る。


「はあああっ!」


鎖の反動を利用してブランコのように宙を舞い、黒騎士の死角となる背後から斬りかかる!


だが黒騎士は振り向きもせずその戦斧を背後へと薙ぎ払った。

わたしは空中で咄嗟に剣でそれを受け止める。


「今度は右肩だ!」


「そこが魔力循環の中継点になっている! そこを叩けば、動きが鈍るはずだ!」


わたしはセオの言葉を疑わない。

着地の勢いをそのまま回転に変え黒騎士のがら空きになった右肩の甲冑の継ぎ目。

その一点をわたしの剣の切っ先が正確に捉えた。

ゴキン、と鈍い音がして黒騎士の右腕がだらりと垂れ下がる。

動きが明らかに鈍くなった。

すごい……! セオには本当に全部見えているんだ。


「――褒めている暇はないぞ」


セオの呆れたような声。


「その程度では奴は止まらん。奴は、すぐに、再生するぞ!」


セオの言葉にわたしは黒騎士の足元へと視線を落とした。気づかなかった。激しい戦闘の最中に黒騎士は自らの足元にチョークのようなもので、微細な魔法陣を描き上げていたのだ。


「あれは『自己修復』の術式だ! 完成すれば、奴の右腕はすぐに再生してしまう!」


まずい、間に合わない!私は剣の柄頭から伸びる鎖を鞭のようにしならせ、魔法陣の中心を打ち据える。

光も音もなく、陣は消えた。 


(お願い、届いて……!) 


生き物のように伸びた鎖の先端が黒騎士が描き上げた魔法陣の中心を寸分の狂いもなく打ち据える。

その瞬間、魔法陣は光を発するどころかまるで存在そのものを否定されたかのように何の音もなくただ消滅した。


「……っ!?」


黒騎士の動きが戸惑うように止まった。再生能力を封じられたのだ。


「今だ、ミッシュ!」


一気に間合いを詰め、神性を帯びた刃を胸に突き立てる。

甲冑を易々と貫く――使徒の異能のみを斬る刃だ。


「……な……ぜ……」


初めて黒騎士の口から声にならない声が漏れた。

その体はまるで砂の城のようにガラガラと崩れ落ちていく。


そして、その鎧の中には、最初から、何も、入っていなかったかのように、空っぽの、空間だけが、残されていた。


なんとか、倒せた……。

ふぅ……とわたしは一つ長い息を吐いた。

不思議だった。体は少しも疲れていない。息も全く上がってはいない。

なのにどうしてだろう。心の奥の方がまるで古いゼンマイを無理やり巻きすぎたみたいに、キリキリと軋んでいるような気がした。


「……なるほどな。被害者たちの『絶望』を集めて作った思念体か。重く、しぶといわけだ」


「見事だ、ミッシュ」


セオが拍手をしながら近づいてくる。


「だが感心している暇はない。本体を追うぞ。……奴の行き先はわかっている」


「え? どこに?」


「決まっているだろう」


セオは床に落ちていた、一枚のけばけばしいチラシを拾い上げた。それはこのダンスホールのものではない。そのチラシの絵柄にはこの街のどの建物でもなく丘の上のあの廃墟の城が描かれていた。


「犯人が被害者の少女たちに渡していたのは、このダンスホールの招待状ではなかったのさ。最初から、彼が彼女たちを招待していた『舞踏会』の会場はあそこだけだった、ということだ」


彼の視線の先にあるのは、この煤けた街には不釣り合いなほど丘の上に煌びやかにそびえ立つ古い城。今は廃墟となり、誰も近づかない、呪われた城。


「――『舞踏会』の、始まりだ」

セオの口元にいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。


(第5話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


本作は「ライトミステリー×アクション」をテーマに、世界の有名な歴史物語・戯曲や古典文学・童話・都市伝説を、二つ以上組み合わせて事件を描いています。

もし元になった物語が分かった方は、ぜひ感想欄で教えていただけると嬉しいです。


誤字脱字や違和感などもございましたら、ご報告いただけますと助かります。

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